第二十五話「当日のテンション」
「いよいよですね、シルビア!」
「……おはよう、ユネ。それにミミル」
「お、おはようシルビアちゃん。ユネちゃん。そんな大声を出しちゃだめだよ……!」
今日は待ちにまたクラス対抗バトルだ。シルビアはいつも通り、日課のトレーニングへと向かうため部屋で着替えていたのだが、急に部屋の錠が開錠され、ドアが開く。
入ってきたのは、ユネとミミルだった。
「部屋の鍵は……ゴン殿から貰ったのか」
「そうですよ。今日は特別な日ですからね。シルビアが興奮して眠れず、寝坊しちゃっているかもと思いまして。ですが、その心配はいらなかったようですね」
「だ、だからシルビアちゃんは大丈夫だって言ったのに」
今日は、いつにも増してユネのテンションは高い。
ミミルはいつも通りに見えるが、内ではわくわくしていることだろう。二人の登場には、驚いたがシルビアはジャージのチャックを上げる。
「だが、その気持ちは嬉しい。さあ、二人ともいつものように走りこみへ行くとしよう」
「今日は、ちょっと距離を伸ばしましょうか?」
「大事な日だから、短くしたほうがいいんじゃないかな」
「とりあえず、走りながら考えるとしよう。時間は有限である」
と、我先にと部屋から走り出すシルビア。
「あっ、ユネ! 部屋の鍵を閉めておくように!!」
「なんでユネが!?」
「開けたのは、ユネちゃんだし……」
「そうですけど……やっぱりシルビアも今日はテンション高めですね」
部屋の鍵を閉めるのを他人に任せて、走り出す姿を見てユネは笑みを浮かべる。
「ミミル。ユネ達も負けてられませんよ! まずは鍵を閉めて……さあ! 行きましょう!!」
「ま、待ってー!」
・・・・・☆
授業は普段通りにやり、昼食を食べ、昼休みを挟んだらクラス対抗バトルだ。
会場は闘技場。
普段はあまり授業では使わないことから、生徒達は興味津々だ。まるで、祭でもあるかのようにぞろぞろと人が闘技場へと流れ込んでいく。
生徒だけじゃない。
全国から有望な冒険者達を自分の目で確かめるために、有名ギルドの代表達も集まっている。
「すげー! やっぱり闘技場ってすごいな」
「くー! 俺もここで戦ってみたかったぜ!!」
「ばーか。お前なんて一生戦えるか」
「んだとー!!」
「こらー! 男子! 進行の邪魔になってるぞー!」
「早く進みなさい!!」
闘技場に入るのは初めてな一年生は、奥へと中々進まずまるで観光しているかのように闘技場内を見ている。
一年生は最初の半年はこういう行事がないと使用することを許されない。本格的に使用を許されるのは、秋頃からとなっている。
「いいじゃねぇか!! 初めての闘技場なんだぜ!」
「これが終わったら、次は空きまでお預けなんだぜ!!」
壁に触り、床を踏み、天井を見上げる。男子生徒達は、女子生徒達に進むようにと急かされるが、念入りに闘技場を堪能する。
「もう!」
「本当男子ってば、団体行動乱すよね」
「おい! よく見ろ!! 女子だって同じことをしている奴いるだろ!!」
呆れてる女子生徒に、男子生徒は反論する。明らかに、男子だけではなく女子だって闘技場を堪能していることを知らしめるため指を指す。
「おい、お前ら。なにやってんだ? さっさと進め」
「た、タダイチ先生!?」
言い争っていると背後から気だるそうにタダイチが現れる。
「時間内に闘技場の観戦席に着かないと、きつーい処罰が待ってるぞー」
「わ、わかりました!」
「もう! あなた達のせいで、怒られちゃったじゃない!!」
「俺達のせいか!?」
「あんた達が立ち止まっていたせいでしょ!」
「たく、元気な奴らだな」
走り去りながらも言い争っている生徒達を見て、タダイチはため息を漏らす。生徒達が去った後も、タダイチの仕事は終わらない。
クラス対抗場折るが始まるまで、生徒全員はとにかく観戦席まで導かなくちゃならない。めんどくさいが、これも教師としての仕事の一つだ。そして、まだ自分の周りに居た生徒を追い払うように進ませていると、他の場所で誘導をしていたシーニが駆け寄ってくる。
「タダイチ先生! こっちの誘導終わりました!!」
「ほい、ご苦労さん。毎年のことながら、めんどくさいなぁ」
「でも、生徒の気持ちわかります。私も学生の頃は、初めての闘技場に感動して中々進めませんでしたから」
語りながら、にこにことタダイチを見るシーニ。
「んだよ、その俺にもそんな次期があっただろみたな顔は」
「い、いえ。別に」
「おら、さっさと行くぞ。まだふらついてる生徒が居るかもだからな」
「ま、待ってくださいよー! 先輩ー!」
「先輩じゃないって言ってるだろ、馬鹿者が」
「す、すみません!」
開催まで、後十分と迫っている。その間までに、生徒達全員を幹線席へと誘導するためタダイチとシーニは奥へと進んでいく。
・・・・・☆
「やりすぎてしまった……」
シルビア達が焦った様子で闘技場内へと入っていく。すでに、位置口付近にも、その周囲にも三人以外の人影はない。
完全に遅れてしまった。
「遅刻なんてシャレになりません!!」
「はあ……はあ……で、でも、なんとか間に合いそうだね」
「シルビアは、あっちです!」
闘技場内に入った瞬間、シルビアと二人は別方向へと向かう。選手の控え室はコースで分かれており、シルビアが向かった東側には戦士コースがあり、逆側の西には術士コースの控え室がある。
(ふう。やる気のあまり時間ギリギリになってしまった。これで、第一試合じゃなかったからよかったが……)
安堵した息を漏らし、控え室のドアを開く。
すると。
「お?」
「やっときたかシルビア。十五分前に入っているのが、常識だぞ」
すでに控え室に入っていたクェイスが、クッキーを齧りながら出迎えた。
「すまない。試合前のウォーミングアップに時間をかけ過ぎてしまったのである」
「やる気が十分なのはいいことだが、それで遅刻してしまって意味がない。とはいえ、お前は俺の後だから多少遅れても問題はないがな」
第一試合は、クェイスとピアナとなっている。今年も例年通りということだ。
「頑張るのであるぞ。ピアナは強敵だ」
「ふん。俺の最強道に立ちはだかる者は誰だろうと蹴散らすのみだ! 個人的には、お前とやりたかったんだが……学校の決定には従わなければな。俺達はあくまでここの生徒なのだから」
そろそろ時間だと、クェイスはクッキーを口に放り込み立ち上がる。こうして、見比べるとやはり慎重さが目立つ。
「お前もよく見ているんだな! この俺の実力を!!」
「そうさせてもらう」
「失礼します。あっ、戦士コースの二人もちゃんと揃っているようですね」
立ち話をしていると、一人の女子生徒が入ってくる。腕章を見る限り、生徒会の役員のようだ。
「確認します。一年一組戦士コースクェイスさん」
「ああ」
「一年二組シルビアさん」
「はい」
「試合開始は、今から五分後です。第一試合のクェイスさんは、そろそろ移動を開始してください。第二試合のシルビアさんは、クェイスさんの試合の間は自由行動ですが。第二試合が始まる五分前には選手控え室に居てください」
「わかりました」
「以上です。では、クェイスさん。私についてきてください」
「了解だ。シルビア! 先にいくぞ!!」
クェイスが去った後、シルビアも移動を開始する。
「あっ」
移動してすぐ入り口付近で、ピアナと遭遇する。クェイス同様すでに移動しているはず。いったいこんなところで何をしているのだろうか。
近づいてみると、今回は逃げることなく何かを言いたそうに立ち止まっていた。
「ピアナ。そろそろ試合が始まるぞ?」
「わ、わかってるわよ。……その」
「ん?」
「ちゃんと見てなさいよ!」
当たり前だと言おうとしたが、それよりも先に逃げるように去って行く。
「何だったのだろう?」
わざわざあんなことを言うために時間ギリギリのところを来てくれたのか? あんなことを言わなくとも、ちゃんと見るつもりで居たシルビアにとっては、わけがわからなかった。




