第二十三話「クラス対抗へ向けて」
「はあ……はあ……。まだ、まだ!」
ピアナは呼吸を乱しながら一人でトレーニングを積み重ねていた。
その場には、何度も何度も魔術をぶつけた痕が残っている的が設置されている。
五つある内の三つがすでにボロボロだ。
いったいどれだけ繰り返したのかが、わかるほどの崩れようだ。
「邪魔……!」
纏っていたジャージも、邪魔になってしまったのか。
おもむろに脱ぎ捨てる。
目を閉じ、魔力を練り上げる。
(こんなのだめ。もっと早く、でも余分に練り上げちゃだめ。必要な分だけの魔力を!)
そして、魔術を発動しようとするも。
「あぐっ……!?」
これまでの疲労から、集中力が乱れ膝から崩れ落ちる。
「ぴ、ピアナさん? まだ残っていたんですか?」
そこへ現れたのは、シーニだった。苦しんでいるピアナを心配し、駆け寄ってくる。
「確か、許可を得たのは二時間前でしたよね? もしかして、ずっと?」
「は、はい。大丈夫、ですよ。三時間は……やるつもり、ですから」
「さ、三時間も!?」
明らかに、大丈夫じゃない。彼女の顔を見ればわかる。それに、シーニはボルトリンの教師だ。生徒の状態がわからないようでは、務まらない。
このままやり続けたら、彼女が危ない。
「私なら、大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないですよ! どう見てもふらふらじゃないですか!」
笑顔で立ち上がるも、足は震え、笑顔もぎこちない。
「これ、ぐらいしないと。強く、なれませんから」
そんなピアナを見てシーニは、目つきを変える。
「ピアナさん。努力はいいですが、無茶はいけません。もしそれで強くなったとしても、必ず身を滅ぼします。いいですから、ここに座っていてください。これは先生としてのお願いです」
まるで、そんな人達を見てきたような言いぶりだ。
こんなシーニは見たことがない。
ピアナは、真剣なシーニの言葉を素直に受け、静かに腰を下ろす。
「わかり、ました」
「ありがとうございます。では、これを」
「これは?」
何かを持っていたのは知っていたが、どうやら水筒のようだ。
「オリジナルドリンクです。疲労と魔力回復に最適な調合をしていますから、今のピアナさんには必要なものですよ」
「いつもこんなものを?」
「いえ、今日はたまたまです。私、時間が空けば薬の調合をしているので。今回のは、会心のできなので。ささ、ぐいっと」
シーニの意外な趣味を知ったところで、ピアナは水筒の蓋をコップに中身を出す。
……明らかに不気味な色をしている。
調合ということもあり、色んなものが混ざっている。だから、色が変なのは当たり前というえば当たり前なのだが。
「……」
「どうしたんですか?」
戸惑っていると、シーニが不思議そうな顔で覗いてくる。これは、自分を心配して好意でくれたものだ。それに、教師が生徒へ渡すもの。
さすがにやばいものじゃないだろう。
「い、いただきます」
意を決し、ドリンクを流し込む。
ごくりと胃の中へと入り、しばらくすると。
「……おいしい」
「おいしく調合しましたからね。今回のは、ちょっと甘めなのですが。どうですか?」
「はい、ジュースを飲んでいるようです。でも、やっぱり色がちょっと」
「それは仕方ないですね。色々と調合していますから」
だが、おかげで少しだが先ほどの疲労がなくなってきた。
「いいですか? ピアナさん。頑張るのはいいですが、無茶はいけません。これは、先輩冒険者として。教師としてのアドバイスです」
「はい……」
「やっぱり、クラス対抗バトルが原因ですか?」
「わかっちゃうんですね。……よし。今日のところは、これで終わりにします。またシーニ先生に怒られちゃいますからね」
シーニのドリンクのおかげなのか、足取りが軽くなったピアナは放り出したジャージを拾い、用意された的の片付けに取り掛かった。
(……やっぱり私、焦ってるんだ。それに、私ってわかりやすいのかな。この前もクラスメイトに、言われたばかりだし)
的の柱を支えていたボルトを外しながら、ため息を漏らす。
(でも、これぐらいしないと。私は……)
・・・・・☆
「いくよ、シルビアちゃん!」
「どこからでも」
「まずは……《フレア・ランス》!!」
クラス対抗バトルまで、残り三日。
二組の戦士コース代表として選ばれたシルビアは、ユネ、ミミルの二人と共にトレーニングを積み重ねていた。
今回は、術士と対戦することを考えた模擬試合。
ミミルがさまざまな攻撃魔術を放ち、それを回避。
そのまま相手へと詰め寄るというものだ。
「ミミル! 遠慮はいらない。本気で放ってくるのであるぞ」
「わ、わかった! ……いけ!」
一度の発動で、炎の槍を十個。
それを、シルビアへと四方八方から放つ。
(やはりミミルの魔術センスはすごい。《フレア・ランス》は初級魔術の中でも、中級に匹敵する。それを一度に十。それも、相手を囲むように操作するとは)
これほどのことができる冒険者見習いはそうはいない。
術士コースに選ばれていれば、ピアナのよきライバルになっていただろう。
(すごい。ほとんど逃げ場がないはずなのに、あの数の《フレア・ランス》を……。だったら)
放った魔術を確実に回避し、接近してくる。
負けじと、次の魔術をミミルは即座に発動させた。
「《スパイラル》!!」
着地したところへ、容赦のない竜巻。
さすがのシルビアでも着地した瞬間は、隙ができるはず。
「甘い!」
「わわっ!?」
だが、予想よりも早く前に出てくる。完全に竜巻が起こる前に、ミミルとの距離を詰め腕を掴んだ。
「そい」
「ひゃあ!?」
ミミルとて同じ戦士コースの生徒だ。反撃せんと突っ込んできた勢いを利用して投げ飛ばそうと、身を引くも、足下を払われてしまい、尻餅をつく。
「我輩の勝ち、であるな」
そして、最後に額へデコピンをされて模擬試合は終了した。
「うぅ……ちょっとは自信あったんだけどなぁ」
「いえいえ、良い試合でしたよ。特に、あの着地地点へと魔術を発動させた場面! シルビアには簡単に回避されてしまいましたが、他の人だったらまず回避するのは難しいでしょう」
「ゆ、ユネちゃんでも?」
「ふふん! ユネだって、簡単に回避してみせますよ! そう! シルビアにもできたんですから、ユネだって!」
「やる気を出しているところ悪いが、次はユネが戦う番である」
毎年違うコース同士で戦っているとはいえ、今年は違う可能性だってある。そんな時のために、戦士との戦いも重要だ。
コースでさんざんやっていることだが、やれることはやっておかなくてはならない。
「わかっています! 今回は組み手の時のようにはいきません!!」
「その意気である!!」
「というわけでおりゃあ!!」
「ちょっ!? ユネちゃんそんな襲撃みたいに!?」
今回は試合形式だという設定だというのに、まるで襲撃者の如き攻撃を加える。だが、シルビアもなんとなく予想できていたのか。
強烈な右足にそっと手を当てて受け流す。
「そう焦るなユネ。まだ時間はたっぷりある」
「言っておきますが、今のユネはいつも以上にやる気全開ですよ? なにせ……代表に選ばれませんでしたからねぇ!!」
「えー!?」
これにはミミルも驚かずにはいられなかった。ただユネの様子からシルビアを恨んでいるわけではないのは明白だ。
恨んではいないだろうが、それでもものすごく悔しそうだ。それでいて、その悔しさのまま友達としてシルビアの手伝いをしようとしている。おそらくユネの頭の中はぐちゃぐちゃな思考になっていることだろう。
「はっはっはっは! それで、襲撃であるか?」
「若干リミッターを外してますからね!! 休むことなき連撃! 受け切れますか!?」
組み手の時とは段違いの蹴りの速度。一撃一撃が重く、鋭い。
「シルビア!!」
「なんであるか?」
「ユネ達の分も頑張ってくださいね! あなたなら、勝ち確です!!」
本当に悔しいのだろうと伝わってくる。それでも、こうして応援してくれる。こんな友達をもって自分は幸せ者だと噛み締めながら、ユネの懐に詰め寄って腕をとる。
そのまま体を回転させ、足を払った。
「わわっ!?」
空中へと投げ飛ばされたユネは数回転し、シルビアの腕に収まる。
目を開けると。
「二人の期待に応えるべく、我輩も全力を尽くそう」
そこには見惚れるほどの眩しい笑顔があった。
「そ、それはいいのですが。ちょっと、恥ずかしいです……」
「そうであるか? 同性なのだから、気にすることはないと思うが?」
「ど、同性だからこそ気にするんですよ!? もう……」
珍しく恥ずかしがっているユネをゆっくり下ろし、トレーニングの続きをするのだった。




