第二十話「悪いことをしたら」
休日も明けて、一年生達はそわそわしていた。
理由はわかりきっている。
今日から、念願のダンジョンへと行けるからだ。
ダンジョンは、冒険者にとっては絶対一度は行っておかなくてはならないと言われるほどの場所だ。
冒険者育成学校、トップギルドも推奨している。
それほど魅力があり、冒険者になるための目標のひとつでもある。
冒険者は冒険するからこそ冒険者。
未知の領域、罠、戦い、宝。こんなにも冒険者を動かすものが詰まっているのはそうはないだろう。
だが、安易な考えで挑んではいけない。
ダンジョンはまだまだ謎が多き場所だ。自分は冒険者だから! と挑みにいき、死したものは数え切れないほど存在している。
今回ボルトリンで行われる授業は、そんなことが起こらないようにと。生徒達にダンジョンとはなんたるか。いったい何をすべきなのかを教えるためのものだ。
そして、そのことを教える教師だが。
「よう、お前ら」
「あ、あれ? ゴンさん?」
ダンジョンへと転移する転移陣がある場所へと向かうと、トップ寮の寮長と食堂の仕事をしているはずのゴンが今日もゆるふわな見た目で立っていた。
尚エプロンは、この時も着用している。
「お前らに今日からダンジョンについて教えるゴンだ。よろしくな」
これは意外。てっきりサポート方面で活躍するものだと思っていたので、ここでのゴンの登場は予想外過ぎた。
「あのいいですか?」
さすがに色々と疑問が出たのようで、さっそく女子生徒が挙手をする。
「なんだ?」
「ゴン、先生? は今回のも合わせて三つの役職をしていますけど」
「ゴンでいい。確かに、俺は今回のも合わせて三つの役職だ。だが、ダンジョン攻略の授業は、他の授業と違って少ない」
ゴンの言うように、他の授業と違ってダンジョン攻略の授業は少ない。
三回しかないのだ。
授業は五日ほどあるが、その内で勉学や実技などは倍以上ある。
「だから、こうして他の仕事に支障なくできるということだ」
「ですが、体のほうは大丈夫なんですか?」
次は、男子生徒がゴンを心配するように問いかける。
「心配するな。俺の体はそんなに柔じゃねぇ。それに、俺は金を貰っている。その分は働かねぇとな。……さて、お話はこの辺で終わりだ」
ゴンは、話を中断させ壁に触れる。
すると、呼応するように壁に刻まれていた紋章へと光が灯っていく。全てが満ちた時、壁は割れる。
「あれが」
「ダンジョンへとの転移陣、ですか」
中はシンプルで、壁と同じ素材の壁で囲まれており、中央に転移陣があるだけ。広さはギリギリ十人ほど入れるぐらいだろうか。
「この転移陣に踏み込めば、お前達はダンジョンへと行く。これから向かうダンジョンは、初心者用のダンジョンだ。出現する魔物は、弱い奴らばかり。罠も極端に少ないうえに死へと繋がるものはない」
「やはり、初心者用ですか。予想通りですが、少し残念なところもありますね」
ユネは、もうちょっとレベルの高いダンジョンへと潜りたがっていたが、これは仕方ないことだ。自分達は冒険者見習い。
いきなりレベルの高いダンジョンに潜るなど無謀も無謀。
そんな無茶をしないためにも、この授業がある。
他の生徒達も残念がっている者達が居るが、これは授業だと気持ちを切り替えた。
「そして、今回は俺が同行し、ダンジョンを探検する。お前達には、まずダンジョンとはこういうものだということを知ってもらわなちゃくならねない。はぐれることなく、俺について来い。勝手に離れることは許さねぇ。初心者用と言っても、これから向かうのはダンジョンだ。そのことを覚えておけ。いいな?」
《はい!!》
「いい返事だ。じゃあ、さっそく行くぜ。組み合わせは、交流を深めるために一組と二組の混合で行く。これが今回の組み合わせだ」
・・・・・☆
「ここがダンジョンだ」
ゴンの決めた組み合わせで一緒になった一組と二組の生徒達は、初めてのダンジョンに歓喜の声を漏らす。
転移した先は、ブロックの壁に囲まれた通路が見える広間。
最初にダンジョンへと入ることを許された生徒達は、早く進みたいとばかりに通路を見詰めていた。
(懐かしい。若い頃は、無我夢中でダンジョンに潜ったものであるなぁ……)
そんな中、シルビアだけ冷静にどこか懐かしむような表情をしていた。この中では、間違いなく経験者はシルビアだろう。
それも一度や二度入った程度ではない。
ボルトバだった頃は、無我夢中でダンジョンへと潜り情報を集めていた。
あの頃は、今よりもダンジョンについて謎が多かった。そのため誰かが潜入して情報を持ってこなければならなかった。
ボルトバ以外の冒険者達も率先してダンジョンへと潜っていたが、罠が多かったり、魔物が強かったりと出たところ勝負のようなものだったため、次々に怪我を負い、命を落とす者達が絶えなかった。
(それが今となっては、こうして学校の授業に使われる専用ダンジョンがあるとは)
「おい」
「ん?」
昔を懐かしんでいると、男子生徒に声をかけられる。
あの校則違反をした生徒の一人だ。
「君は確か」
「オルカだ。そんなことより、もう行くみたいだぞ」
どうやら考え事をしている間に、ダンジョンを進む準備が終わってしまっていたようだ。
「おお、そうであるか。知らせてくれてありがとう」
「別に」
「いくぞ。ちゃんと俺の後ろをついてこい」
まるで遠足のようだ。ただ歩く場所が、ダンジョンというところでなければ楽しいものだろう。ちなみに、ユネとミミルとは別の組となってしまった。
(ピアナやクェイスと一緒になるかと思ったが、二人も違う組とは……)
ゴンがどういう考えで、この組み分けにしたのかはわからない。クェイスは一緒になった場合、色々とうるさいという理由だと思われる。
残りの三人は、どういう理由なのか。
「おい」
「君か。今度はどうしたのであるか?」
再びオルカが話しかけてきた。しかし、今回は何かを聞きたいような雰囲気がある。
「……」
こちらから問いかけるも、オルカはしばらく黙って平行する。
十数秒ほどが経ち、口を開いた。
「もし貴族じゃなくて、平民のままだったらどうしてた?」
「奇妙なことを聞くのであるな。平民だった場合の我輩か……今となんら変わらない生活をする、である」
「……それで、貴族に馬鹿にされたり、生活を無茶苦茶にされてもか?」
(まるで、実際に体験したかのような言い方であるな)
それに、オルカの雰囲気がどこか変だということをシルビアは感じていた。校則違反をしていた頃は、まだ子供っぽさがあり無邪気なものだった。
それがどうだ。
今のオルカは、一気に大人になったように落ち着きのある雰囲気になっている。
「どうだろうと、我輩は我輩の信じた道を行く。それに、我輩は貴族と言っても成り上がり貴族の娘。今でこそ、貴族街に実家があるが。周りから見れば平民も同じである。だからこそ、こうして家族を養うためにボルトリンに入学したのである。君も、そうではないのか?」
シルビアの問いかけに、一瞬目を見開くオルカだったが、すぐ視線を逸らす。
「さあな。……やっぱり憧れの娘の言うことは違うな」
「ほう。まさか父上殿に憧れているのであるか?」
「あの人は平民達にとって希望の星だ。あの人が貴族になったのも、少しでも平民への待遇をどうにかしようっていう考えってのは誰もが知ってる。俺だけじゃねぇんだよ。あの人に憧れているのは」
オルカの言う通り、カインは平民達への待遇をどうにかしようと貴族の位を貰った。今も尚、カインは騎士として戦いながら、平民のためにも戦っている。
そんな父の姿をシルビアは誰よりも知っているため、オルカの言葉を深く身に染みる。
まるで自分の事のように。
「じゃあな、色々と聞けてよかったぜ」
「……もう悪いことは止めるのだぞ。また悪いことをしていたら、我輩が直接鉄拳制裁をしてやるのである」
去り際に伝えると、振り向くことなく後ろへと下がっていった。




