第十八話「予感」
「……ふむ」
視線を感じる。
それもものすごい熱視線だ。相手は、隠れるという気があるのか。
シルビアが一人で廊下を歩いている時だ。
突き刺さるような視線は教室を出てから感じていた。それも、かなり前からだ。
視線の主には心当たりがある。
休日にクエストをしていた時も同じ視線だった。ただあの時は、視線の主が誰なのかがわからなかったが、すでに正体は割れている。
「生徒会長殿。隠れてないで出てきてくれませんか?」
「あははは。もうちょっと様子を見たかったんだけどなぁ」
逃げる様子もなく、あっさりと姿を現すナナエ。
「あなたほどの人なら、気づかれずに隠れることなど容易なはずですが」
「そんなこと言って~。シルビアちゃんだったら、うまく隠れても見つけ出しちゃうでしょ~、このこのー」
ボルトリンに通う生徒ならば誰でも知る生徒の頂点。
そんな生徒会長が、休日に時シルビアを尾行し、観察していた。
それを知ったのは、つい数日前のことだ。
寮でゆっくりしていたところ、彼女が訪ねてきた。
生徒会長ということもあり、当然彼女も成績優秀者。同じ寮に居ることは知っていたので、挨拶に行ったことはあったのだが、タイミングが悪かったのかいつも留守だったのだ。
寮長のゴンに聞いたところ、彼女はいつも突然姿を消し、突然戻ってくるとのこと。
学校に行っている間は、授業などに勤しみたいため中々挨拶ができない。
同じ寮に住んでいるならば、その時にでもと思ったが、生徒会長ともなると寮に戻れないほど忙しいのだろうか?
そう思っていたところに、ナナエのほうから現れたのだ。
「それで、我輩にどんな御用なのですか?」
「そんな敬語なんていいよー。普通のである口調でお願いー!」
部屋に来た時もそうだったが、やたらべたべたと体に触れてくる。女子同士のスキンシップと思い、シルビアは気にしていないが、彼女とはあまり接点がないためどういうわけなのかが今でもわからないでいる。
「そうであるか。そういうことなら、普通に。それで、改めて」
「どうして、会いに来たのかってことでしょ? ちょっと時間ができたからさ。もっと仲良くなるためお話しようかなぁって。それとも、何か用事でもあったかな?」
「特には」
いつも一緒に居るユネとミミルは現在保健室に居る。前に授業でミミルが怪我をしてしまい、ユネはその付き添いをしている。
シルビアも付き添うと言ったのだが、ユネ一人で大丈夫だと言うので、こうして一人で廊下を歩いていたということだ。
「だが、次も授業があるゆえ、手短にしてほしいのであるが」
「大丈夫大丈夫! 君達さ、最近王都に怪しい連中が入り込んだことは知ってるかな?」
先ほどまでの天真爛漫な雰囲気から一変。
まるで仕事人の如き、真面目な雰囲気に。
「怪しい連中?」
「前々から世界中で活動をしている謎の組織なんだけどね。そいつらが王都に潜入したって情報があるんだよねぇ」
「……どういう奴らなのであるか?」
「色々とやっているみたいだけど、とにかく他人を騙したり、力を与えたり。でも、その力はちょーっとあれな感じなんだよね」
ナナエの雰囲気から察するに、身を滅ぼすような力なのだろう。
「詳しいことは言えないけど、とにかく気をつけてねぇって伝えにきたんだ。他の生徒達には生徒会のほうから正式に発表があると思うから」
「なぜ我輩だけに?」
「それはねぇ……」
「見つけましたよ! 会長!!」
「げっ!?」
理由を話そうとした刹那。
副会長のマイキーが登場。
二人の反応から察するに、ナナエは何かしらの仕事の途中で抜け出した。それをマイキーは追いかけてきた、というところだろう。
「そ、それじゃ! シルビアたん! またねぇ!!」
「お待ちください!! 今度こそ逃がしませんよ!!」
「あれが、噂の会長と副会長の追いかけっこであるか。この目で見ておきたいが、そろそろ教室へ向かわねば。……悪しき者、か」
ナナエから伝えられた言葉を呟き、シルビアは教室へと足を進めた。
・・・・・☆
「うぅ……」
「どうしたんですか? ミミル。そんなに周りを警戒して」
「だ、だって。生徒会からの発表を聞いちゃったら……」
ナナエから王都に怪しい者達が侵入したことを聞いて次の日に、全校生徒へ生徒会から発表があった。
生徒達は不安がっていたが、王都の警備もこれからは強化し、生徒会もそれに参加するようだ。
外出時間も、しばらくは今までよりも短くなる。
そして、外出する際は絶対学校の教師に許可を貰うこと。そうすることで、どの生徒が外出したのかを記録する。そうすることで、戻ってきていない生徒が居れば教師達や警備兵達が探すことになっている。
「確かに。こうして見渡すと平和そのものですが。この中に、不審者が居ると考えるとミミルの気持ちは理解できます」
「シルビアちゃんも、朝からいないし……」
「シルビアは、またクエストにでも行っているんでしょう。それに、彼女だったら大丈夫ですよ」
これは心配していないというわけではない。
信頼しているから、シルビアの実力を知っているからこそ出てくる言葉だ。悔しいが、まだ全然彼女には追いつけそうにない。
ユネも努力はしているが、シルビアの実力は努力をすれば追いつけると言うレベルではないことを何度も組み手をし、一緒にトレーニングをしているからこそわかること。
シルビアならば、王都に侵入した悪しき者達も簡単に倒せる。
そんな気がするユネ。
自分よりも小さい女の子のはずなのに、圧倒的な存在感を示している彼女に若干嫉妬しているが、それと同時に目標ができた。
(女だからって馬鹿にする人達を圧倒する。小さい時は、そんな目標から強くなりたいって思っていましたね……って、今でも小さいですけど)
故郷に居た時も、同年代の男子達に馬鹿にされ、よく力で負けていた。
女は、可愛い服を着ておしゃれでも楽しんでろ。
当時のユネは、その言葉がきっかけで格闘術を学び、強くなった。ミミルも、そんな彼女に憧れ追いかけるように強くなってきた。
「ユネちゃん? どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないですよ。それよりも、今日はどこに行きましょうか? 王都は、すごく広いですからね。まだまだ行っていないところたくさんあります!」
今は昔のことを考えないで、今を考えるべきだ。
ミミルを心配させまいと、元気に振舞うユネ。
と、そこで裏路地から何かの気配を感じ取った。
(……なんでしょう、この気配。なんだか、纏わりつくような嫌な)
「ユネちゃーん! 見て見てー! 可愛いぬいぐるみさんが居るよー!」
引き込まれそうだった。
しかし、ミミルの声に我に帰ったユネは首を何度も振り、ミミルのところへと駆ける。
「あっ、本当ですね。ですが、やはり王都。このサイズでこの値段ですか」
「わっ!? ほ、本当だ。せっかく可愛いのに……」
気に入ったため購入しようと考えていたようだが、値段を見て手が出せないとわかりがっかりと肩を落とすミミル。
「ですが、届かない額じゃありません。今度来るお小遣い次第で、買えるかもしれませんよ。どうやら、予約ができるみたいですから。今のうちにしておきますか? もし、足りなかった場合はユネも出しますから」
「え? そ、そんな悪いよ」
「遠慮しないでください。それに、ミミルが買えば部屋が一緒なユネも触ることができる。ユネにも徳があるんです。これは、ユネのためでもあるんですよ」
ユネも女の子だ。ぬいぐるみなどが嫌いなわけじゃない。本当は、ミミルのためなのだが、こうでも言わないとミミルは全力で遠慮するため自分のためにもなると言ったのだ。
それを聞いたミミルは、しばし考えた後。
「じゃ、じゃあ予約しよう、かな」
「決まりですね! すみませーん! そこの熊のぬいぐるみを予約したいんですけどー!」




