第二十八話「海の友達」
「うぬら! やるではないか!! へんてこな服を着ていたゆえ、心配しておったが……あの魚人どもを容易く撃退するとは!!」
「まあね。あいつらよりも強い敵と戦ったことがあるし」
「魚程度なんてことはないですよ!!」
確かに、シルビア達はこれまで数々の強敵達を対峙してきた。魚人は水中でならば、人を圧倒する。だが、シルビア達の場合は、リューゼが開発したスーツのおかげもあって、楽々と戦闘を行えた。
「うむうむ。ところで、うぬら? これから地上へと向かうのであろう? ならば、わしも連れて行ってくれぬか?」
「それはいいですけど……」
「大丈夫なの? あなたが地上に出ても」
「もしや、わしが陸に上がったら苦しむ魚だと思っているのではあるまいな? わしの体は、ほぼ人間と一緒じゃ」
ほぼ一緒と言われても、なるほどとはすぐには思えない。
なにせ、ウミネールは古代人であり、海を統べる姫。
こんなにも小さいとは思わなかったが、彼女を人間と言っていいのか。
「まあ、本人が良いって言うならいいんじゃない? それに……ぐへへ」
「ひょっ!? う、うぬはわしに近づくでないぞ!」
危険を察知し、シルビアの後ろに隠れてしまうウミネール。あれだけのことをされたのだ。仕方ないと言えば仕方ない反応だ。
「へっへっへっへ。その震えた姿がまた可愛いですなぁ」
「こらこら、止めなさい生徒会長」
「こ、こんなに恐怖を覚えたのは久しぶりじゃ……なんなのじゃ? 奴は」
「えっと、私達が通っている学園の生徒会長、かな?」
「せ、生徒会長じゃと? なんじゃそれは」
知らないのも無理はない。ウミネールが活躍していた頃には、まだ学校というものはなかったようだ。そのためもあって、知識を得るのは独学ということになっている。
「まあ、私達の長みたいなものね」
「なんじゃと!? 奴が長だというのか!? あ、ありえぬ……」
「むふふ。人とは見かけによらないものなんだよ!」
確かに、それは言える。ここに居る誰にでも。特にシルビアにはぴったりな言葉だと、全員が視線を集中させた。
「なんであるか?」
「なんでもないですよ。ね?」
「ええ、そうね」
「あ、あははは」
その後、地上へと戻る間も、なぜ自分を見ていたのかちっともわからなかったシルビアであった。
・・・・・☆
「おかえりなさいませー!!!」
地上へ戻ってくると、すぐにリューゼが出迎えてくれた。しかし、まだパンツ一丁に白衣という変態な格好で。
これにはウミネールも初対面だが、げっそりとした表情になる。
「なんじゃ、この変態は」
「なんだこの可愛い生物は!?」
相変わらリューゼはブレれない。相手が、蒼海の姫であろうと。いや、まだ蒼海の姫とわかっていないためなのか。
試しに、蒼海の姫だと教えてみる。
すると。
「なんと!? 蒼海の姫!? ……ふっ」
「な、なんじゃ?」
「実にロリロリしいな、ナナエくん」
「そうだね。肌触りも最高だったよ」
「なんと!?」
「けど、水の中だったし、スールの上からだったから本当の肌触りじゃない! てことで」
にやりと怪しい笑みを浮かべ、シルビアの肩に乗っているウミネールを見詰めるナナエ。まるで、獲物を狙う獣のようだ。
いや、それ以上か? まさに餓死寸前の獣。そこに最愛とも言えるシルビアが一緒に映っていることにより、ナナエの感情が爆発した。
「ひゃっほー!!」
「くっ! やっぱり暴走したわね!」
「あわわ!? お、落ち着いてください生徒会長!」
「止めますよ! この飢えた野獣を!」
「よくわからないけど、わたしも参加するー!!」
楽しそうという理由もあり、シャリオがナナエ側に参加し、飛びついてきた。ナナエ一人ですら厄介だというのに、シャリオまで加わっては三人で止められるかどうか。
更に言えば、リューゼまで参加する、かと思いきや。
「……」
最高級の笑みで、その様子を観察していた。
「いいものだ。美少女達の戯れとは……」
「あふん」
苦戦を強いられるかに思えた。が、シルビアの一撃にてナナエは沈黙。シャリオも、シルビアに撫でられ大人しくなってしまった。
「つ、強く、なったね……シルビア、たん……がくっ」
「本当になんなんじゃ、この者は。わしが知っている人間とはまったく違うんじゃが」
それもそのはず。ウミネールの時代からもう何千年も経っているうえに、ナナエは異世界人。常識というものが違うのだ。
「まあ、永い眠りについていた間の常識はこれから学んでいけばいい。なにせ、これからは今の時代を生きていくのだからな」
「う、うむ。そうじゃな。よい! 今までの非礼は不問する! その代わり、わしに今の世界の常識や娯楽、その他を諸々を教えるが良い!!」
本当の姫のように、ドヤ顔で命令するが、肩に乗るほどの小さき存在なのであまりにも迫力に欠ける。
可愛いのだが。
「そうねぇ。じゃあ、さっそく楽しい娯楽を教えてあげるわ」
「ほほう? それはなんじゃ?」
「お、お人形あそ」
「わしは人形ではない!!」
「あふん」
ついに、反撃をするウミネール。小さな両足による強烈な蹴りが頬に入る。
「とりあえず、わしが常識を学ぶ前に、この者に常識を教えたほうがよいのではないか?」
「ええー! あたしは常識人だよ!!」
「それはないわね」
「それはないです」
「それは……ないと思います」
「少なくとも、我輩達が知っている常識人とは違うと思うぞ、ナナエよ」
「ナナエお姉ちゃんは、非常識人?」
「くっ! 美少女の言葉攻めがダイレクトアタック……!」
さすがのナナエもこれには堪えたのか。胸を鷲掴みにして、苦しむ仕草をとっている。
「でも?」
と、リューゼが問う。
「あたしにはご褒美だよ!!」
「さすがは同士!!」
「ええ!!」
がし! といつものように熱く手を握り合うナナエとリューゼ。やはり、ナナエは普通じゃなかった。堪えていたかと思いきや、全然効いていない。
むしろ喜ばせてしまっていたようだ。
「のう。あの二人は、なにを言っておるのじゃ?」
「気にしないほうがいいと思いますよ」
「ええ。あの二人に深く関わったら、どうなるかわかったもんじゃないわ。それよりも、娯楽よ。娯楽」
「うむ! して? なにを教えてくれるのじゃ?」
早く教えろ! と子供のように目を輝かせるウミネールに対して、ピアナとユネは異世界人が流行らせた玩具……水鉄砲を構える。
しかし、ウミネールは水鉄砲など知らないので、なんだと首を傾げる。
刹那。
「へぶっ!?」
容赦なくウミネールの顔に水が解き放たれた。
「な、なんじゃそれは! 水を発射する武器か!?」
「武器というか玩具だね」
「あたし達の世界の玩具なんだよー。ここのタンクに水を溜め込んで、ここにあるトリガーっていうものを指で押すと水が発射する! って代物! がちゃり」
自分の口で、効果音を響かせ二丁の水鉄砲を構えるナナエ。
それに続き、リューゼも遠距離型の水鉄砲を構えた。
「なるほど。その水鉄砲とやらで、互いに水を掛け合いどちらかが力尽きるまでやるという娯楽じゃな? ならば、わしも!!」
ウミネールのサイズでは扱える水鉄砲はない。そのためか、ウミネールは水を操る能力にて、水を鉄砲の形に変えた。
「まさに水鉄砲!?」
「って、言ってる場合じゃないわよ! そういえばウミネールって海の支配者とか、蒼海の姫とかそういうのだったわ!?」
「ひえぇ?! ぴ、ピアナ! どうして水鉄砲なんて進めたんですか!?」
「う、海だからでしょ!? 水関係の遊びだったらこれでしょ!?」
「そ、そんなことより、来るよ! 二人とも!?」
やってしまったばかりに、水鉄砲を構えるピアナ達。ウミネールは、シルビアの頭の天辺に立ちにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「ゆくぞ!! シルビア、シャリオよ! わしの軍となりて、敵軍を殲滅するのじゃ!!」
「おー!!」
「そういうことならば、参加しよう」
チーム分けは、シルビア、シャリオ、ウミネールの三人。対して、ピアナ、ユネ、ミミル、ナナエ、リューゼの五人チーム。
数としては、ピアナ達のほうが圧倒的だが、ウミネールが数の優位を簡単に覆してくれる。当然これは遊びなので、ナナエの空間魔術も使えない。
「心配するな! 威力は極限まで、落とす! これは……娯楽なのじゃからのう!!」
「とか言いつつ、その巨大な水鉄砲はなんですか?!」
「より命中度をあげるためじゃ!! さあ、ゆくぞ!!」
永き眠りから覚めた太古の姫は、遊ぶ。
ただ純粋に、友達と遊ぶように。