第十一話「次のステップへ」
ボルトリンに入学して十日が経った。
早いもので、生徒達も大分ボルトリンでの生活に慣れてきて、最初の緊張した空気は薄れている。
全員というわけではないが、誰から見てもほどんどの新入生が緊張した表情をしていたのは明らか。
……とはいえ、最初から緊張などしていない生徒も居た。
その内の一人が、シルビアだ。
「ふっ! はっ!!」
シルビアは毎日の日課であるトレーニングに取り組んでいる最中。
ジャージの上着を脱ぎ捨て、朝霧が漂う中鋭い打撃を次々に繰り出す。
空を切る音は、小柄な少女のものとは思えないほどだ。
「む?」
そろそろ次に移行しようとした刹那。
こちらを観察する視線に気づく。
だが、勘付いたと思われないように一度精神統一にて目を閉じる。
「……ふう」
一呼吸いれ、動き出す。
とんっと、軽くその場で両足揃えて跳ぶ。
「ふむ」
シルビアの姿は、一瞬にして姿を消し、視線の主の背後を取る。
いったい誰なのかと考えていたが、すぐにわかった。
「ユネであるか。どうしたのであるか? 隠れたりして」
「わわっ!?」
姿を見失い身を乗り出していたユネは、背後から声をかけられバランスを崩す。
倒れそうになったので、シルビアがそれを支え、改めて向き合った。
「す、すみません。隠れるつもりはなかったのですが。あまりにも話しかけ難い空気だったので」
悪気はなかったようだ。それは、最初からわかっていた。
まだ付き合いは浅いが、ユネがこそこそと隠れて相手の技を盗もうなどとするわけがない。
そんなことをするよりも、一緒にトレーニングをしようや直接教えて! などと言うだろう。
「別に気にする必要はないのである。ユネも朝のトレーニングであるか?」
「はい。ユネは小さい頃から毎日欠かさず朝のトレーニングをしています。一流の冒険者になるために」
「ミミルは?」
「ミミルならもうちょっとで……あっ、来たみたいですね」
いつも一緒に居るイメージなので、ミミルのことを訊ねたところ、ジャージ姿のミミルは呼吸を乱しながらこちらへ近づいてくる姿が見えた。
「ふう……ふう……追いついたぁ……」
「いい調子ですよ、ミミル。昔と比べて早くなりましたね。これも、ユネと毎日トレーニングした成果です!!」
「でも、やっぱりユネちゃんのペースには追いつけない、かな……」
「いいんですよ。自分のペースで。無理にユネのペースに合わせていたら、ミミルの体がもちません」
その場に倒れるように、座るミミルにシルビアは自分のタオルを渡す。
「あ、ありがとうシルビアちゃん」
「二人とも。どうであるか? 学校生活は」
「とても楽しいですよ。年齢はバラバラとはいえ、皆冒険者を本気で目指していると感じています。ユネも負けていられないです!」
「私も、かな。最初は、知らない人がたくさん居るから不安だったけど。ユネちゃんやシルビアちゃんも居たから、楽しいよ」
二人の笑顔を見て、嘘偽りがないものだと言うことがわかる。シルビアも同じだ。素直に楽しいと感じている。
なによりも、未来の冒険者達の成長する姿をこの目で見れるので、より一層楽しい。
「どうしたの? シルビアちゃん」
「いやなに。大したことじゃない。そろそろトレーニングを終えよう。ホームルームに遅れては、シーニ先生が心配する」
シーニは、遅刻して怒るというよりも何かあったんじゃないかと心配する。
この前、ただの寝坊で遅れただけの男子生徒を心配している姿を見て、生徒達はこれは遅れてはならないと誓ったそうだ。
「ですね。汗を流して、制服に着替えて、即座に教室へと向かいましょう」
「ま、待ってー! ユネちゃーん!!」
「シャワーは二人で一緒に使いましょう。時間がありませんからね」
「え? い、一緒に? それはちょっと……」
二人を見送ったシルビアは、静かに空を見上げる。
(いい天気だ。さあ、今日も頑張るとしよう)
すっかり学生として、冒険者見習いとしてボルトリンに馴染んだシルビア。
この先何が起こるのか。
冒険者見習いがどういう成長を遂げるのか。
それに期待し、自分も寮へと戻った。
・・・・・☆
「よーし。お前ら、次は実技だが今日からはコース別に分かれるぞ」
「いよいよ本格的に始動ですね」
勉学の授業が終わり、タダイチは機械の指を振りながらチョークで黒板に色々と書いていく。
「これまでは、お前達の能力を確かめるための観察期間だった。だが、今日からは教師達が観察の結果からお前達を、二つのコースに分ける」
更にチョークを動かし、絵も交えて説明を続ける。
「主に格闘術や剣術、槍術などの接近戦を主体として戦う奴らのコース。それが戦士コースだ。んで、魔術に治癒術、その他の後方支援の術が主体のコース。それが術士コースだ」
生徒達も、そのことは前から知らされていた。冒険者と言っても、職業というものがさまざまある。
接近戦で戦う者や、後方から戦う者。
人には得て不得手がある。
武器で戦うのが苦手なのに、無理にそれを伸ばそうとしても伸びるものも伸びない。
だったら、それをどうにかするのが学びやじゃないのか? という意見もあるが、ボルトリンもそれは理解しているうえでのコース分けなのだ。
「いいか? これからはお前達の長所を伸ばしながら、また観察をする。その間にもし、また何かの変化があればそれを考慮する。お前達だってあるだろ? 自分は魔術で戦いたいのになんで格闘術を学ばなくちゃならないんだってよ」
だが、長所を伸ばすことも必要だ。
いつまでも上達しないものを、いつまでも伸ばそうとしても成長が遅れる。だったら、長所を伸ばしつつ、経過を見守る。
それが学校としての最善の手。
「まあ確かに」
「私、ちゃんと術士コースにいけるかな?」
「俺も、これまでの結果次第ってことだよな? 戦士コースにいけるか不安だぜ……」
生徒達は不安がっている。自分達が望むコースにいけるかどうかと。
「さあ、今からお前達が向かうコースが書いている紙を配るぞー」
どきどきの瞬間。
いったい自分達はどこのコースで習うのか。
一人一人折り畳まれた紙を渡され、一斉にそれを開いた。
(ふむ。我輩は……)




