第八話「少女の過去」
少女は、一人の木こりに森の中で拾われた。
当時は言葉もまともに喋れない赤子だった。
服を一切着用せず、布に包まれてもいない。その子の名前を知るものも一切見当たらない。本当にただただ森の中に身一つで捨てられていた。
それが……ユネである。
木こりであるダダッカは、子供ができないことを嫁であるヘルミが悩んでいたことを知っていたので拾った赤子を自分達の子供として育てようと決めた。
赤子を森の中に捨てるような親だ。どうせろくでもない奴に決まっている。もし後で引き取りに来ても渡すもんかと、精一杯の愛情を与えながら育てていく。
すくすくと育った元赤子のユネは、五歳になったある日、突然ダダッカ達と接するのを避けるようになった。もう反抗期か? と心配になったダダッカは本人に直接聞いてみる。
すると、五歳の子供とは思えない言葉が飛んできたのだ。
「ユネは……お父さんとお母さんの本当の子供じゃ、ないんでしょ?」
ダダッカとヘルミは驚きを隠せなかった。
当然だ。
そのことは本人に一度も話したことがなかったからだ。それなのに、自分は本当の子供じゃないと理解している。いったいどこでそれを知ったのかは知らないが、自分達からではない。
ユネのことは本当の子供のように育ててきた。
過去のことなどそれから一度も話したことはない。まるで、最初から自分達から生まれてきたかのように。
当然他の村人達でもない。
村人は昔から移住者だろうとなんだろうと、自分達の家族かのように接してきた。過去など気にするな、今を、未来を考えて楽しもうと。
では、いったいどこから? どうして知ったのかと聞きたい。しかし、聞いてしまえば認めてしまうことになる。ユネが二人の本当の子供ではないことを。
事実ではあるが、二人にとってはユネは本当の娘だと思っている。だが、このまま何も答えないのであればそれも認めてしまうことになる。一瞬の不安も許されない中、ダダッカが口にした答えは。
「何を言っているんだ。お前は、俺達の子供だろ?」
肯定せず、疑問も投げず、否定を選んだ。
ユネは自分達の子供だと。
「……そう」
わかってくれた、反応ではなかった。ユネは、短く呟きいつものように家から出て行く。
「あんた……」
不安そうに近寄るヘルミを、元気付けるため、ダダッカは肩に力強く手を置いた。
それからだ。
ユネは、村人達とも距離を置くようになった。いくら挨拶をしようとも、話しかけようとも返事はするがどこか距離があった。
子供達とも、遊ばなくなり、よく森のほうへと一人で行くことが多くなった。
「……」
時は流れ、八歳となったユネはいつものように家から出た。
この後は、決まって一人で森へと行くのだが。
「ゆ、ユネちゃん」
最近は違う。
一人の少女が、無視されているのにも関わらずついてくるのだ。どこか気品があり、白いワンピースが良く似合うおどおどした少女。
グオット村で村長以上に有名な家の一人娘であるミミルだ。
グオット村には、子供が数えるほどしかいない。
そんな中で、もっとも外で遊ぶというのが似合わないのだが彼女だ。本当に外に出ているのかというほど白い肌、細い腕に足。
実際、彼女が外で駆け回っていたり、遊んでいる姿などほとんど見たことがない。あったとしても、一番足が遅く、すぐ体力が尽きてしまい座り込んでしまう始末。
そんなミミルが、最近ユネにしつこく関わってくるようになった。
いったい何がきっかけだったのか。
それはユネ自身にもわからない。ただ無視しても、ずっと後ろをついてくる。まるで、親についていく子供のように。
「……」
「ま、待って!」
今日も今日とてミミルを完全に無視して、日課となっている森探索へと向かう。この辺りの森は、魔物も滅多に出ず、野生動物も獰猛ではない。
いつも静かで、一人になるのにはもっとこいの場所だ。
「えっと……その……今日は、何をするの?」
村から出て、しばらくしミミルはいつものように問いかける。しかし、ユネは答えることはない。そのまま無言が続き、森に差し掛かったところでユネは近くの木に飛び乗る。
「ま、待って!」
脅威の身体能力でぴょんぴょんっと木から木へと飛び移っていくユネを、ミミルは地上を必死に走りながら追いかけていく。
全力なのか? 誰から見ても遅い。
ユネ自身全然本気を出してもいないのに、どんどん小さくなっていく。
「ひゃうっ!?」
そして、いつものように転んだ。真っ白なワンピースだったため汚れればかなり目立つ。最初は気になって止まっていたユネだったが、すぐ興味をなくしたかのように奥へと進んでいく。
「ユネちゃん……」
置いていかれたミミルは、転んだ痛さに流れた涙を拭い、また走り出す。
絶対置いていかれないという意思が感じられる。
その意思を感じたユネは物陰に隠れながら、しばらくミミルの様子を窺っていた。どうして、あそこまで自分に関わるのか。
完全に無視して、広大な森の中に一人放置したことも何度かあった。その度、迷子になったミミルを村人達が総動員して捜索する。
いったい何があったんだ? と聞いても、小鳥さんを追いかけていたら迷子になったとユネのことは一切言わなかった。
しかし、村人達は気づいている。ミミルが一人で森へと行くわけがない。危険ではないことがわかっていてもミミルは村からあまり出ないような子だったからだ。
そこで、ユネが毎日のように森へ行っていることが関係しているんじゃないか? と噂が立つが、ミミル自身は全然関係ないと言い張る。
「……何なんでしょう、あの子」
これ以上付き纏われたら一人静かに森で過ごせない。
ユネは、仕方ないかと眉を顰めつつ、迷いはじめていたミミルに話しかけた。
「ちょっといいですか?」
「あっ! ゆ、ユネちゃぁん!」
「わっ!? ちょ、ちょっとなにを」
突然だった。ユネの姿を見つけると、涙を流しながら抱きついてきた。
おそらく不安が溜まっていたところに、ユネが現れ一気に決壊してしまったのだろう。引き剥がそうとするも思っていたよりがっちりとしがみ付いており簡単に離れない。
これは、落ち着くまで引き剥がすのは無理だと思ったユネは仕方なく頭を撫でることにした。
それから五分ほど経ち、ようやく落ち着いたミミルは自分の涙で服を汚してしまったことを全力で謝り始める。が、そんな細かいことは気にしないとユネは、手を突き出して止める。
「そんなことよりも、聞いてもいいですか?」
「え? う、うん」
持っていたハンカチで涙を拭っているミミルに、ユネはどうしてずっと付き纏っているのかと問いかけた。ひどい目にも遭っているのに、どうしてと。
「それは……」
「それは?」
「……ユネちゃんから、ドラゴンの力を感じる、から」
「……そういう、ことですか」
ユネは、ミミルがドラゴンと心を通わせる力を持った巫女だということを当然知っている。
だからこそ納得の回答だ。
そう……ユネには、ドラゴンの力があるのだ。それが、皆との距離を取っていた理由だった。




