第五話「ユネの記憶」
「あぁ……あぁあぁ……!」
ユネは、膝を突き大粒の涙を流していた。
その両手には赤い、赤い血が覆うように付着している。そして、その傍らには……血塗れの幼馴染ミミルが倒れていた。
すでに瀕死の状態。
少しの衝撃で命が尽きてしまうほど、青々とした顔色に呼吸の乱れ。
そんな少女達を、背後から見下ろす巨大な生物が居た。
穢れのない純白の体。
天を覆い尽くすような二翼。
黄金の瞳で、何を思って二人を見ているのか。
「なんで……こんな……」
ユネはぐっと拳を握る。
自分がしたことに後悔し、絶望しているのだ。
「ユ、ネちゃん……」
「ミミル……! ミミル……!!」
自分はただ泣き、幼馴染の名を呼ぶことしかできない。
その間ににも目の前で、刻々と命が尽きようとしているのに、なんて自分は無力なんだろうと。そもそもこんなことになったは、自分に原因があるというのにミミルは自分を心配しているような目で無理に笑って見せている。
「――――」
「え? なにを」
巨大生物が何かを呟いたと思いきや、光輝く球体がミミルへと少しずつ降下し……体の中へと吸い込まれていく。
すると、ミミルの体は輝き出し、傷が一瞬のうちに治ってしまった。
「――――」
「……うん……うん……わかって、ます……もう、ユネは……!!」
・・・・・☆
「……懐かしい、夢でしたね」
まだ朝日が完全に昇りきっていない時間帯。数人の寝息が聞こえる一室で、ユネはゆっくりと瞼を開ける。
思い出したくもない、だけど忘れてはいけない夢。
ユネにとって強くなろうと決意した日。
あれからずっと夢に見ることはなかったが、故郷に戻ってきて、ミミルの瞳を見て、自然と見てしまったのだろう。
「……」
回りを見渡すと、ひとつだけベッドに人がいない。
シルビアが寝ていたベッドだ。
学園に居た頃もそうだったが、シルビアは誰よりも早く起き、早朝トレーニングをしていた。長期休みになろうともそれは変わらない。
まだぐっすり眠っている皆を起こさないように、ユネは寝室から出て行く。すると、鼻を刺激するおいしそうな匂いが漂ってきた。
「あら? ユネちゃんも早いのね。あなたも走りこみに行くのかしら」
ミミルの母親マリアが鍋をかき回していた。
どうやら朝食の準備をしていたようだ。
「おはようございます、マリアさん」
「はい、おはようございます。……ふふ」
「え? あの、なにか」
突然笑われたユネは首を傾げる。
「ユネちゃんも随分と変わったなぁって」
「……はい。昔はその、ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。今思えば、ああいうユネちゃんも可愛いって思えるから」
「あ、あははは。えっと、それじゃ、ユネも走りこみに行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
少しばかり微妙な雰囲気のままユネは家を出て行く。ドアをしっかり閉め、昇ってくる太陽を見詰めながらユネは眉を顰めた。
「本当……昔のユネって、自分でもため息が漏れちゃいますね」
「どういうことであるか?」
「ふひゃあ!?」
突然声をかけられ、ユネは飛び跳ねる。まったく気配がなく出てきたシルビアは、いつものジャージ姿で首を傾げながら立っていたのだ。
「大丈夫であるか?」
「は、はい……もう心臓に悪いですよ。気配がないって」
「すまない。無心になると自然に気配を断ってしまうのだ」
なにそれ怖い……と思いながら、表情を引き締めた。
「走りこみは終わったのですか?」
「いや、まだだ。もう少し走っておこうと思っている。ここは空気が澄み切っている。マナの純度がかなりいいようだ」
「これもあの白龍の谷があるおかげです。あそこから漏れ出す純度の高いマナがこの辺り一帯の自然を育んでいるんです。……まあ、シュガリエが居ればもっとすごいんですけど」
突然落ち込むユネを見て、シルビアはぱん! と少し強めに背中を叩く。
「ひうっ!?」
「ユネも走りこみをするのであろう? ならば、共に走ろう。走っていれば、少しは気が晴れる」
「……はい。そうですね」
考えるのは止めよう。もうあの時の自分とは違うんだと首を振り、シルビアと並んで走り込みを始める。
「そういえばユネ。今日行く予定の白龍の祭壇とは、どういうところなのだ?」
「そう、ですね……正直、ユネも行ったことがないんです。あそこは巫女の家系であるミミル達しか入ることが許されないところなので」
今日の予定は、白龍シュガリエの祭っている祭壇に向かう。
そこは村の中央にあるシュガリエの石像の下。
つまりは地下にあるのだ。
そこには、シュガリエについて記している石碑などがある。だが、その情報は巫女の家系でしか開示することができず、入ることもできない。
ただ今回は特別。
ミミルと共に入ることを許された。
「ミミルも、記憶を失ってから初めて入る、のだったな」
「そうです。それに、白龍の祭壇では祈りをするだけ。情報の開示は一度もしたことがないみたいです。そもそも情報の開示は、もう何百年としてないとか」
そのため祖母も母親もいったい何があるのかを知らない。いや、そもそもが開示をしようとしてもできない。
どういうわけなのか。そこへ至るための入り口が何をやって開かないのだ。
「おそらく、何か特殊な開け方。もしくは力があると考えるべきだな……」
「ミミルはそれがシュガリエの加護だと思っているそうです。ドラゴンの巫女は、ドラゴンと心を通わせその力を引き出すことができると大昔からこの村で言い伝えられています。ミミルは、その力に長けている。だから」
今まで開けられなかったところも開けられる。
「……ともかく。朝食を食べたらさっそく向かおう」
「ですね」
「うおおお!! 馬鹿娘よー!!!」
一通り話を終えたところで、後はゆるりと走りこみをしようとした刹那。
ユネへと跳びかかるダダッカが。
「せいや!!」
「げほおおっ!?」
しかし、いつものようにダダッカは一蹴りで吹き飛ばされる。
「お! 久しぶりに見たな、この光景」
「おい、ダダッカ。大丈夫か? さすがに成長した娘の蹴りは痛ぇだろ?」
続々と起きてきた村人達は、吹き飛ばされたダダッカを見てにかやかな笑顔を振りまく。数ヶ月ぶりの光景だ。
村人達もよほど嬉しいのだろう。
「なんてことはねぇ!! あんな細足で繰り出す蹴りなんざ、俺の屈強な体には―――ごぼっ!?」
「おーい! ダダッカが血を吐いたぞー!!」
「誰かタオルを持ってきてやれー!」
「まったくもう……」
うんざりしたように声を漏らすが、どこか嬉しそうな表情を作るユネ。それを見たシルビアは、元気が戻ったようだなと安堵した。




