プロローグ
明けましておめでとうです!
お待たせしました。
新作でございまする。
今年もよろしくお願いいたします!
「この空を見るのも、これが最後であるか……」
どこまでも広がる青い空と漂う白い雲を見詰め、ボルトバ=アジェルタは呟く。今年で、百と三歳になる白髪と白い髭が良く似合う老人。ただ、普通の老人ではない。現在ボルトバが身に纏っているのは、若がりし頃に身に纏っていた防具一式だ。
とはいえ、ボルトバは基本重い防具は身に纏わず、ほとんど私服のようなものをオーダーメイドで作って身に纏っていた。防具を纏っていると、昔のことを思い出すので自分の最後にぴったりだと。
「ボルトバ様」
そこへ、若い女性が現れる。後頭部で束ねた青空のように美しい髪の毛を風でなびかせ、優しく笑みを浮かべている。
「おお、エリンであるか。すまぬな、少々耳が遠くて」
反応が遅れたことを謝罪するボルトバだったが、エリンはいいえと首を横に振る。
「お気になさらないでください。ボルトバ様は、もう十分なほどに頑張ってきました。今は、命尽きるその時まで、残りの時間を有意義に使うところ。私のほうこそ、お邪魔してしまう申し訳ありません。ですが、どうしても最後に一言お礼を言いたく」
「うむ、そうであるか。だが、礼を言うのは我輩のほうである。母に代わり、我輩のわがままにこれまで付き合わせてしまった。今までこんな我輩に付き合ってくれて、感謝する。そして、すまなかった……もう、お前は自由である。残りの人生は」
と、そこまで言ったところでエリンがボルトバの口を人差し指で塞ぐ。
「そんなことをおっしゃらないでください。私は、十分過ぎるほどに幸せでした。病で倒れた母の代わりにボルトバ様のところへ来た時は、内心ドキドキが収まらず爆発しそうなぐらい緊張していたのですが。ボルトバ様の底知らない優しさに私は、救われたんです。ですから、謝らないでくださいギルドマスター」
「ギルドマスター、か……ここまで長かった。だが、ようやく形になった」
ボルトバは、自由気ままな冒険者達を纏める大ボス的な存在だった。そんなボルトバは、ある日冒険者達を驚愕させることを言い出し、成功させた。それは、冒険者という存在を職業とすること。それに加え、冒険者を纏める施設を作ることを大勢の冒険者の前で宣言したのだ。それが【ギルド】という施設。
そこでは、冒険者達に依頼として全ての人々への助力をし、それに見合った金を貰うシステムを採用した。もとからクエストという誰でも受けられるものが存在するが、報酬が低かったり、依頼内容が難しかったりと、誰もが受けられるものとは程遠いものになりつつあった。
だが、ボルトバがギルドを創設し、管理することで時間はかかったが、徐々に形になっていき、今ではひとつだった【ギルド】もボルトバに触発された冒険者達が次々に自分のギルドを立ち上げていった。
「これからも【ギルド】は増え続けることでしょう。そして、ボルトバ様の名は歴史に残る英雄級のものとなります」
「はっはっはっは! 英雄級であるか。それは、楽しみだ」
「死んだ母も天国で祝福していることでしょう」
「リリエならば、私のおかげですね!! とでも言うであろうな」
「ふふ、確かにそうですね」
エリンの母であるリリエ=ティレンは、ギルドを立ち上げると宣言する前からボルトバと行動を共にしていた強気なエルフの女性だった。ちなみにリリエは、その時は結婚をしていなかったが、ギルドが成功したと同時に結婚をした。付き合っていた彼氏が居たようなのだ。
「あの時は、驚いたものだ。まさか、彼氏もちだったとは」
「もしかして、母に惚れていました?」
「いや、そんなことはない。ただ、彼氏が居るのに我輩のようなおっさんに付き合っていて大丈夫なのかと心配していた」
彼氏は、リリエと同じエルフの男。ボルトバと違って細く整った顔つきで、眩しい笑顔が素晴らしいと感動したぐらいの好青年だった。とはいえ、エルフのためにボルトバよりも年上ということだったが。
「お父さんは気にしていなかったそうですよ? むしろ、あのボルトバさんの手伝いができるならば悔いのないようにでやるんだ! って言っていたぐらいです」
「そうであるか……それは、ぐっ!?」
「ボルトバ様!?」
どうやらそろそろ限界のようだ。苦痛の色に変わったボルトバを見てエリンは、どうしたものかと迷っていたが、ボルトバの切なる一言で冷静になれた。
「エリン……最後は……青空を見上げて……」
「わかり、ました。……ボルトバ様。これまでのお勤め……お疲れさまでした!」
涙を流しながらも笑顔で笑う今の彼女の姿は、母に代わり傍でボルトバの手助けをしていた助手ではなく。ただ一人の冒険者として、優しいおじいさんとして大好きだったボルトバへの最大の感謝の気持ちを込めたものだと感じ取れた。
「……女神様」
《はい》
エリンが去った後、今にも消えそうなか細い声で呟くと、半透明の姿で美しい女性が姿を現す。黄金に輝く長い髪の毛に、穢れのない白き服を身に纏っている。若干女神さはないが、彼女自身あまり派手なのは好きではないようだ。
「あの時の答えですが」
それは今から五日ほど前のことだ。ボルトバの命が残り少ないことを知った女神ディアナは、突然現れとある提案を持ちかけてきた。
《その様子ですと、いい返事ではないようですね》
ボルトバの様子から察しがついたディアナは少し残念そうに微笑む。
「ええ。我輩は……人間として、転生することを選びます」
ディアナの提案とは、ボルトバを神格化することだ。神格化とは、ほんの一握りの者が神々から選ばれ神の格へと昇華することだ。つまりボルトバは人から神へと昇華し、これからも生き続けられるということなのだ。
本来ならば、誰もが喉から手が出るほどの最高位の提案なのだが……ボルトバは、人間として転生することを選んだ。
「もうボルトバとしての役目は十分果たした。だが、我輩を死した後冒険者達がどうなっていくのか、同じ人間の視線で、それもボルトバ=アジェルタとしてではなくまったく関係のない新たな生を受けた身として見届けたいのです」
《……わかりました。それが、あなたの選択なのですね》
ボルトバの功績は世界を変えるほどのものだ。そのため本来ならば神格化させるのが一番なのだが、本人の考えを無視してまで神格化してはだめなのだと、ディアナはボルトバの気持ちを汲み取り手をかざす。
《さあ、そろそろ時間のようです。ボルトバ=アジェルタ。これまで世界のため死力を尽くしたことをわたくしは忘れません。……お疲れ様でした》
今にも途切れそうな意識の中、ディアナの最高の笑顔を見詰めるボルトバ。そして、ボルトバを包み込んでいくのはディアナと同じ黄金に輝く美しくも優しい光の粒子。
《願わくば、次の人生は楽しいものであると切に願って……おやすみなさい》
(あぁ……長かった……本当に……。だが、次の人生も長くなるだろう……が、今よりは少し)
そして、ボルトバの意識は完全に途切れた。
それと同時に、彼の体は黄金の光に包まれ……天へと登っていく。