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終末瓦礫世界剣風録 MIGRATORY BIRDS  作者: 黒周 ダイスケ
二話 青は荷馬車に乗って
5/5

#2-2

 気絶していたのはほぼ一瞬らしい。


 気付けばイルシャは馬車から放り出されて地面に転がっていた。馬が何かに引っ掛かったらしい。積み荷のいくつかが衝撃で滑落している。

「な、なんだァ?」

 石に躓いたか。いや。地面に張られている縄。これは。

「ぶはっ」

 落ちた積み荷からカワセミが頭を出した。頭に乗っかったガラクタがころんと落ちた。

「何がどーなってんの? これ」

「縄に引っ掛かって……誰だ、こんなトコに……」

 その瞬間、道の傍で赤い光と煙が発生した。目を眩ますほどの強い光。

 イルシャの背筋に冷たい汗が流れる。

「おい、カワセミの……言いたかねーが、アンタの出番みたいだゼ」

 二人は道の向こうを見る。カワセミが口角を上げる。

「あっは! あれって、もしかして」

 彼女はやけに期待に満ちた声を上げ、荷物を跳ね上げながら勢いよく立つ。向こうの荒野から走ってきたのは、人間を乗せた馬が一頭。そしてその周りに追従する小さな人型の魔法生物……“ホッブズ”が五体。そしてさらに大型の“ビゲス”が一体。

「ワーオ……来た来た来たァ!」

「ま、間違いねェ。ありゃア“鉄の翼”の連中だ!」


 あまりにも気を抜きすぎた。

 ここが“まともでないルート”だというのを忘れかけていた。

 道にあったのは簡単なトラップだ。まず道に縄を張って馬を転ばせる。それに連動して炎魔法を封じた発光発煙デバイスが焚き上がり、罠にかかった獲物を知らせる。あとは襲うだけ。“鉄の翼”の狩りのやり方である。


「おうおうおうおうニイちゃん達。この道は危険だって、教わんなかったか?」

 大きなメガネと、耳の垂れたファー付きの不思議な形の帽(訳注:一般的にウシャンカ帽、またはフライトゴーグルと呼ばれるものである)を被った男が馬上からサーベルをイルシャに突きつけ、荷物を睨む。この帽子こそが悪名高い“鉄の翼”のトレードマークだ。

「災難だったが、まあ、運が悪かったと思って諦めろや。積まれたブツは全部俺達が頂く。抵抗すればニイちゃんはこいつらホッブズどものエサになる。俺が食べやすいように刻んだ後にな――お?」

 男は次に、荷物の上にいたカワセミに目をつけた。

「おおお、その変な格好したスケはニイちゃんのツレか? それとも、娼館に届ける荷物だったか?」

「ぐ」

「見た目はガキだがツラと身体はいい。出すとこ出せば変態オヤジが値をつける。心配すんな。俺達は最近ヒトも扱うようになったからよ。ふへ、ふへえへへへ」

 下卑た笑いを上げる強盗の男。まだ彼はカワセミの正体に気付いていない。

「ふへへへへ」

「んふ。んふふ。んふふふふ」

 それにつられて何故かカワセミも笑った。

「ふへ、へ……って、何がおかしい」

「んふふふ。いいね……いいね! 待ってました。待ってましたァ」

 予想外の反応に戸惑う強盗と対照的にカワセミは心底嬉しそうに笑い、荷物に埋もれかけていた武器を手に取る。


 光沢のある青鞘、青鮫皮白糸柄巻の野太刀――カタナ。銘を『翡翠』。


 強盗の表情が変わった。

「おいニイちゃん、何だそりゃ」

 男はサーベルをイルシャに突きつけて、呟く。

「何って」

「どうして“そんなモノ”を積んでやがる」

 驚愕に震える強盗の顔を見て、イルシャの顔が奇妙に歪んだ。サーベルを突きつけられた恐怖と、予想以上の反応を見せた強盗に対しての悦が複雑に入り交じった表情である。

「なんで――“ワタリドリ”が、ここに」


「ああ、いやァ、ホラ、行商人に、護衛はつきものだろ……?」


―――


 小鬼どものことについて補足をしておこう。

 ホッブズは先の大戦時に生みだされた体長1.3mほどの生命体で、知性の低い亜人族をベースに人間が改良を加えたハイブリッド型魔法生物の一種である。

 大戦後、彼らは野に放たれた。そして強化された知性をもって独自のコミュニティと生きる道を形成した。生きる道とは即ち、強盗団や犯罪組織などの人間達と組みお互いの利益の為に共存する(もちろん、互いに裏切るリスクも込みで)という道だ。“鉄の翼”もまたホッブズ達と手を組んでいた。

 そして後ろで荒い息を立てている体長3.2mほどの大型ホッブズ……“ビゲス”は、知能と引き換えに巨躯と腕力を獲得した、ホッブズにとっては戦車のような生物兵器だ。知性を手に入れた彼らが自らを実験体にして作り出した亜種である。


 ホッブズ達は強盗団の男の命令を待たずして、手に持っていた粗末な棍棒を構えて素早くカワセミの周りを取り囲んだ。徒党を組み“囲んで叩く”のが、彼らの基本戦法だ。

 イルシャや強盗の男と違いホッブズ達は誰も“ワタリドリ”がどういったモノかを知らない。剣を構えたヒトの女が一人。ただ単にそう見做して戦闘体勢に入ったのだろう。

 強盗の男は命令もせず、イルシャにサーベルを突きつけたまま彼らの戦いを見守っていた。……あるいは、あまりの自体に何も出来ずにいたか。


 ともかく戦いは始まった。

 カワセミは長い鞘からゆっくりとカタナを抜き、鞘を無造作に放り捨てる。


「ギ」

「ギギ」

 イルシャはまずそのカタナに目を奪われた。青く艶めく鞘から姿を現したのは小柄な彼女の体格に不釣り合いなほどの長大な野太刀。その刀身は、これまで扱ってきたどの美術品よりも美しかった。

 次にカワセミを見てぞくりと身を震わせた。先ほどまで談笑してきたあの少女とは似ても似つかない、まさしく抜き身の刃そのものの雰囲気を纏いはじめたからだ。

 戦いの場になどイルシャは踏み入ったことはない。それまで厄介事は避けて来た。彼にとっては初めて見る実戦。命のやり取り。 


 何を思ったか、カワセミは自ら囲まれるのを良しとするかのように立ち位置を変えた。姿勢を半身にして後方へ刃を下げる。“脇構え”である。

 ホッブズ達はすり寄るようにカワセミを囲んでいく。

「ッギィ!」

 どれくらいの間、見合っていただろうか。不意に奇声が上がり、ホッブズの一体がカワセミへと棍棒で襲い掛かった。彼女はしかし下げたままのカタナを振るうことなく、身体を右回りに回転させつつひらりとスライドする。ホッブズが悔しげに地団駄を踏む。もう一度棍棒が振るわれる。ひらり。今度は左回りに避ける。棍棒が振るわれる。ひらり。右回りに避ける。そしてすれ違いざま、身体を回転させると共に、斜め下からカタナが薙ぎ払われる。

 びょう、と重い刃鳴りの音が荒野に響く。棍棒を振り上げる隙を突いた避け際の斬撃。

「ギ?」

 何が起こったのか分からぬといった顔で、斬られたホッブズはしばらくそこに棒立ちになった。数秒ほどして、泣き別れになった上半身だけがぐらりと地面へ崩れた。

「んふ」

 道脇に埋まったデバイスはいまだ赤々と光り煙を立ち昇らせている。それを背後にカワセミが笑う。イルシャが、強盗の男が、ホッブズ達が、誰もが息を飲む。


 幾ばくかの間の後――残るホッブズ達が咆哮を上げ、一斉に襲い掛かった。

 ホッブズは解読不能の言語を発しつつ多方向から攻撃を試みる。カワセミは再び独特のスライド移動をもってそれらを最低限の動きで避けていく。やがてその挙動に惑わされたホッブズの一体がよろめくやいなや、彼女は素早く後ろに回り、背中を逆袈裟に斬りつけ、さらに首を刎ねた。

 仲間の死にも動じず、残る三体が続けざまに棍棒を振るう。その間をやはりカワセミがするりするりと抜けていく。集団の隙間を動く様は、まるで流れる水にも似た。

 そしてホッブズ達にとって頼みの綱のビゲスはといえば、素早い動きを見せる彼女に対応できないでいた。

「オオ……オゴオ」

 無闇に巨腕を振るえば仲間にも当たってしまうかもしれない。これもまたカワセミの術中だ。


「なんだありゃあ……まともじゃネェ」

 イルシャにもようやくわかった。カワセミは何の脈絡もなく自ら囲まれたのではない。あのすり抜けるような動きこそが彼女の戦い方であり、囲まれることで相手が混乱するよう仕向けたのだ。彼女独特の、対集団戦の在り方であった。

 だが素人目にも正気の沙汰でないのはわかった。避ける動きはどれも紙一重。少しでもバランスを崩して躓きでもすれば、文字通りホッブズ達に“囲んで叩かれる”。リスクとチャンスの天秤。気付けば強盗の男もイルシャに向けたサーベルを下ろし、馬の上からその戦いぶりに見入っていた。


「んふふ!」

 すれ違いざまの後ろ蹴りで脚を崩し、跪いたホッブズを斬り伏せる。残り二体。

 連携が崩れ、せめて一撃とばかりに残るホッブズの一体が全力で飛び込む。カワセミはその脇をカタナと共に振り抜け、胴体を両断する。上半身が宙を舞い、離れたところにいたビゲスにぶち当たる。残り一体。

 振るわれた無数の棍棒はただの一発もかすめることすらなく、瞬く間にカワセミはホッブズ四体を斬り捨てた。

「ギギ……」

 悲鳴にも似た奇声を上げ、残った最後のホッブズが後ずさりをはじめる。

「ギ、ギギ、ギィイ!」

 たかがヒトの女が一体。どうしてこんなことに。ホッブズの目が混乱と恐怖に歪む。くすんだ瞳には、野太刀を携えた青い怪物がこちらへ歩いてくるのが映っている。

「なーに?」

 カワセミは懇願するゴブリンを無遠慮に蹴倒し、心臓へ深々とカタナを突き立てた。


「何言ってんのか、さっぱりわかんないし?」


―――


「あとはデカブツが一匹、と」


 この“デカブツ”は結局、ホッブズ五体が無惨に切り刻まれていくのを最後までただ見ている他なかった。目の前で起きた惨劇に、ビゲスの息はさらに荒くなっている。

「オゴオオオオ……オオオ」

「だからー、何言ってるのかわかんないっつーの」

「オオオ!!」

 せめて一撃でも浴びせることができれば、この忌々しい人間の骨をバラバラに砕き、仲間の仇が討てる。小さな脳ミソでビゲスは考え、咆哮を上げ腕を振るう。振るう。振るう。だが当たらない。

「でも、アンタみたいなのを何て言うか、あたし知ってるよ」

 身をかわし、姿勢を下げ、身体をひねり、ひらりひらりとカワセミは避ける。避ける。渾身の一撃とばかりに両腕を叩きつけたビゲスの股下をくぐり、カワセミが足首を斬りつけると同時に背後を取る。

「アンタみたいなのを」

 ビゲスがよろめく。カワセミが笑う。野太刀を振りかぶり、脇腹を目がけて水平に薙ぐ。一周目。

「オアア!」

 薙いだ勢いでカワセミの身体が一回転する。続いて背中を袈裟懸けに振り抜く。二周目。

「“デクノボー”って言うんだって!」

 さらに回転。そして跳躍。はためいたコートの袖から見えたカワセミの細腕に血管が浮き上がる。存分に遠心力の乗った野太刀がビゲスの肩から脇にかけてを一刀のもとに叩き斬る。三周目!

「ゴアアアアアア!」

 渾身の三連撃を受け、ビゲスの全身から血飛沫が上がる。背中からシャワーのように噴き出る血がカワセミを染めていく。


 そして、ついにその巨腕を当てることすら出来ぬまま、ビゲスはうつ伏せに倒れて絶命した。


―――


 戦いは終わった。


 発煙デバイスの火がようやく消え、再び辺りは暗闇に包まれた。

「あ、ありえねえ」

 全身の力が抜けたのか、強盗の男がサーベルを落とし、ぐらりと落馬した。

「イルシャ、これでオーケー? 問題なかった?」

「あ、ああ……スゲェな……」

 助かったとかよくやったとか、もはやイルシャにそういう言葉は浮かばなかった。血染めのまま笑うカワセミを前に、うまく言葉を紡げずにいた。


 ぶるる、と背後で声がする。躓いて気を失っていたイルシャの馬が目を覚ましたらしい。

「というわけで、あたし、いいこと思いついた」

 一人興奮冷めやらぬカワセミがすたすたと男の元に近づく。すっかり腰の抜けた男は恐怖に目を剥いた。

「ひっ」

 そして次にカワセミが放った一言は、二人にとって予想外のものだった。


「あんたらんトコ、連れてってくれない?」


「「は?」」

 イルシャと男の声が重なった。

「お、お、オイオイオイ、カワセミ、どういうコトだよそりゃア!?」

「いや、だから。うーんと、なんていったらいいのかな?」

 カワセミはわざとらしく頬に指をあて、考える素振りをする。

「だってさ、強盗団っていったら、もっとばーんと派手なことする奴ら沢山いるんでしょ。違う?」

 無邪気な笑顔。瞳に興奮を隠すこともなく、ばーん、とカワセミは手を広げる。

「あ、ああ……え?」

 混乱まじりに男が頷く。


「だったらさ! だったら……それって、サイコーにあたし向けじゃない?」


 血まみれのワタリドリはそう言って笑った。


「「……は???」」


―――


 数刻後。イルシャは再び荒野を走っていた。

 

 このまま行けば無事に街へと着くだろう。そして少なくともこの辺りでの驚異となる“鉄の翼”達の襲撃はもうない。背後の積み荷はおおよそ無事だ。

 だがその上にもはやあのワタリドリはいない。

 あっという間にカワセミは行ってしまった。より血の匂いのするところへ向けて。


 つまりはそれが彼女の“目的”だったのだろう。

 ようやくイルシャは理解する。己がカタナが存分に振るえるのであれば、事の善悪など関係ない。小柄な躰には不釣り合いなほどバカでかく鋭い、あの闘争本能むき出しのカタナこそが彼女の本質なのだと。


 残った強盗の男は恐怖と混乱を顔に張り付けたまま、カワセミを連れてスクラップ・ヤードの彼方に姿を消した。彼には選択肢など無かった。

 彼女はあれからどうするのだろう。強盗団に取り入るか、あるいはアジトの真ん中で堂々と斬り合いを繰り広げるのか。分からない。そもそも分かりようがない。アレは人間ではなくワタリドリという生き物で、一般的な行動理念など彼女には通用しない。


「イルシャ。馬車の旅ってのもまあまあ楽しかったよ。じゃ、また会えるといいね!」


 別れの間際にカワセミは無垢な笑顔で言い、イルシャにぶんぶんと手を振っていた。

 “また会えるといいね”。次にその時が来たとして、それは果たして幸か不幸か。


 スクラップ・ヤードに夜明けが訪れる。イルシャはすっかり半分以下になったハチミツ酒(もはや売り物にはなるまい)に口をつけ、ぼんやりと空を見上げた。

 遙か向こうでは山の頂上付近に辿り着いたヘキサポッドが長い首を下ろし、薄明かりの空の元で何かを食べるような動作をしている。


 荷物の上に、カワセミに手渡した報酬が全額そのまま残っていたことに気付くのは、彼が街についた後のことであった。

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