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終末瓦礫世界剣風録 MIGRATORY BIRDS  作者: 黒周 ダイスケ
二話 青は荷馬車に乗って
4/5

#2-1

「はーやく出て来い、強盗だーん」

「縁起でもねえこと言うんじゃねえヨ……」

 積み荷の向こうで妙な歌を口ずさむ用心棒に、イルシャはそう言ってため息をつく。

「だって、ねえ。そうでもなけりゃ、あたしが雇われた意味もないし? ……っぷ」

「ちょっと待て、待て。アンタ何飲んでる」

「そこにあったやつ。甘くておいしい。これ何?」

「おいおい、そいつぁハチミツ酒だ! 大事な商品に手ェつけねえでくれヨ!」

「まあまあ。細かいことはいいじゃない!」

「高けェんだゾそれ……ナガノ地方から仕入れた高級蜂蜜で」


 旧連合領土、地方都市タチカワ。そこから東に数キロ先。スクラップ・ヤードのど真ん中。中古のおんぼろ馬車を引く行商人イルシャは、一世一代の大取引に出ようとしていた。


 依頼は遠く離れた街、ナカノまで品物を運んで届けるだけ。口にすれば簡単な仕事。

 問題なのはその積み荷の中身でも量でもなくスピードだ。

 様々なコネを伝い、大口の注文を受けたのが数日前。期日まではあとわずか。品物をかき集め、期日に着くのに、どうあってもまともなルートでは間に合わない。


 ――裏を返せば“まともではない”ルートさえ辿れば間に合う。


 まともでないルート。そこは先の大戦時に連合国の“魔法列車”が通っていた線路であり、荷を積んだ馬車でもある程度の速力で走ることができる。

 だがそれ故に積み荷を狙う強盗団に狙われるルートでもある。ただの行商人に過ぎないイルシャにとっては、護衛などつけずに通るのは自殺行為そのものだ。

 副業としてそういった護衛を請け負うハンターもいる。だが今回の件に関しては依頼料が多額になってしまう。依頼の内容によって依頼料が変わるのがおおよそのルール。この道を護衛するには少なくとも三人以上のハンターを用意しなければならず、追加の馬車や日程なども考えると依頼料だけで赤字になる。

 この取引を成功させれば行商人である自分の名声も上がるだろう。少しばかりの赤字はやむを得ない……とはいえ明日食うにも困る身である彼にとって、それは究極の決断だった。


 そんな中、一人の護衛を見つけたのは昨日のことである。


―――


 カワセミ。彼女はそう名乗った。仕事がら噂や情報にも詳しいイルシャは、彼女が何者であるか一目で分かった。見た目は十代後半。低身長にしてはスタイルの良い体つき。二つ結びの青い髪。紺色のインバネスコートに着流し、草履という奇妙な衣装。頭からつま先まで青、あるいは濃紺の出で立ち。……そして腰に差した不思議な形の曲刀。


 タチカワの街の隅、立ち食いラウメン(訳注;この世界の人々に広く伝わる人気フードで、スパイスをきかせた濃い味の汁にメンをつけて食する)屋で彼女の姿はやたらに目立っていた。ハンターや商人でごった返す店の中、もぐもぐとメンを食うカワセミの両隣だけが不自然に空いていた。

 イルシャはラウメンをすする手を止め、一つの、賭けにも近い思案をした。彼女を護衛として雇うことだ。

 もちろん何があっても自己責任。一目であの“噂に聞く”存在であることは分かった。彼女に声をかけるのは、これまでどんな仕事を引き受けることより勇気がいる行為だった。

 だがカワセミは呆気なくその依頼を引き受けた。

 報酬はそれまで食べていたラウメン(一杯。プラス、替え玉が三つ)の代金とイルシャが提示した額そのまま。いくらでも構わなかっただけなのかは定かではないが、もう少し小さい額から提示しても良かったのではと今さらにしてイルシャは思う。斬り殺されないと分かれば自分でもとんだ業突く張りだ。


 ともかくこうして護衛を手に入れたイルシャは準備を整え、馬車でタチカワを後にした。出発時刻は夕暮れ過ぎ。どうあってもルートを通るのは夜になるが、期日に間に合わせるためにはやむを得なかった。


 そして今――カワセミは、積まれた荷物の上で羽を休めている。


―――


「“鉄の翼”」

「テツノツバサ?」

「ここらへんを襲う強盗団の名前だヨ。出て来てほしくなんかねェが」

「えー。つまんないじゃん」

「だから滅多なことを言うじゃネって。ただでさえアンタは“いわくつき”なんだからヨ」

「なにそれひどい。……ん、これ何?」

 カワセミが荷物の一つを手に取る。掌に握れるほどの、細長い長方形の“モノ”だ。やたらに軽いが素材は謎。表面真ん中には妙に柔らかい素材で出来た突起が9つ等間隔に生えており、上部には(やはり謎の)ガラスのようなものと不思議な意匠が施されている(訳注:我々の世界では一般的に携帯電話と呼ばれる端末である)。

「“ガラクタ”としか言えねえナ。使い道も何で出来てるかもサッパリわかんねーが、世間にゃそんなガラクタを高値で買い取ってくれるカネモチもいるんだ。壊すなヨ?」

 カワセミはそれをしばらく見たあと、袋にしまった。興味がなかったらしい。

 行商人をやっていると、食料や日用品に混じって、そういう“モノ”がよく積み荷に混じる。スクラップ・ヤードに時おり開く“ホール”から現れた、ほとんどが素材も目的も不明のガラクタだ。大抵は何に使うかわからないが、好事家が蒐集することもある。金持ちの考えることは理解できない。


 ところでこのカワセミという少女は、想像していたよりもだいぶフランクだった。お喋り好きで、年相応の幼さがあった。

(しかしなァ。やっぱり、ただの人間じゃネーんだろうなァ……)

 イルシャがそう思ったのには理由がある。

 出発の数時間前、彼は泊まっていた宿に寄った際、突然カワセミに“食われた”。ちょっとした景気づけだと言っていたが、どうもあちこちで人に会っては身体を重ねたり、それで小銭を貰ったりするのが彼女の享楽的な“副業”らしい。

 端から見ても異様な格好で、それと分かって抱く人間がいるのも不思議なものではあるが、確かに見てくれだけはいい。だが服を脱ぎ捨てたカワセミの身体には見たこともない紋様の入れ墨があり、そして肌は驚くほど冷たかった。好みの躰ではあったが、とてもそんな気分にはなれなかった(結局は貪られてしまったが)。カワセミがやはり自分達は違う生き物であると、イルシャは文字通り肌で感じ取ったのだ。それ以外は今のところまったく無害ではあるのだが。


「そういえば気になってたんだけど。その変な耳のこと、聞いていい?」

「ああ? なんだいきなり……ま、オレぁ、エルフだかンな」

 ころころと話題を変えられ、イルシャは戸惑いつつも答える。夜の長旅は大抵孤独であったが、彼女のおかげで気がまぎれる。このまま強盗団さえ来なければだが。

「えーるふぅ?」

「なんだ知らネェのか。正確にゃ“森エルフ”。仲間はみんな北の、ヒダカの森ってトコに住んでンだ。あんま人間と接しねーようにな。でもオレぁ森を飛び出た。人間の生活ってのをやりたくてサ。思った以上に大変だったがヨ」

 ついついつられてイルシャも話をしてしまう。

「こんなチマチマしたことしてないで、もっと、ばーっと、自由にやればいいじゃない?」

「そうはいかねーんだヨ。自由に生きたいと思ってても、何かしねェとメシも食えない。森にゃ掟と狩りがあったが、こっちに来たって結局何かに縛られてる。どっちを取るかと言われりゃこっちを取るし、どうせ一度飛び出した手前、森にゃ帰れないから、こうしてくしかネーんだけど」

「へ。つまんないの」

「それが人生ってモンなんだヨ。多分ナ」

 カワセミが荷物から身を乗り出し、こちらに顔を寄せた。近い。よく見るとカワセミの顔には少しそばかすがあった。それがいっそう幼さを際立たせている。

「あんたも飲む?」

 差し出したのは飲みかけのハチミツ酒だ。

「飲む? って、それ元々俺の商ひ……あーあ、結局半分以上飲んじまいやがって。もう売り物にゃならねーゾ、こりゃ」

 諦めて、イルシャはカワセミからボトルを受けて呷る。長時間の移動に疲れた身体に甘味が染みていく。彼女が直に飲んだボトルだと気付いたのは、口を離した後だ。

「で、アンタはずいぶん気楽そうだが、何を目的に生きてンのかい」

 んふふふふふ、と、荷物の向こうで不気味な笑いが漏れる。

「なんだと思う?」

 いくつか答えてみたが、結局カワセミは正解を明かさなかった。


―――


 荒野の広がるミタカ地区を抜け、馬車はさらに進む。


 遠く宵闇の向こうに広がる山並みに、月明かりに照らされて不思議なモノが見えた。

 全長はおよそ数十メートル。首と脚だけがやたらに長いキリンのようなシルエットが浮かび上がっており、よく見ると山の中腹あたりをゆっくりと動いているのがわかる。

 六本足と長い首を持つ異次元獣“ヘキサポッド”である。だいぶ前にホールから出現した、これまで目撃された中でもトップレベルに巨大な異次元獣だ。もっとも近寄りさえしなければ無害で、ヘキサポッド自体も周囲から移動する気配がない。ミタカ周辺の住民やハンターにとってはもはや風景のような存在になっている。巨額の賞金首に指定されてはいるものの、討伐しようとするハンターはいない。


「カワセミ。アンタさえ良けりゃでいーんだがヨ」

「うん」

 物珍しげに遠くのヘキサポッドを眺めるカワセミの横顔を見ながらイルシャは言う。

「このままナカノに着けば、強盗が出ようが出まいがもちろん報酬は払う。で、そっからなンだが……またしばらく、俺の護衛をしちゃくれねェか」

 商品の扱い方が雑なことさえ除けば、思っていた以上にこのカワセミとはウマが合う。それがイルシャの感じたことだった。非合法な護衛。行商人にとってはリスキーだが、それでもなんとかなるのではないかとイルシャは思っていた。

「どーしよっかなー」

「風の向くまま気の向くまま、ってか」

「そういうわけでもないんだけどねー。ま、ナカノに着くまで考えとく」

 彼女は何者なのか。聞くのは噂だけだ。よく不幸を呼ぶなどと言われるが、あくまでジンクスだと思っている。その本質までは知らない。それでもいいと彼は思った。時には彼女のように、短絡的なのも悪くないだろうと。

「……あ」

 そしてふと思い出した。タチカワを出る数日前に聞いた噂――聞いた身体的特徴からして、カワセミ本人ではないと思ったが――。

「そういえばヨ、隣街のヒノのFOで、この前――」


 がつん、と強い衝撃がして、前のめりにイルシャは馬車から落ちた。

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