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終末瓦礫世界剣風録 MIGRATORY BIRDS  作者: 黒周 ダイスケ
一話 紅大吟醸
1/5

#1-1

「景気はどうよ」

「どうもこうもねえなあ。一人モノじゃ、せいぜいFOからの特別討伐依頼で小物を狩るのがせいぜいさ」

「こっちだって同じようなモンさ。ああ、そういや、そこにあったポスター」

「……『アーマード・カエル』か。賞金が付いたのが先月で、早々に昨日ブッ倒されたと。アレだ、あの隅にいる『毒霧騎士団』の連中の仕業だ」

「またアイツらか」

「睨むような顔をするんじゃねえや。因縁ふっかけられても面倒くせえだろ。――よし、んじゃ、俺はそろそろ行くぜ」

「ああ。オレも行くか。ま、せいぜい死ぬんじゃねえぞ」

「そっちもな。“良い終末を”」

「“良い終末を”」

 二人のバウンティハンターが一気にエールを飲み干し、FOを出ていく。


 ――“良い終末を”。いつ頃からかハンター達の間で流行りはじめた挨拶である。


―――


 早晩。財団事業所、通称“FO(Foundation Office)”ヒノ支所。


「なあー、ノノハちゃんよお。俯いてばっかでねえで、ちったあハイとかイイエとか言ったらどうなんだ。エエ?」

「やーめなさいよぉ、オレガ。怯えちゃってるじゃない。フフ」

 他のハンター達が露骨に眉をひそめる中、オフィスの隅では黒と紫の統一された装備に身を包んだハンターが四人、周囲を気にもとめずにテーブルを二つ占領していた。


 クラン。集団で依頼をこなすハンター達はそう呼ばれる。この“毒霧騎士団”はそんなクランの一つだ。

 リーダーである斧使いの男、アージ。闇魔法を使う女、ギブリ。短剣を携えた男、オレガ。斥候役の少女、ノノハ。半年前この街に辿り着き、既にいくつかの賞金首を討伐している名うてのクランである。


「ギブリの姐さんがフォローしたから良かったが、テメェの誘導があれ以上マヌケだったら、オレ達ゃあのクソカエルに全員丸呑みにされてた。責任感じてんのか、アア?」

「……あれは……その……だって、オレガが、足音を」

「ダッテメェ、俺のせいだって言いてぇのか! ジャリの分際でナメたクチ聞いてんじゃネェぞコラテメェ!」

 ひょろい小柄の男、オレガが机に拳を叩き付け、萎縮するノノハを威圧する。

「ま、そこら辺にしとけ、オレガ。多少のトラブルは折り込み済みよ」

 紫色のプレートアーマー(体格に合った特注サイズである)を身につけた巨漢の男、アージがソファでふんぞり返りながら鼻を鳴らす。横にいたギブリは露出度の高いローブ姿で、アージにこれでもかとばかりに身体をすり寄せる。

「やーだー、アージ、男前!」

「よっ、よっ、さすがアージの兄貴! ささ、メシでも食いやしょ!」

 耳に入る会話、そしてテーブルに積まれた食事の配置からしても、クランの力関係は明白だ。ノノハはもはや椅子に座ることすら許されず、床の上に正座をしている。目の前に置かれたのは水の入ったコップが一つだけ。身体中には無数の生傷があり、頬には痛々しい傷痕が残っている。

 端から見ていても気分の良くない連中だが、実力もまた確かであり、彼らがここに来てから壁に貼られた賞金首のポスターは三枚ほど剥がされている。


 オフィスのカウンターにいるオフィサーはあくまで動じず、コップを洗い清潔な布で拭いている。周囲のハンターが早々とメシを食い出ていく。

 やや剣呑とはしているが、FOではそれほど珍しい光景ではない。


 その時、新たな来訪者が現れた。


―――


 紅の風が吹いた。


 FOにいた冒険者達が一斉に振り向いた。ある者は煙草を潰して眉をひそめ、ある者はエールを飲む手を止めて目を逸らし、ある者は不思議そうに目を瞬かせた。


 十代半ばの小柄な少女。赤い短髪。同じく赤い大きな瞳。幼い顔立ち。痩せぎすの身体、青白い肌には、全身にトライバル模様の入れ墨が刻まれている。

 上半身は平たい胸部だけを覆ったサラシ。下半身は裾の広い下履きで、短いキュロットスカートのようにも見えるがどこか違う。丈の極端に短い、ファイアパターンの刺繍がされた“袴”。履き物は簡素な草履。そして――最も特徴的なのは、左腰の鞘に収められた一振りの細い曲刀。

 遠目には野党の格好かと思しき装いだが、ところどころ、他のハンター達とは明らかに違う、異質な格好と雰囲気をまとっている。


 誰もが一目で彼女を警戒した。カウンターにいたオフィサー、ゴードもまた、コップを拭く手を止めた。

 少女はオフィスに入るなり、周囲の視線を意にも介さず一直線につかつかとカウンターへと向かっていく。続いて右腰にくくりつけられた小さなポーチからクシャクシャになった何かの紙切れを出し、こう告げた。


「こいつの情報が欲しいの」


 カウンターごしに向かって少女は言う。

 ゴードは紙切れではなく少女の目を見返し、一息おいて答える。

「ここがどんな場所か、分かってるのか」

「分かってる。だから来た」

 少女はゆらめく炎のような瞳でゴードを凝視する。ゴードは老齢のベテランオフィサーだ。故にあらゆるハンターを見てきた。中には荒くれ者や手に負えない狂人も多くいた。大概の扱い方は心得ている。はずだった。

 そんな彼の表情が、少しだけこわばっている。

「わかってないな。嬢ちゃん。せっかくだからFOの仕組みとルールを教えてやる」

 絞り出すようにゴードは口を開いた。


「――ここはバウンティハンターの集う“財団事業所”だ。財団……名前くらいは知ってるだろ。もし知らなくても、ここでは言わねえ」

「……」

「バウンティハンターってのは、“財団”が賞金をかけたバケモンどもを狩る奴らの総称だ。登録にカネや経歴がいるわけでもない。エルフだってなんだって、人間でなくても構わねえ。必要なのは腕っぷし、要領の良さ、それから少しばかりの運。腕さえありゃそこらへんの子供だってなれる。来るもの拒まず、去るもの追わず」

 しんと静まったFO。ハンター達の視線が集まる中、ゴードは訥々と少女に語る。

 少女は微動だにせずゴードを睨み続けている。

「FOは差別をしねえ。どんな人種で、どんな人数で、どんなやり方であろうと、バケモンどもを狩る連中は支援する。賞金首の情報もその壁に貼ってある。必要ならメシと寝床の手配もする。カネさえ出せばな。それだけのことだ。……だが、いくつかルールというものもある」

 再びゴードは少女を見た。二つの視線が交錯する。

「一つ目。メシ、酒、寝床はカネで提供するが、ツケはきかない。二つ目。ハンター同士の、FO内での喧嘩や殺し合いは御法度」

「……」

「そして三つ目――“ワタリドリには構うな”」

 ひく、と少女の眉が動いた。


「腰に差したその“カタナ”。……お前、ワタリドリだろ」


―――


「名前はあるのか」

「シャモ」

 意外と素直に少女は答えた。

「俺も長いことこの仕事をしているが、ワタリドリを見るのは初めてだ。財団“本部”から話は聞いていたがな。シャモ。悪いが、ここではお前に何もしてやれない」

数刻前まで賑わっていたFOが、たった一人の少女の来訪によってしんと静まり返っている。シャモはしばらくの間ゴードを見続け、やがて横にあった椅子にすとんと腰を下ろした。

「……俺の言っていたこと、聞いてたか」

 ゴードの身体はまだ少しこわばっていた。目線は左腰に差した得物に向いている。


 朱塗鞘、黒鮫皮赤柄巻の太刀。工芸品のように美しい武器――カタナ。銘を『紅軍鶏』。


「のみもの」

「?」

「何か、飲むもの。……飲んだら、出ていく」

 ゴードの顔がやや呆気に取られた表情に変わる。そして息をつく。ワタリドリには構うな。繰り返すが。それがFOのルールである。だがどうもこの少女はすぐに出ていくつもりもないらしい。しばらく逡巡した後、ゴードは言った。

「……カネは取るぞ」

 ルール違反ではある。それを承知で彼は返した。

 シャモは再び右腰のポーチをまさぐり、紙切れをしまうと同時にカウンターの上へ何枚かの銅貨を置いた。ひい、ふう、みい。何度数えても足りないが、ゴードは黙ってその銅貨を受け取り背後の棚に向かう。水……を手に取りかけて止め、背中越しにたずねる。

「何がいい」

「おさけ」

 グラスを出してエールを注ぐ。おさけ、とだけ呟いたその口調がどこかおかしく、ゴードはふっと口の端を上げる。

「てっきり、ミルクでも飲むかと思ったぜ」


 それからシャモはうまいともまずいとも言わず、小さな口でちびちびとエールを飲みだした。相変わらずオフィスにいるハンターの視線は彼女に釘付けだ。

 ――そんな中。

「ワタリドリか。さぞ、もっと恐ろしいものかと思っていたが。格好が妙なこと以外は拍子抜けといったところだな」

 はっきりと、シャモの耳にも届く声で話す者が一人。アージである。

「ええー。でもあの剣とか、きれいだけど、すっごく怖そうじゃない? ねえねえノノハ、話しかけてきなさいよ。アンタと年も近そうだし、なんなら私達の仲間になってくれるかもよお?」

「え、あ」

 突然振られたノノハが怯える。それを見てオレガが笑う。

「そいつぁいいや。そうすりゃノノハ、テメェもこのクランには必要なくなるな!」

 下卑た笑いが響き渡る。シャモは意にも介さず、同じリズムでエールを飲み続けている。

「――なあ、シャモ。良ければそのカタナとやら、俺に見せてくれないか」

 アージはゆっくりとソファから立ち上がり、カウンターにいるシャモの右脇へ向かう。その後ろを、コバンザメのようにオレガがついて行く。

「これも何かの縁だ」

 ゴードが目線で“構うな”と送るが、アージは無視して近づく。

「世間じゃ見ただけで不幸になるだの言われてるが、俺は気にしない。強ければお前が何者であろうと構わん主義だ」

 縦にも横にもデカいアージとシャモとでは体格に明らかな開きがある。そのアージに迫られても、シャモはまったくペースを崩さない。

 ちぴ、とエールに口をつける音だけが返る。

「なあおい」

 シャモを挟んで左脇、アージの反対側にオレガが回る。

 ちぴ。二人に挟まれてなお、シャモは徹底して意識をエールから外さない。

「兄貴がよお、喋ってるの、聞こえてねえのか」

 ちぴ。

「止せ」

 ちぴ。ちぴ。

「オフィサーの旦那は黙ってな!」

 よほど気に食わなかったのか、オレガが逆上し、腰に差したナイフに手をかける。

 エールに口をつけていたシャモの動きがぴたりと止まった。

「おう、おう。無視するたあ、いい度胸してやがる。この“毒刃のオレガ”様をよ」

 オレガが左手で素早くナイフを取り出し、シャモの後ろ首に向ける。

「ワタリドリだかワタリガニだか知らねえが、その身をもってわからせてや――」


「抜いたな?」


 背中越しにシャモが口を開いた。小さく、しかしFO中に通る低い声。


 その瞬間、ゴードが制止する間もなく彼女は動いた。

 まず振り向き様に左肘を振るい、オレガの顎をしたたかに打った。そのままオレガに向き直り、瞬く間に腰に差したカタナを鞘走らせ、胴体を左逆袈裟に抜き打ちする。

「え?」

 オレガの身体から血が噴き出る。続けてシャモは大きく一歩踏み出し、振り上げたカタナを返して両手で保持、続いて腰を低く落とし、右から左へと水平に振るう。美しい弧を描いた刃が深々とオレガの脇腹を切り裂く。血飛沫が飛び、横で座っていたアージの顔にかかる。

「あ?」

 何が起こったかわからないという風に、オレガは自分の腹部を手で触る。傷口から溢れた臓物が落ち――ややあって、呆気にとられた表情のまま、彼はオフィスの床に沈んだ。


 その間、ほんの十数秒。


 オフィスにいる全員の動きが止まった。

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