覚醒
「…ねぇ、…ねぇってばっ!」
ちょんちょん、と柔らかい何かが頬に触れられる。 マシュマロのような柔らかさだ。
「ん…、あれ、ここは…?」
ソフィアは目を覚ましゆっくりとした動作で起き上がる。
空は青く、雲一つ無い。
その空の下には膨大な草原が広がっている。
澄み渡る風は心を癒してくれそうだ。
近くには目立つ様に大きな木、その木の元には古びた祠が存在するのだが気のせいか神秘的な存在だと感じとる。
「ねぇ、大丈夫?」
ソフィアは視線を下ろすと太股の上に白い子狼、ディオンが見上げ前足をお腹へ触れる。どうやらマシュマロの様に柔らかい何かはディオンの肉球だと理解する。超巨大なジャンガルノはソフィアを見守る様に座っていた。
呼び掛けるのを無視してディオンの肉球を両手で堪能するのだがソフィアの 緩みきっている表情に何も言わずディオンはされるがままになっていた。
小さい物好きのソフィアに取ってみれば祝福の時だろう。
「…ねぇ、何があったのか覚えてない?」
もふもふしていたソフィアだったがその手を止める。何があったか思い出すと傍らにある薙刀だった棒切れを掴み俯いてしまう。
ディオンは説明する。
卒倒した自分をジャンガルノと共に避難したこと。
あのマラサという黒い何かをハクが相手をしていること。
(私は…何も出来なかった…)
今のソフィアは武器を持たない只の人族だ。
体術等は少し心得はあるが役に立つとは到底思えない。それにあの薙刀は父の形見でもあった。心の支えでもあった存在は無惨な姿に動揺を隠せない。
何も出来ない。
でも、何も出来ないことが悔しい。
無力感がソフィアの心に襲いかかる。
ふと、ハクの顔と声を脳裏に過る。
もし、彼が命を落としてしまったら…。
(嫌だ、それだけは…!)
胸が引き裂かれそうな苦痛を感じ、堪らなく目が潤んでしまう。
欲しい、力が…。
力が、欲しいのですか?
ーーー欲しい、力が。
何故、力を欲するのですか?
ーーー救ってくれた、彼を助けたいから。
その者を助ける価値があるのですか?
ーーー価値とか関係無い!ただ私が助けたいだけ!
命を懸けてでも?
ーーー命を懸けてでも助けたい!
…わかりました。貴女のその覚悟を理解しました。なら、私の元へ来なさい。
「えっ?」
何か直接頭の中に誰かが語りかけていたような…。
「…どうしたの?」
ディオンは困惑したようにボケーッとしていたソフィアの顔を覗き込む。超巨大なジャンガルノも同様だ。
『何やってるんですか?速くこちらに!』
幻聴か、と顔を傾げ、自身の頭部を触る。
「…頭…打ったのかな…?」
『あ、あの、無視…ですか?…それはあんまりです、酷く心にダメージを受けました…』
本当に駄目かもしれない、とソフィアは頭を抱えるがディオンと超巨大なジャンガルノは何やら驚愕していた。
向いている視線には大きな木の下にある祠が青く輝いている。
…決して幻覚ではない。
『うっ、うぅっ…無視っ、無視しないで下さいよ!ほら、ここにいますよ!おーい、あ、こっち向いた!』
声か急に元気になり、それに反応するかのように輝きを増す。
「…声、聞こえません?」
「…声、聞こえるね」
ーグルゥ…。
『さ、速くこちらに来てくださいよ~!』
祠から声が聞こえるが間違いないらしい。
3人(厳密には1人と2匹)は引いていた。何あれ恐い、と。
『あ、あれ?もしかして引かれてます?…い、いえ、そんなことは…。と、とりあえずこちらに来ていただけませんか?金髪の貴女!』
「は、はい!」
何だか可哀想になってきたので小走りで祠の前に移動する。
『やっと来てくれましたね!ところで貴女の名前は?』
「そ、ソフィアです!…あ、あの貴女は?」
『ソフィア、ですか。良い名前ですね!私の名は…』
その瞬間、祠に激しい青の光が輝く。輝きが治まると祠の上には1体の青く美しい大きな鳥が佇んでいた。
翼を伸ばせば2メートルはあるだろうか。
その鳥は自らの名前と正体を告げる。
『私の名は、アイズ。聖獣と呼ばれる存在です!』
そのアイズの姿を見てソフィアは心の本音を漏らしてしまう。
「綺麗…」
ソフィアは惚けているとアイズの声にあることにに気づく。
「もしかして、頭の中に語りかけてたのは…」
『はい、私です。そして私は貴女を選びました。』
「私を…選んだ?」
『はい。
私のパートナーになってはいただけないでしょうか?』
~~~~~
「私で、いいんですか?」
「はい、私が決めたのですからいいのです。契約してもらえませんか?」
アイズは優しく微笑むようにソフィアを見つめる。
ソフィアは目を瞑りアイズを見ると前に一歩出る。
「お願いします!」
『わかりました。我が主、ソフィア様。私の力を貴女に捧げます!』
翼を広げたのと同時に目映い輝きに包まれる。
目を開けると祠の上にいたアイズの姿は無く、代わりに右肩に縫いぐるみのような青い鳥が乗っていた。
ソフィアは軽くパニックになってしまう。
「どうしましたか?」
肩に乗る青い鳥はくりくりした目でソフィアの瞳に写る。
「あの、アイズさんですか?」
「はい。アイズでいいですよ、ソフィア様。」
「凄く、小さくなっていますよね?」
「あ、この姿はですね。えーと、エコです。」
「エコ!?」
「はい、エコです。低燃費ですよ!」
後ろに超巨大なジャンガルノの頭上で寛いでいるディオンに詳しく教えてもらう。
「んー、僕達聖獣は魔力の消費を押さえるためにわざと小さくなるんだよ。」
例外もあるけどね、と補足を付け加える。
ソフィアは納得して頷いていると、ドンッ!とブロッスの森の木々が音をたてて倒れていく。
ソフィアはアイズと頷くとブロッスの森へと駆けていく。
「あっ、ちょっと!」
ディオンはソフィアを止めようと超巨大なジャンガルノと共に追いかけていくのだった。
~~~~~
「クソガッ…!」
目の前に悠々と立っているハクに苛立ちを覚えながら睨み付ける。
「オ前、何者ダッ!?」
「何者って、人族と妖族のハーフだけど?」
マラサの問に片手剣を持っていない手で頬をかく。
ソレダケデハナイダロウ、と愚痴を溢し今までの戦闘を振り返る。マラサの触手は全部で約100位はあるだろう。色が鮮やかであればドでかいイソギンチャクにも見えなくもない。
戦闘はマラサが一方的に攻撃をしたのだが、ハクはというと全ての優雅に避けていた。遠くで見守っていた冒険者達はこう思っただろう。
舞姫だと。
ハクの服装は綺麗な物を見に纏っていないが、美少女の様な華奢で麗しい容姿が際立つ為、舞如く攻撃を避ける様は惚れ惚れするほど見惚れてしまう。
「コレナラドウダッ!」
今までは触手を鞭の様にしていたが、その先端が鋭く尖りハクへと向けられる。
その槍の様な触手は一斉に放たれるがハクは華麗に回避する。地面は蜂の巣の様に無数に抉れていた。
マラサは触手を変形させ一本一本が剣状になり、ハクへと再び襲いかかる。だがそれでも華麗に避けられてしまう。
次は剣状の触手が複数合体して大剣に変化する。数は約30位はあるだろう。一気に大剣を振るうがハクは軽やかなステップでマラサの胴体へと近づいてゆく。
気づいた時はハクが持っていた片手剣で斬りつけられていた。
「ーーーっ!?」
確かに斬りつけたのだが片手剣が泥の中へと沈んでいくような嫌な感覚があった。それにマラサ自身は全く効果が無いように見える。
斬撃は効果無いと判断したハクは片手剣をしまい、拳と拳を合わせた。
そして、ハクの姿が消える。
「ガハッ!?」
いつの間にか懐に潜り込んだハクが拳を放ち、鈍い音が鳴り響き、黒い身体がよろめく。
一発だけでなく数発マラサの身体に叩き込まれた。効果はあったようで、身体中に凹凸が目立つ様にできていた。
もう一発放とうとするがハクの身体に異変が起こる。
「っ!?(くっ、目眩が…)」
目眩だけでなく、身体的にも疲労しきっていた。原因は治療術でかなりの魔力の消費だけならこのような状況にはならないが、謎の病?の影響が大きいだろう。
膝をついたハクを見てマラサは自身の身体を修復してゆく。
(強イ。イヤ、強過ギル!ダガ、弱ッテイル今ガ、チャンス!)
全ての大剣となっている触手が雨のように襲いかかる。
いくらハクでも喰らえば致命的だろう。
だが、マラサは知らない。体術と剣術だけでないことに。
バチンッ!という乾いた音が無数に鳴り、大剣の触手が次々に砕けてしまう。
それだけでは終わらず、ハクから電撃が発生する。身体の中から放出するように。
しかし、数十秒経つと電気は治まりゆっくりと立ち上がり手を前に出すと先程とは桁違いの電撃の塊が発生する。
「ウ、ア…何、ダトッ!?」
行動を起こそうとするが時すでに遅し。もう逃げられないと覚悟するが、ハクの手から電撃の塊は掻き消えるように消滅した。
「…?まさか」
ハクはマラサにも目もくれず、木々の方を見ていると逃がしたはずのソフィア達が。
しかもソフィアの肩には丸っこい青の小鳥がいる。
「ハクさん、無事ですか!?」
「あ、ああ、無事だけど…」
「貴方がハク様ですね?初めまして、私は聖獣、アイズと申します。よろしくお願いしますね!」
「よ、よろしく…」
現状が良く理解できない。
ディオンは何処だ、と探してると申し訳なさそうにひょっこり出てくる。
とりあえず、聞いてみるとソフィアはアイズと魂契約をしたということ。
「ごめん、連れて引き戻そうとしたけど無理だったの。あとジャンガルノはこっちに向かってるよ。…ハク、怒ってる?」
「いや、そんなこと無いぞ?」
ディオンを抱き上げて肩に乗せると、顎の下を滑らかな手つきで優しく微笑むように撫でる。
気持ちいいのか尻尾を激しく振り、うっとりした表情でリラックスしている。
「いいな…。私もー…って何変なこと考えてるの!私っ!」
「え、何?」
奇跡的にハクの耳には入ってはいなかった。だが、アイズはしっかりとソフィアの発言に対してニヤニヤとしているのだった。
マラサは聖獣2体がいるという状況に困惑してしまう。
しかも今弱っているとはいえハクの戦闘力は侮れない。だが、ソフィアの実力は知れている。だからと言ってこの状況は好ましくない。相手はこちらから目を離している隙に逃げ出そうとするが…。
「逃がしませんっ!アイズ、私に力を!」
「わかりました!」
アイズのが目映く青い光に包まれたと思うと、アイズの姿は無い代わりにソフィアの手には一本の青い太刀を握られていた。その太刀を触ろうとすれば一瞬にして凍ってしまいそうだ。
マラサは森の中へと逃げ出そうとするが何者に体当たりされ転倒してしまう。
ーグルァァァア!
遅れて来た超巨大なジャンガルノだ。だが、超巨大なジャンガルノの体当たり位で 転倒はするはずはないが、これまでの、特にハクとの戦闘で満身創痍だった為に転倒したのだった。
「邪魔ヲ、スルナ!コノ下等モンスターガッ!」
マラサは超巨大なジャンガルノに向けて襲い掛かろうとするが、触手の一つも動かない。よく見ると身体中が凍りついていた。
「何、ダトッ…!?」
背後からゾワリッと冷たく、恐ろしい気配を感じとる。
(違和感無いですか?)
(はい!むしろ調子が良いくらいです!)
(ですが、油断はなさらぬようにしてください)
(わかりました!)
ソフィアは太刀を持つ手に力を込めると青いオーラが冷気の如く溢れ出す。
思わずマラサは震え上がる。
聖獣一体であの少女の力がこれほど膨れ上がるのかと。
最初はソフィアと聖獣の力の区別がついていたが、今では二つの力は混じり合い一つの大きな力となっている。
「考えは変わりませんか?」
「…アァ、変ワラナイ。コノ先一生ナ!」
嘲笑うかの様に答えたマラサにソフィアはさらに力を込める。
そしてマラサの身体は凍り付き、止めに太刀となったアイズで一閃する。
斬られたマラサの身体は砕け散り、砂のように消えていった。
(ザラフ様、申シ訳ナ、イ…)
~~~~~
(天賦の才能か…)
後ろで見学していたハクは表情には出さないものの内心は驚いていた。聖獣を短時間であれほど扱えたのだから。
それだけでない。
超巨大なジャンガルノとの戦闘で魔力を扱えるようになったのだ。その為、魔力を無意識に身体能力を大幅に上昇したのだ。
「ハクは心配性だね~。」
「何のことだ?」
「右手に持っている雷槍は何なのかな~?」
「っ!?こ、これは…」
「恥ずかしがってるハク、可愛い~」
意外にも頬を赤らめたハクの頬にディオンは顔をすりすりさせる。慌てて雷槍を消した後ハクは気持ちを切り替えあることを考えていた。
マラサというモンスターを誰が仕向けたのか。
こちらに向かってくる冒険者達を見ながらただこの黒幕のことについて考えているのだった。