離脱→再戦
心地良い風が肌を撫でてゆく。
身体には何か優しく包み込まれた感覚がソフィアの心身を安らぎを与える。
このまま寝てしまいたいと感じてしまうが瞼をゆっくりと開く。
「大丈夫か、ソフィア?」
目の前には雪の様な真白の髪のボーイッシュな美少女…ではなく華奢な少年が微笑む。
「ハク、さん?」
ソフィアは自分が今どのような状況になっているか理解する。
ハクに抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこだ。ソフィアはこの状況が恥ずかしいのか顔を赤らめてしまう。本来なら暴れるかもしれないが今はハクがソフィアを抱きかかえながら木から木へと凄まじいスピードで移動していたのだ。
「調子どう~?」
腕の中には薙刀とディオンがちょこん、と座っていた。
「う、うん。大丈夫…」
「いや、ソフィア。右の足首、怪我してるだろ?それに血も流れているし」
少し怒った口調のハクにソフィアはシュン、としてしまう。
「ごめんなさい、大丈夫じゃないです…」
ハクはソフィアを抱え少し開けた場所へと移動する。
着地するとソフィアを下ろし一番酷い右の足首に触れる。
「…痛っ!」
「少し我慢して」
そう言うと足首に触れたハクの手にエメラルドグリーンの暖かく優しい光が発する。すると右の足首の酷い腫れと身体の怪我がまるで無かったかのように治っていたのだ。
「ハクさん!これはっ!」
「これは治療術だ。」
治療術というのは回復魔法とは違う回復手段であるのだが回復魔法との違いで回復魔法は魔方陣を通じて回復を行えるのだが治療術は術者本人の魔力を体内で回復に変換しているのだ。効果を異なり回復魔法はただ傷口を修復するだけなのだが治療術は浄化を同時に行っている為、効果的には治療術の方が良い。但し燃費が悪いというデメリットがあるが…。回復魔法を行う者は事前に浄化魔法を使うのが必須だ。
魔法と魔術の違いは周りの魔力を使うか自分自身の体内にある魔力を使うかの違いだ。魔法は基本どんな属性も使えることができる。もちろん向き不向きはあるのだが。主に杖や魔方陣を使わなければ魔法は発動できない。
魔術の場合は属性が限られており、人によっては持っている属性が無かったり逆に複数あったりとする。
ハクが使った治療術は魔術に分類される。
「ありがとうございます!」
「いいよ。それよりどう?違和感無い?」
ソフィアは立ち上がると薙刀を使って軽く身体を動かす。
「全然違和感は無いです!むしろ調子が良いかも…」
「そっか、ならいい」
するとディオンが心配そうにハクの顔を覗き込む。
「ねぇ、ハク。あまり治療術使い過ぎたら駄目だよ?倒れちゃうし…」
「え、それってどういうことですか!」
ハクの治療術は高度な治療術であり普通の治療術よりも魔力の消費が大きいのだ。今のハクであれば最高でも約10人くらいが限界だろう。ちなみに先程救出した冒険者 5人も治療術を施している。既に6回使用している。魔力が無くなるということは命には別状ではあるが意識を失ってしまうだろう。
その事を説明するとソフィアは申し訳なさそうに頭を下げる。
魔力枯渇の事はソフィア自身なったことは無いがそれがどうゆうものかは理解している。
「気にしなくていい。それよりこっちに向かってくるあのジャンガルノはどうする?俺が相手しようか?」
ハクは提案するがソフィアは難しい顔をする。一応念の為、自身のギルドカードを渡す。
黒のギルドカードを見たソフィアは鈍器にでも殴られたかのような衝撃を受ける。
「え、ハクさん…Aランク何ですか?」
「いや、Sランクだ」
「…マジですか?」
「イエス」
「前にハクと一緒にダンジョン突破したことがあるよ~」
さらに雷に打たれたような衝撃を受けたソフィアだった。
ダンジョンというのは地下や塔等に存在する迷宮の事だ。ダンジョンにはモンスターだけでなく財宝やダンジョンしかない植物も多くあるが場所によれば罠もある。一説によれば財宝や美味なる食材を生み出して誘い込み死んだ人や外部のモンスターの遺体を吸収して成長しているのではないか、とも言われている。ダンジョンの最新部にはダンジョン・コアがあるがそれを壊すと成長が止まってしまう。ダンジョンの種類によってはダンジョンコアはあるものの成長しないものもあるらしい。国内・都市内のダンジョンもあるという情報もある。
ちなみにハクが突破したダンジョンは本来であればダンジョンコアの無い死んだダンジョンであったはずだったがトラブルに 遭ってしまい、そのダンジョンの地下には更に未開のダンジョンがあったのだ。それを何とかダンジョンを突破したのがハクだったというわけだ。
少し考えたソフィアだったがハクの提案を却下する。
「申し訳ないですけど、あのジャンガルノは私に任せてほしいんです!図々しいのわかっていますがらお願いします!」
ハクは頭を下げたソフィアを見て新たな提案をする。
「なら、あのジャンガルノは任せるけどもしソフィアがピンチになった時は無理矢理でも介入させてもらうけど、それでいいか?」
そのハクの提案は有り難かった。本来ならSランクのハクにやってもらうのが懸命ではある。しかしソフィアはあのジャンガルノをあのままにはしたくない。討伐ではなく、屈服させようと考えている。あの怯えた目をしたジャンガルノを救ってやりたいと考えていたのだ。
「はいっ!それでお願いします!」
「了解した」
ハクは肩に乗っているディオンと共にこの場から姿を消していた。
そしてソフィアは此方に向かってくる超大型のジャンガルノに迎え撃つのだった。
~~~~~~
ハクは木の上からソフィアと超大型のジャンガルノとの戦闘を傍観していた。
「ディオン、ソフィアは勝てると思うか?」
「う~ん…、どっこいどっこいじゃない?」
ディオンはハクの足元で同じように戦闘を傍観していた。
ソフィアは場所が不利だと思ったのか超大型のジャンガルノを引き付けながら移動して行く。あっという間に両者の姿が見えなくなったので移動をしようとするが…。
「ぐっ…!?」
「ハクっ!どうしたのっ!」
突如、ハクは胸を押さえながら尋常じゃないほど苦しんでいる。顔は青褪め、呼吸は荒い息づかいをしていた。
「まさか、また…」
「…っ!大丈夫、だ。しばらく、すれば…痛みも、治るから」
膝をつきながら弱々しい声で心配しているディオンを宥める。
この痛みは5年前から発症しているのだが、その原因がわからないのだ。アジュリカの伝手で軍の医療専門の最高医師にも診てもらったが結果は同じ。最近は痛みが出る回数は減ってはきているので若干慣れてしまっている。
5分くらい経つと痛みは引いていった。
だが身体は怠い。
ハクは身体に鞭打ち立ち上がり、ソフィアの気配を探る。
「ハク、無理しちゃ駄目だよ?」
今にも泣きそうな声でハクの肩に乗り頬を擦り寄せる。
「大丈夫。」
ハクはソフィア気配を見つけ駆けてゆく。
「…本当にわかってるかな?」
ディオンの呟きはハクの耳には届かず、風の音によって消えていった。