出会い
小鳥の囀りが聴こえる中、ハクはゆっくりと覚醒し身体を起こす。
「…ディオン、おはよう」
服の中を覗くと今起きたのかディオンが目を開ける。
「はく~、おはよ~」
そう言うとディオンはハクの服から出る。
ハクは身支度を終え再びベットに戻るとディオンが寄ってきて器用に前足を上げた。
「だっこして~」
甘えるディオンにやれやれ、と思ってしまうがご要望通りにハクはディオンを抱っこする。
宿の一階に降りると契約モンスターと共に朝食を取る。
聖獣は食事が必要が無いのでハクの膝の上で大人しく寝ていた。。
食事を素早く済ませ、ディオン達と共に依頼の場所へと向かったのだった。
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ブロッスの森に着くと既に何人かのパーティーの冒険者が入っていった所だった。
契約モンスター達は既に戻している。
ふと視線を感じる。
肉食の何かに見られたような。
しかしその視線は消え去ってしまう。
(気の、せいか?)
「ねぇねぇ、どうしたの?」
ハクの服の中からディオンがひょっこり顔を出す。
「…ううん、何にもないぞ」
「そう?んじゃ、寝るね~」
そう言うと再びディオンはハクの服の中に籠る。
ディオンは人前では言葉を発することは無いので小さな子狼にしか見えないだろう。
目の前の森の木々が一つ一つ大きく長い。
腰に装備してある片手剣を確認するとゆっくりとした足取りで森の中へと入っていくのだった。
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森の中心部へ進んできたハク達だがモンスターの姿を一切見ることはなかった。前に入っていった冒険者等が退治したからか、と考えたが戦闘の痕跡が一切見られない。キングジャンガルノの影響で他のモンスター達が恐れて逃げたのかもしれない。
「…気味悪いな」
そう呟くがとりあえず森の奥へと進もうとする。
すると前からローブを着た人物がオロオロとしていた。
フードを被っている為に顔は解らないが姿を見るに女性であると見える。
手にはその女性の身長より長い薙刀を持っていた。
するとこちらに気付いたのかこちらへと駆け寄ってくる。
「貴方もジャンガルノの討伐に来たんですか?」
凛とした声でハクを呼び掛けられる。身長や声でハクと年齢は変わらないだろう。
「ああ、そうだが…」
ローブの少女は少し考える素振りを見せた後、決心したようにハクに近づく。
「私も一緒に同行しても良いでしょうか?」
別に断る理由が無いので了承する。
「あ~、よかった。実は迷ってしまって…」
そう言うと徐にフードを取る。
「はじめまして、私はソフィア・アークライト。ソフィアと呼んで下さい。」
ソフィアという少女は真珠のように白い肌に腰まで伸びた金髪の髪は日の光で輝いている。ぱっちりした目は大空を連想させるような群青色だ。ローブの中からは軽装備だということはわかる。首にはオレンジ色の液体が入っている瓶のネックレスを身に付けていた。
普段から顔には出さないハクだが一目で彼女の美しさに驚いてしまう。
「俺はハク・ウェード。ハクでいい。よろしく」
軽く自己紹介を終えると二人は歩き出す。
どうやら彼女はパーティーを組んでいないらしい。
ソフィアはハクに質問を投げ掛ける。
「ハクさんは何故この依頼を受けようと思ったんですか?」
「まあ、報酬が高いからかな。ソフィアは?」
「私も同じですね。それにこの依頼を達成するとランクアップするんですよ!」
ギルドのランクアップはGからBまでは依頼を多くこなすと自動的に上がるのだがA以上からは実技・筆記試験に合格しないとランクアップしないのだ。
「それに憧れている方がいるんです!」
「憧れている?誰にだ?」
そう訪ねるとソフィアは目を輝かせながら顔を近づける。
「『天空の龍騎士』という方です!」
ハクは思わず思考が停止してしまう。
ソフィアが云うには約5年前に故郷の町がモンスターの大群に襲われたらしい。その時にモンスターに襲われて絶体絶命の際に軍人に助けられたらしい。人々はその人物を『天空の龍騎士』と呼んでいたと。その頃から『天空の龍騎士』に憧れ冒険者になって日々の鍛練をしているということみたいだ。
ハクは何故思考を停止してしまったかというと、その『天空の龍騎士』という人物に心当たりがあったのだ。
「…ちなみにその『天空の龍騎士』はどんな感じだった?」
「『天空の龍騎士』様は黒い軍服を着ていたくらいしかわからないですが、神々しい純白の龍が一緒にいましたね!あ、あとSランクのモンスターを数十体を素手で軽々と倒していましたよ!」
純白の龍に素手で戦うということをする人物は…。
(確実に母さん、の事だな。前に同僚に『天空の龍騎士』ってからかわれていたしな…。)
『天空の龍騎士』の正体はハクの義母兼師匠であるアジュリカの事だ。詳しくは知らないが彼女はある国の軍に所属しており階級は元帥である。実力はハク自身、わからない。底知れないのだ。本気も見たこともない。
「…?どうしたんですか?」
「ん、いや、何でもない。『天空の龍騎士』は凄いんだな。…そういえば何で俺なんかと同行しようと思ったんだ?他にもいただろう?」
ソフィアは少し困った様に笑うとその理由を答える。
「確かに他の冒険者もいましたけど、やっぱり同じ年代で同性の方の方がいいじゃないですか。」
ハクは項垂れてしまう。余程ショックだったのだろう。
「あの、どうしたんですか?お腹でも痛いんですか!」
ソフィアの声を受け流しゆらりと立ち上がる。そしてソフィアの顔を直視するのだが、ソフィアは頬を赤らめる。
「は、ハクさん?その、見つめられると…、わ、私達同じ女の子ですし…」
ハクは無言でソフィアの肩を掴み、顔を近づける。外から観てみれは観れば百合的には感じてしまうだろう。それにソフィアも顔を赤らめ涙目になっている。
だがハクは別にそういうことをするわけではない。
ただ、真実を伝えるために。
「ソフィア」
「は、はひぃ!」
「勘違いしている所、悪いが…俺は、男だぞ?」
「へっ?」
間抜けな声を出したソフィアは目が点となってしまう。
「…ハクさんは女の子、じゃなくて男の子。」
「イエス。」
「私は勘違いしていた…。」
「イエス。」
「…本当は女の子じゃ、」
「ノー。」
「「…。」」
しばらくの沈黙が生まれる。
そして、
「きゃぁぁぁぁあ!!!」
ソフィアの声と同時に乾いた音が鳴り響くのであった。
~~~~~
ハクは少し腫れた頬を擦りながら目の前に土下座するソフィアに目を向ける。
「ご、ごめんなさい…」
「気にしなくていい」
そう言いつつも仏頂面で頬をさするハクは凛々しく絵にはなるがソフィアからしてみれば不機嫌そうに見えるだろう。
ハク本人は別に不機嫌ではなく、反省していたのだ。もう少しやり方があったのではないかと。
ハクの服からディオンが顔を出す。一欠伸をすると目の前にいるソフィアに顔を向ける。
「ねぇ、この子何?」
「ああ、同行することになったソフィアだ。」
「ふぅーん」
ディオンはハクの服から出るとソフィアの元まで近づく。
一方ソフィアはいきなり喋りだしたディオンに戸惑いを隠しきれない。
「ハクさん?この白い子供の狼は、一体…。」
「よっと…。この子はディオン。聖獣と呼ばれる存在だよ。…あと、そろそろ立って。」
ソフィアに近づいていたディオンをハクは抱っこし頭を撫でる。撫でられるのが気持ち良いのか目を閉じ、甘える様に鳴いている。
「聖獣、ですか…。確か聖獣に認められた者はモンスターの契約とは違う、魂の契約をするんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「あの、触ってみてもいいでしょうか?」
「ディオン、いいか?」
「んー?いいよー」
ソフィアはディオンを抱くと何かに取り憑かれたかのようにもふもふしだす。
「はぁ~。凄くもふもふしてますね!それにこの白く艶やかな毛が…」
「ふにゃ~。この子のもふり方中々~。でもハクには劣るな~。」
ハクはふとソフィアの頭に手を伸ばす。
「ふぇ!?」
ソフィアは思わず驚いてしまう。いきなりソフィアの頭をハクが撫で始めたのだ。
ソフィアの髪は絹のように美しい髪はサラサラとしていて撫でていると心地好い。しばらくすくように弄ったりしていると、ハクは自分の失態に気付く。ソフィアはうっとりとした表情でされるがままになっていた。
「す、すまないっ!」
どうやらソフィアの髪を撫でたいという欲求に負けてしまったのだ。慌てて手を離すと残念そうにしてしまう。ハクはその様子を見る暇は無く、顔を真っ赤にしていた。
ソフィアはハクの表情を見ると愛らしい、と思ってしまう。
「ねぇねぇー、ハクのなでなで気持ちいいでしょー?」
「う、うん。…凄く」
最後の言葉は聴こえなかったが、ハクは口元を片手で押さえながら自分の失態を思い出していた。
ーぎゃぁぁぁぁあ!!
不意に男性の悲鳴が聴こえる。
一人だけでなく複数。
どうやら悲鳴は森の奥からだ。
ハクとソフィアは互いに頷き、ディオンはソフィアの腕の中からハクの肩へと移動し、ソフィアは地面に置いていた薙刀を手に持つと森の奥へと駆け出していった。