基礎基本を、徹底に!
「ヲーリアス様、お連れしました」
「ああ、入ってくれ」
使用人の女性が開けた扉から白い子狼を連れた真白な髪をもつ麗しい美少女、ではなくハクと青い小鳥を肩に乗せた薙刀金髪美少女、ソフィア。そして冒険者ギルド幹部の1人、深森族の女性が入る。
ちなみち深森族というは肌が緑色で髪は灰色であるのだが別名ゴブリンとも呼ばれている種族だ。深森族以外にも闇森族と同じく森族と一括りにされている。森族は肌は白く金髪で魔力の保有が多い。
闇森族は肌が褐色で銀髪で魔術に長けている。
深森族は肌が緑色で灰色の髪を持ち、魔術に長けている者が多い。
森族、闇森族、深森族の共通点と言えば耳が長いことと、細身であり、そして美形だ。このギルド幹部である深森族の女性も美人なのだ。
「はじめまして、私がヲーリアスだ。立ってるのもなんだろう。さあ、掛けてくれたまえ」
指定されたソファーは豪華なものでそれ以外にもこの部屋にある家具もかなりの値をするだろう。
この部屋は依頼者ヲーリアスの邸にある客室間だ。
ハク達の前にヲーリアスが座ると使用人の女性が紅茶を入れたティーカップを各自に配る。
「ヲーリアスさん、何故貴方は自衛団へと要請をしていただけなかったのでしょうか?」
先に口を開いたのはギルド幹部である深森族の女性だ。彼女はギルド職員になる前はBランク冒険者らしい。
ちなみに冒険者を止めた理由は結婚したからだという。その旦那さんはこの町の自衛団であって超巨大なジャンガルノとマラサの件について自衛団が要請したにもかかわらず、参戦しなかった事に疑問を持ち、勤務中の夫に連絡したところそのような要請は一切無かったと聞かされたのだ。自衛団の責任者にも尋ねたがどうやら本当らしい。
「…確かに連絡したはずなのですが、」
惚けたように言うヲーリアスだが、その目はハクとソフィアに向けられていた。その見る目には押さえているつもりかもしれないが、怒りが宿っている。それはハクだけでなくソフィアとギルド幹部、近くにいた使用人でさえもわかってしまうほどに。使用人の女性はヲーリアスがこの様な憤怒をした目を見て何かを感じ取ったのかヲーリアスから少し離れてしまっている。
「ねぇ、この人あのマラサっていうのと同じ匂いがするよ」
「私も感じますっ!」
「…っ!?聖獣かっ!」
「ヲーリアス様っ!?」
ヲーリアスはディオン、アイズを聖獣と認識した瞬間、憤怒の表情に変わり立ち上がり聖獣から離れる。その身体に纏うオーラはマリスと同様だ。
「ちっ…。まさか聖獣が2体いるとは…。私の計画が…!」
「貴方が黒幕か?」
「…あぁ、そうだ。ギルドマスターとサブギルドマスターの不在時にヲーリアスという男に成りすまし、誰にも悟られず、この都市の人間ごとここから消そうとしたのだがな!」
ヲーリアスの姿は泥の様に崩れ去り、黒い人のような何かが生まれる。
「ヲーリアスさんを何処にっ!?」
「誰が教えるか!我が名はザラフ、同胞の仇!消え失せろっ!!!」
そう言うとザラフの周りから大規模な爆発が起こる。
その爆発からハク達は脱出していた。
ハクはソフィアを担ぎ、ディオンとハクはその担がれたソフィアの上にいる。ギルド幹部は使用人を助けだしていた。
邸からは一つの塊が邸の奥にある浅い森へと向かっていった。
ハクはソフィアを降ろすとギルド幹部は上空に都市を覆うような魔方陣が存在している事に気がつく。それに続いて他の者達も目を向けた。
「あ、あれは、何ですか?」
「あれは、転移魔法です!しかもこれほどこ大きさは…まさか、この都市ごと何処かへ転移させる気ですかっ!?」
ソフィアの肩に乗るアイズの発言に唖然としてしまう。
上空に存在する魔方陣は起動したかのように回転を始める。その回転は徐々に加速していき都市を包み込もうとする。
「よいしょっ!」
ハクの方へ振り向いた時には何かを投擲した後だった。
高速に回転していた魔方陣は時が止まったかのように急停止する。魔方陣の中心には電撃に帯びた雷槍が刺さっており、そこから亀裂が広がってガラスが割れたかのように砕け、消滅する。
「俺はあのザラフを追うけど、ソフィアは…」
ハクは魔方陣を生み出し、唱える。
「召喚、キュナ!」
魔方陣から現れたのは一体の狐だ。
その狐は金色で尾は本体と同等の長さが六本もある。ハクの姿を見た狐、キュナは甘えるように槌る。
「Aランクモンスター、多尾狐…でも黄色じゃなく金色?まさか…特異種だというの…?」
ギルド幹部は何やら呟いているかわからないがハクはキュナに指示を出す。
「いきなり呼び出してすまないが、ソフィアと一緒にヲーリアスという人物を探してほしい。使用人さん、場所に心当たりある?」
「…確か最近ヲーリアス様?がよく出入りしている邸があります。私が案内します!」
「なら私は邸にいる使用人達の救助を優先する。…はっ!」
ギルド幹部がしたのは陽炎で生み出した分身。数は30を越えているだろう。これは魔術の一種で炎と水で組み合わせている。これだけいれば救出も楽だろう。ギルドに連絡するのは分身の内二人が行くということ。
「ソフィア…これを。武器があった方がいいだろ?俺は大丈夫だから」
「うん、ありがと!これが終わったら必ず返すから!」
ハクはザラフの元へ、ソフィアと使用人の女性はヲーリアスを探し、ギルド幹部は邸に取り残された人の救出、ギルドの応援を。
それぞれがそれぞれの役割を担うのだった。
~~~~~
それぞれがそれぞれの場所へと移動した後、ハクは目の前に広がっている光景に目を疑う。
例えるなら黒い泥々の水が噴水の様に浮き出していた。それは既に都市へと流れていっている。
「はぁっ!」
ハクは原点だと思われる部位へと雷槍を生み出して投擲する。しかし原点の前に黒い盾のようなもので防がれてしまう。
「ほぅ、あの爆発で死んでいたと思ったのだが…簡単にはいかぬか…」
その黒水の原点からザラフが現れる。それと同時に吹き出していた黒い水が溢れるのは無くなった。しかし、既に流れていった黒い泥々の水は都市へと継続し向かっている。
「全神経で集中しないとそれを生み出すことができない、のか?」
「…当たりだ。だが多くの同胞達が都市に向かっている。あとは…お前を消すことだけだっ!」
マラサの周りには無数の黒い球体が現れる。
そしてハクとマラサの戦いが始まったのであった。
~~~~~
「ここがよく使われていた所です!」
使用人の女性が指す先には木に囲まれ古びた邸だ。
ディオンとアイズ、そしてキュナは邸の違和感に気づく。
「これは…結界!」
「御丁寧に二重にしているね」
ソフィアもよく見てみる為、近寄ってみると薄い膜が貼ってるかの様に邸を包み込んでいた。
「どうすれば…」
「その為のキュナだよ。キュナちゃん、お願い!」
キュナが頷くと六本の尾が均等に分かれ結界に触れると魔方陣が結界の上に描かれる。その魔方陣を鍵開け師の様に六本の尾で器用に結界を解除しようと試みる。
「あんなに器用に…」
「キュナちゃんはね、多尾狐の突然変異種なんだ。知能は人と同等である程度の結界なら解除できるんだよ。」
5分ほどするとカチリッという音と共に結界が全て解除された。キュナを褒めると嬉しいのか六本の尾をゆらりゆらりと振っている。
邸の中へと乗り込み、捜索すると奥の大きな扉がある。その扉には黒い鎖で封じられており、マラサやザラフと同じオーラを放っている。
その鎖にはディオンとアイズによって破壊され解除された重い扉を開けるとヲーリアスを発見する。ヲーリアスだけでなくヲーリアスの妻、娘も監禁されていたようだ。ディオンやアイズ、キュナには驚いてはいたが何があったのか説明してもらうと、突然部屋に侵入した相手が妻娘を人質にされてしまい抵抗することも出来ずこの邸に入れられてしまった…と。ヲーリアスは「元Aランク冒険者として情けない」と嘆いていた。
3人は特に目立った外傷も無いので都市へと避難することとなった。
~~~~~
「あ~、寝みぃ~」
上空には飛竜に乗った人族の男性と鷲獅子に乗った岩族の女性がアルシュオに向かっていた。
人族の男性と岩族の女性は正装なのか黒いスーツを着ている。
彼等の正体はアルシュオ支部のギルドマスターと副ギルドマスターだ。ギルドマスターの名前はジン・ローバス、副ギルドマスターはジル・ヴァヌジナである。
ジンはチョコレートの様な色の短髪で服装は乱れてだらしなく感じるがこれでも元SSSランク冒険者であり『静殺』とも呼ばれているが同じギルドマスターや部下達等に『おじーさん』と呼ばれてもいる。今年で31歳なのだが性格的に年寄りな所が多いからなのだが。腰には二丁の拳銃に背中にはクロスした剣を装備している。
もう1人の副ギルドマスター、ジルは年齢の割にかなり幼くすべすべの褐色の肌にウェーブのある黒髪で服装はしっかりと着こなしている。彼女もSSランク元冒険者で『巨大殺し』と呼ばれており、背中には彼女の背丈より大きな鎚を背負っている。
彼等二人はギルド総本部から帰還の途中だ。
「もう少しで着きますよ。服装だけでもちゃんとしてください」
「おー。帰ったら熱い茶頼むわ~。」
「はいはい、わかりましたよ」
何気ない会話をしていたがジンとジルだったが、二人は何かを感じとる。
「ジル、武器の用意しとけ~」
「はいはい、わかりましたよ。おじーさん」
そのままアルシュオに直行していったジンとジルだった。
「…あぁ、茶のついでにおかきもね」
「はいはい、わかりましたよ」
~~~~~
都市アルシュオでは自衛団と冒険者を含めた大人数が突然現れた無数の黒い何かとの戦闘を繰り広げていた。イメージはマラサの小さくしたようなものだ。戦闘の中には超巨大なジャンガルノも参戦していた。どうやら仲良くなった冒険者達の力になりたいと思ったのだろう。無数の黒い塊はそれほど強くは無いが数か多過ぎる。倒しても倒しても沸いてくる。戦ってる殆どの者達も敵との戦闘で疲労を感じているだろう。
大勢引き連れた黒い塊は一瞬の内で凍りつく。すぐそばには青い太刀を持ったソフィアが戦場を駆けていた。ディオンとキュナはハクの元へ向かっている。
「お、おい!あれは…」
黒い塊はお互いに合体してゆき角が多い無数の黒いゴーレムが不気味なオーラを出しながら出現する。
だが、黒いゴーレムや黒い塊達は密集している場所に二つの爆発が起こり消滅してしまう。その爆発は黒いゴーレムと黒い塊だけを包み込んでいた。
「おぉ!ギルドマスターと副ギルドマスターだ!」
「これなら行けるわ!」
「よっしゃー!やってやるぜ!」
空から飛竜と鷲獅子が着地すると背から降りた男女二人を見て冒険者達は歓声に似た声が飛び交った。
「ま、本体を倒さなきゃ駄目か」
「そうみたいですね、…おかきを食べないでください」
「むっ、すまん。…ん?」
するとギルドマスターは何かを気づくとソフィアを見つける。
「君が持っているのは聖獣だな?」
「は、はい!」
「おぉ、凄いじゃないか!…だからと言って聖獣の力だけに頼っちゃだめだ。自分自身も強くならないとな!…っと、」
ギルドマスターは片方の拳銃を抜くと銃口から三重に展開された魔方陣が現れ、迫ってきた不気味なオーラを放っている巨大な黒いドラゴン達へ銃口を向ける。
「じゃ、やりますか。ジルちゃん、さっさと終わらせるぞ」
「わかってます。…だからおかきを食べるのをやめてくれませんか?…私の分まで残しておいてくださいよ?」
~~~~~
上空に浮遊している無数の黒い盾がハクに遅い降る。その黒い盾はザラフ自身を守るように守護されていた。
遅い降る盾を回避しながら本体へ雷槍を放ってはいるが、盾で簡単に防がれてしまう。
「あの盾、硬いな!」
本来の調子なら簡単に貫くことは出来るだろうが今の状況では難しい。黒い盾は雨のように降り注ぐ。雷槍で相殺してはいるのだが攻めることが困難となってきた。
マラサは逃げ場を無くそうと回避したハクの前方に黒い盾が行く手を阻む。方向転換して回避するが同じ様に黒い盾が逃げ場を無くしてしまった。
「しまっ!?」
逃げ場の無い状態で盾を飛び越えようとするがハクの頭上には既に無数の黒い盾が押し潰すように降り注いだ。
「ふっ、終わったか?」
決着は着いたと思っていたが激しい稲妻が発生し覆われていた全ての黒い盾を吹き飛ばした。
「何だとっ!?」
ザラフは確信する。
一刻も速く仕留めなければならない、と。
「消えろ!」
さらに多くの黒い盾を生み出し、弱っているだろうハクに向けて放たれた。
しかしそれは無駄に終わってしまう。
突如、ハクの周りに出現した無数の光の球体がザラフが放たれた黒い盾を全て相殺してしまう。
ハクの傍らには一体の子狼とキュナが現れる。ハクはキュナを戻しディオンを呼び掛ける。
「ディオン、武器化を頼む!」
「了解だよ!」
返事をするとディオンの身体は光輝く。
その輝きが治まるとハクの手には一本の白い太刀が握られていた。純白の太刀はこの世の物とは思えない存在を放っている。
ハクは純白の太刀を軽く横へ振ると光の球体が出現し、ザラフの周りに浮遊している黒い盾に向かって放たれ、破壊される。
「な、私の盾が…。く、くそ!?」
ザラフはハクに向かって黒い盾を生み出し、放たれるが、それを紙切れの様に斬られ、消滅する。
「一気に決めるけどいいか?」
「いつでも大丈夫だよ!」
ハクは純白の太刀、ディオンを両手で握ると過去に義母兼師匠に教えられた言葉を思い出す。
「基礎基本を、徹底に!」
ザラフは防御しようと無数の盾を何重にして耐えようとするが、ハクの一太刀で綺麗に盾ごと切断されていた。
「こ、これほど…とは…(なるほど、あの方は間違えていた。この者は…強過ぎる。アバリス様、貴女が考えている以上に…。貴女より強く…そして…あの者は…本気では…無かった…)」
ザラフの身体は徐々に失われていくが諦めない。最後の悪足掻きとして小さく呟くとザラフの身体中に向きがバラバラな魔方陣がいつくも出現、起動し、ハクに向かって不適な声を上げる。
「確かに…お前は…強い、が…これ、なら…どうだ?」
「…っ!?まさか、自爆魔法!?この数は!」
「ハク!速くそこから離脱して!」
「もう、遅い!(申し訳、ない…ミョルニャ、様…)」
そして辺り一面に大きな爆発音と衝撃が鳴り響いた。
~~~~~
「まさか自爆するなんて…。」
とりあえず、ハクは無傷だった。
ハクが無事だったのは爆発と同時に雷で纏った純白の太刀、ディオンで斬ったのだ。ディオンも子狼に戻り体調を確認すると問題なかった。
もうこの場にいない敵に訪ねる。
「…お前達は一体、何者なんだ?」
とりあえず一件落着と思いホッとするが、身体の力が一気に無くなってしまう。
「ハク!?」
(やばっ…、意識が…)
ディオンが必死に呼び掛けるがハクは糸が切れたかのように倒れ込む。意識は徐々に遠ざかっていき、深い深い闇の底へと沈んでいくのだった…。