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【前編】かぐや姫は月よりプリズンブレイク

いずれの帝の時代であったか。


それはそれは栄えていた御代みよ――…


*****


――そんないつかの時代の、高貴なる帝の第一子。

次期帝の座を約束されている尊い彼は、頭を抱えていた。


「おい、おまえ。それで何杯目だ?」


東宮とうぐうは向かいに座っている娘に問う。

問われた娘は自分の周囲に山のように積まれた酒杯かわらけと銚子と、目の前に座る彼とを交互に見比べる。勿論、娘が全て中身を空けたものだ。


「知らん。酒を飲むのにイチイチ量など気にしておらん」


「そろそろしまいにしたらどうだ。いくら何でも飲みすぎぞ」


「イヤだぁぁ!せっかくのシャバだぞ!飲まずにいられないでか!!」


娘はまだ中身がある酒壺をひしりと抱き締めた。

東宮は嘆息した。


「と言ってもな。酒の肴ももうないぞ」


「良い。塩でも舐める」


「どんだけだよ……」


そう言って近くの女房に頼み、塩の入った壺を持って来させた。

指を突っ込みチロチロと舐めつつ、酒壺の酒を柄杓ひしゃくで掬い飲んでいる。


東宮は呆れながら、この娘が空から落ちて来た時のことを思い出していた。


そう、あれは一週間前――…文字通りこの目の前の娘は空から『落ちてきたのだ』


「どわぁぁぁぁぁ!!!」と叫びながら。

美しく咲いた椿の植え込みの中に、物凄い勢いで突っ込んできたのだ。


――そして。

それを拾ったのだった。



……以上、回想終了。



「思ったより話が膨らまないな…?」


「なにが?」


「いや…、おまえよく空から落ちて来て無事だったな、と」


塩の壺を抱えながら、娘はどん、と胸を叩く。

ドヤ顔だ。


「私は月人つきびとだぞ!おまえら下界の人間とは違うのだからなっ!」


「ああそう…」


そうこの娘は月の住人だと自らを名乗る。

ついでに……。


「おまえ名前何だっけ?」


「何回聞くのだ、それ。私の名前は『カグヤ』だ!……ったく若年性アルツか、おまえ…」


そう、名前を『かぐや』というらしい。


「しかしだな、その名前は…俺の先祖が懸想した月の姫の名前だぞ。同一人物か、おまえ。何歳なんだ?」


「ふむ。その姫君は、私の先祖だな。私の家では直系の娘に『かぐや』という名を継がせておるからな」


「……先祖」


「そう。私の何代か前の先祖『かぐや』様だ。無銭飲食の罪でパクられ下界落ちしたとされておったな」


「無銭飲食……俺の先祖はそんな食い意地の張った女に懸想していたのか…」


その姫君に対するそこはかとないロマンが脆くも崩れ去った瞬間だった。


東宮はがっくり肩を落とした。


娘――かぐやは、ぬばたまの黒髪を揺らし、その様子を見て艶やかに笑う。

小脇に塩壺と柄杓を抱えていなければ、なるほど、月の民と言われても納得ができる美しくも妖しい笑みである。

かぐやは柄杓で東宮の顔を指す。

この国で1.2位を争う程に高貴な自分に対し中々無礼な行為だが、この娘にこの国の常識を説いても仕方がない。国どころか住む星も違うのだ。


「おまえの先祖ということは。おまえもそいつとは違うのか」


「なにが?」


「薬を飲まなかったのだろう?」


東宮は「ああ」と納得した。

確かに自分の先祖は別れ際女に薬を渡されたと聞いている。――不死の薬を。


「この国で一番高い山で燃やしたそうだ。月にいる女に見せつける為に」


「ほう。勿体ないことをする」


「女に会えない世で、命を永らえても仕方がないだろうということだ」


かぐやは柄杓をブラブラ振りながら、立膝をついた。

緋袴がめくれ白く艶めかしい脚が見えてもお構いなしの様子である。


「あー、そういう意味で燃やしたのか。……私のご先祖もつくづく報われぬな」


「どういう意味だ?」


「いいや。ご先祖様もきっとその男を……まぁいい」


かぐやはそっと立ち上がり、格子の隙間から空を見上げた。今宵は満月だ。


「そういえば、おまえはどうしてここにいる?何をやらかしたのだ?」


懐かしむような、どこか遠い目をしながら月を見上げるかぐやに、東宮は聞いた。

かぐやはおもむろにこちらを振り返る。

月光を背にした彼女はやはり人外めいた美しさでこちらを物憂げに見つめていた。


本当に。


――塩壺と柄杓さえ持っていなければ、すぐに絵師に描かせたいと願う位だ。


「ふむ。実はだな……逃げて来たのだ」


「……何から?」


逃げて来たとは不穏だ。一体こいつは何をしでかしたのだろうか。


かぐやは柄杓をカリッとかじる。白い前歯がのぞく。


「……許嫁いいなずけから」


「! そんなもんがいるのか、おまえに!?」


東宮はあからさまに驚いてみせた。

このうわばみかって位の大酒飲みで食い意地も張っていて……確かに美人といえば美人だけど。

その美人の形容の上に『残念』がつくような、この娘に!


「そうだ。不本意ながらな」


かぐやは優美な眉をひそめ、深く嘆息した。

苦々しい表情である。


「なんだ、嫌な奴なのか」


「ああ、超絶だ」


かぐやは即答する。

その許嫁を思い出しているのだろう。

柄杓を握る手に力を込める。ミシミシと柄杓が嫌な音を立てていた。


「奴には小さい頃から何かにつけて目をつけられておってな。『ブス』と散々罵られ、服の中に芋虫を入れられたこともあった。おやつは絶対横取りされて!そんな奴から離れようと私が他の子と遊ぼうとすると邪魔をする始末……ほんとーに陰湿な奴だった!」


「…おい、それって」


「大人になるにつれ会うこともなくなった。文はよく来ていたが読まずに燃やしていたから、心を煩わせることもなく平穏に過ごしていたところにっ!奴から求婚の文が両親に届いたのだ!」


嫌な音を立てていた柄杓はついに耐え切れなくなり、ボキンッと音を立て真っ二つに割れた。


「奴の方が身分が高く、若い男の中での一番の出世頭であったことから両親は『玉の輿キタ――(゜∀゜)ワッチョイ――!!』と喜んでおったがな!私はぜえっっったい嫌だ!!あいつは一生を使って私に嫌がらせをしたいに決まっている!」


東宮は「あぁ、こじらせてんな」という感想を抱いた。

勿論、その幼馴染の男もだ。両名共にだ。


「…で。おまえは下界まで逃げて来たのか」


「そうだ。月のどこかに逃げたところで…捕まるに決まってるからな。ふふふ……婚礼の儀式をすっぽかして逃げて来てやったわ!両親もあいつも、私が大人しくしているもんだから結婚を了承したものかとばかり油断しておったからな!!逃げる途中での暴飲暴食も全て奴の支払いにしてやったわ!!」


かぐやは高笑いをあげた。

『驕慢』とはまだ言えない、あどけない少女の面影を残した彼女の笑い方はどちらかといえば悪戯に成功した子供のようだった。


「ああそう…」


幼馴染の男に散々虐められていたようだが、その割にはスレた性格になっていないのだろうか。


しかし。


(なんかやることがみみっちいな…)


新婚初夜に花嫁に逃げられたという許嫁がそろそろ哀れになってきた。因果応報ではあるのだろうが。


こちらの考えを知る由もなく、かぐやは両手を頬に当て、くるんとその場で回る。

長い黒髪が竜のようにさらりと踊った。


「私はな、結婚をするのなら恋愛結婚がしたいんだ。下界に落ちたご先祖様のように、身を焦がすような恋をしてみたいのだ」


どこか陶然とした様子で恋愛観・結婚観を語りだすかぐやに、東宮はちょっと納得ができない部分があった。


「おまえの先祖の『かぐや』は、下界の男に無理難題を言って全フラグクラッシャーしただろうが」


「? 全フラグではないだろう。おまえの先祖に薬を渡しただろう?」


「あ゛?」


「なんだ。おまえの血筋は鈍チンばかりだな」


「ふーやれやれ」みたいな訳知り顔で首を振るものだから、東宮としては面白くない。

「おまゆう」とそろそろ言いたい…。


かぐやがちょっとムスッとしている東宮を見て、どこか寂し気にふっと笑った。

赤い唇をきゅっと噛むような仕草を見せて。


「私達月の民とおまえたちとは時の感覚も、寿命も違うからな」


「そうなのか」


「そう。そうなんだ……私がもし月に帰らなければならなくなったら……」


「なんだ、最後が聞こえなかった」


「いや。何でもない。……下界落ちをしてすっかり穢れてしまったこの身だ。奴も、奴の家も、もう私を嫁にしようなどと考えはしないだろう」


かぐやが努めて明るく言った時だった。



――シャン シャン シャン という涼やかな鈴の音が聞こえたのは。








短編にするか迷い連載へ。

超短期連載の模様。

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