ストーカー事案 3
ずるうり。
そんな感じでベランダの端から伸びた手からゆっくりと頭がそして胴体が這い上がってきた。
真黒な長髪が血の気の失せた顔にかかっている。
その光景はまるで某ホラー映画、ベランダの手すりが井戸に見える。
のろのろペタンという擬音が付きそうな動きでゆっくりとベランダに降り立った。
うなだれているので、長い髪が顔を覆い隠している。
「俺、ホラービデオ見ているのか?」
そんなことを田中明がつぶやく。
それは見ている誰もが何となく感じていたことだった。
「ロッククライミングは関係ないな、もしそうならもうちょっと機敏な動きをするはずだ」
佐藤忠がそう言って向こう側を見透かすように画面を見ている。
「かといって有翼系じゃないことも確かだぞ」
翔がそう言って妙に乗ったりとした動きをする女を指さした。
「なんだろうなあ、この動き」
顎に手を当てて記憶を探っている。
「俺らみたいに特殊能力系で空を飛んでいるわけでもないみたいだし」
形態が変わらないまま頂上能力を発揮するタイプだ。佐藤親子もこれにあたる。
「あの、怪物の気配だとかわからないんですか」
そう田中明が翔に聞いた。
「お前は怪物化と普通の人間を嗅ぎ分けられるのか?」
いわれて田中明は沈黙した。できそうなのだが、怪物化した人間としていない人間を嗅ぎ分けられるようになった獣人はいない。
怪物化した後とする前で全く匂いが変わらないせいなのだが。
「できれば便利なのよねえ」
この役立たずと山田恵子の視線が言っていた。
そう言われてもこちらとしても困るのだがと田中明は心中で愚痴る。
それができればこんなところで映像の分析などしていないで、さっさと仕事にかかれるのだが。
それでも一応今まで検挙した犯罪者の匂いは覚えているので再犯であれば一発で特定できる自信はある。
しかしのろのろと対象は張り紙を始めた。
「あっち側のマンションにカメラをしかけられたら一発だったんだが」
忠が無念そうにつぶやく。
別のマンションにカメラを仕掛けるのはプライバシーの侵害を問われ不可能だったのだ。あちら側からの画像なら全貌が明らかになって謎はすべて溶けたはず。
女は画面の中であのラブレターなんだか怨念なんだかわからないそれをペタペタと張っていく。
「で、別れた理由は?」
依頼人というか、被害届を出してきた人に聞いた。
名前を剣新太郎という。やや整っているがのっぺりとした顔のサラリーマンだった。
加害者の名前は海藤真澄。住居不法侵入の決定的証拠写真がいま撮れたところだ。
「ええと、その」
すごく歯切れの悪い返答に田中明がズバリと切り込んだ。
「別に女ができたんだろ」
どうやら図星だった。目に見えて顔が青くなっていく。
まあ、そんなところだろうなとほかの全員もこくこくと頷いている。
何とも言えない気まずい沈黙ののち、現場に戻ることとなった。