ストーカー事案
田中明は考えた。身内ってことは佐藤忠も不老系のはずだ。
「この場合、定年ってどうなるの?」
通常は六十で定年だが、実年齢が六十でも身体がぴっちぴちの二十代前半の場合そのまま退職させていいものだろうか。
上司は頭を抱えている。
何故なら怪物化した人間で未だ満六十歳を超えた人間はいないからだ。
「たぶん、そいつが五十の坂を下り始めたくらいにお偉方が考えるんじゃないか」
とは伊集院警部の弁だ。
そしてその時点では彼は本当に定年を迎えているはずなので、完全に他人事だ。
「問題は性転換でしょう」
一番大きな問題を提起したのは山田恵子だ。
「戸籍はどうなっているんですか」
そう翔に聞いた。
「ああ、男のまま」
翔はつまらなそうに答える。
「俺は五年周期だけど、こいつはどうかなあ」
そういって値踏みするように忠を見た。
「絶対なるって決まってないよね、ならない可能性もあるって言ってよ」
自分より頭一つ小さい相手に懇願する姿は誰もが涙するくらい哀れだった。
「まあ、兆候が出たら婦警の制服を申請してね」
五年内なら自分が遭遇する可能性もある。が、結局対策は場当たりだった。
そりゃ現実放棄したくなるよなと田中明は思う。
この年まで男で生きていて、いきなり女になるかもしれないなんて言われたら。
土下座して何とかなるならいくらでもする。
いくら苦悩する職員がいたとしても、やっぱり仕事はやってくるのだ。
本日の職務内容はストーカー問題。
元カノがストーカーと化して、付きまとっているらしい。
交通課から捜査1課並びに二課、少年課モンスター課の仕事は極めて煩雑を極める。というか怪物化が噛んで要ると判断されたらいかなる案件もモンスター課に回されるのだ。
ストーカーと化した元カノが彼に付きまとい行動をとっているというが、その行動を考えると普通の人間ではないのではという疑いが持たれたらしい。
具体的なことといえば、まず被害者の部屋はマンションの五階。カギのかかった状態で部屋に入ると、ベランダに張り紙が、ベランダの外からびっしりと張り付けられたその張り紙には一枚一枚にぴっしりと愛していると直筆で。
その張り紙をもらってじ筆跡鑑定にかけてもらったが、依然もらった元カノの伝言メモの筆跡と一致した。
その張り紙を見たモンスター課全員が戦慄した。
隅から隅までびっしりと文字が書き連ねてあり、なまじ整った文字だからこそその迫力は凄まじい。
そしてそれが十数枚という事実。
「ストーカーって怖い」
忠はそうつぶやく。
交通課にいた時分には縁のない世界だと思っていたのに。