ちょっと普通じゃない家族会議
泊まっているホテルの住所が書かれたメモを片手にフラフラと職場に戻った。その時、忠の眼は焦点があっていなかったらしい。
「何があった?」
普通の人間の上司である伊集院警部が尋ねてきた。
「言いたくありません」
そう言って机に突っ伏した。
「親御さんと何かあったんですね」
断定口調の獣人である田中はそう言ってポンポンと肩を叩いた。
「俺も経験ありますから」
わかったような口をきくが、決しておまえの想像通りのことじゃない。
そう忠は胸の内で一人ごちた。
何とか仕事を終えて、指定されたホテルに向かう。
ホテルのラウンジで二人は待っていた。
母だと思っていた祖母と、父親が。
二人はとてもよく似ていた。一目で親子とわかる顔だ。
そしてたぶん自分はこの父親に似たんだろう。
それぞれタイプと年齢は違えど、同じ顔をした三人は、ホテルのティールームの個室に入った。
それぞれにコーヒーが来て忠は真っ先にコーヒーをすすった。
「お、いっちょ前にブラックなんだ」
そう言いながら翔は自分のコーヒーに砂糖とミルクをたっぷりと落とす。
「とにかく、何で女なんだ」
「さあ、何でだろう。だいたい五年周期くらいで男になったり女になったりを繰り返すようになったんだ、最近女になったからしばらくは女のままだな」
そう言ってほぼカフェオレと化したコーヒーをすする。
「まあ、この格好で帰ってきた時は腰をぬかすかと思ったけどねえ」
そう言ってミルクだけを落としたコーヒーをすする。
「いやあ、なんかお年寄りみたいなことを言ってるな母さん」
祖母は軽く翔の頭をはたいて見せた。
「ちょっと待て、その人が俺の父親だとすれば、本当の俺の母親は」
一番肝心なところをようやく思い出した。
とたんに空気が暗くなる。
「あいつはな、お前を産むときにな」
「いわゆるあれ」
出産中の事故で死ぬ妊婦は日本でもそれなりの数いる。
「ああ、なんでも出血が止まらなくなったらしい」
そして翔は遠い眼をした。
「あん時はもう、な」
どれほど怒涛の日々だったのか、想像を絶する。その当時赤ん坊だったので全く覚えていないのが幸いだ。
「しっかしお前公務員だって、そう言うとこはあいつに似たよなあ」
そう言ってからからと笑う。
「あんたらが破天荒すぎるんでしょう」
まず祖母が義務教育を終える前に父翔を産んだ、そして父親もそれに倣って同級生を妊娠させた。
「と言うか、もしかして俺の母方の祖父母にあんためちゃくちゃ怨まれてるんじゃ」
実際それらしい人間に会った記憶は逆さにして振っても出てこない。
未成年の娘を妊娠させられ、その挙句出産途中で死亡。恨まれないわけがない。
「ああ、そりゃまあ」
きまり悪そうに頭をポリポリと掻く。
「あっちもあっちでな、あいつまあ孤児で、親戚の家に間借りしてて、自分だけの家族がほしいって言って、じゃあ結婚しちゃえばって事になって既成事実を作ったら」
「死んじゃったと」
あまりに子供だと思った。
どうしてあと数年待てなかったのか。待った場合今ここに自分はいなかったのだが。
いや、待てない理由があったのだ。父が怪物化した。離れないでいる理由がほしかったのか。
当時の両親の心中は想像を絶する。
「いろいろあった、それしか言えん」
女子中学生にしか見えない父親はそう言ってため息をついた。