斎藤真一の苦悩
斎藤真一は静かに写真を見ていた。そこに写っているのは小笠原諸島の海岸だ。
日本で、沖縄と並んで海洋リゾートのメッカらしい。
そして彼は小さくため息をつく。
そしてかつてとはだいぶ違ってしまった己の半生を振り返る。
斎藤真一、モンスター課に所属する警視。そして一番地位の高い。モンスター課の最高指導者である。
彼を通さねば基本的にモンスター課は機能しない。
そんな彼もまた、怪物化した警察官だった。
怪物化したのは最近入ったばかりの佐藤忠刑事とは異なり、かなり若い、あるいは幼いといった時期だった。
だいぶ下火になりかけているとはいえ、怪物化狩りは完全に収まったわけではないという社会情勢の中、彼とその家族はその事実を隠し通した。
その能力が、日常生活で便利に使えるようなものでなかったのも結果的に幸いだった。そしてもう一つの幸い、それが不老系でなかったこと。
もし、成長並びに老化が止まってしまったら、その事実を隠し通すのは極めて困難だったことは疑いない。
彼はすべてを押し隠したまま、進学し、そして進路を決めた。
キャリアの道を進んだのは、彼が優秀な人材だったからだ。そのまま何事もなければ彼はそのまま順調に実績を積んでいただろう。
彼は自分が本当は怪物化をしていること自体忘れていた。
それほど彼は自分の力を使わなかったのだ。
しかし怪物化の自覚がなかったがゆえに、いつの間にか怪物化への周囲の認知が変わってきていたことに彼は気づけなかった。
気が付けばいつの間にか警察や公務員に怪物化した職員を雇いいれるようになり。法整備も進んでいた。
モンスター課設立が叫ばれだしたのもこのころだった。
しかし彼はそれにも無関心だった。
能力を発揮したのが昔過ぎて、その事実を忘却していた。
モンスター課問題は着々と進行していたが、彼にとっては完全に他人事だった。それが他人事でなくなったのは、ある事故が原因だった。
斎藤真一が乗ったヘリが墜落したのだ。
ヘリは海中に没し、乗客乗務員すべての生存が絶望視された。
いわゆる視察のため出張中だった彼は思わぬ事態にしばし茫然自失したが、それでも本能というものは働いたのだ。
幼いころ一度だけ発揮したその能力は長い長いブランクがあったにもかかわらず以前と変わらずその性能を示したのだ。
せめて遺品でもと捜索を開始した海上保安官が見たのは、気を失った操縦士を支えている斎藤真一だった。
船に救助された斎藤真一の首から肩にかけて出現したサメの鰓に似た器官を海上保安隊ははっきりと見た。
そして運命は決した。
モンスター課は設立されたが、海のものとも山のものともわからない前途不祥な存在だ、その顧問にはなり手がいなかった。
そこに怪物化キャリアが現れたのだ、これで問題解決と、彼に辞令が手渡されたのは言うまでもない。
そして、彼が本来狙っていた地位はあっさりライバルに横取りされた。
それらの推移を彼は病院で入院したまま見守るしかなかった。
鰓呼吸を使うとき水質がかなり問題になる。かなり沖に出たとはいえ、東京湾の水は彼に優しくなかった。
汚染された水を強引に呼吸した彼はちょっとしたショック状態で病院で治療を受けなけばならなかったのだ。
再び彼は小笠原諸島の写真に見入っている。
「あ、間違いありません、前に逮捕した有翼人ですね、また繰り返したか」
田中明が遺留品の匂いを嗅いで鑑定している。
「佐藤さんが、先ほど、強盗団を鎮圧したようです、護送準備お願いします」
電話応対する部方を横目に斎藤真一はため息をつく。
東京二十三区に彼が安全に泳げるほど汚染されていない水源はほとんどない。そのため、怪物化能力は今も持ち腐れているままだ。
その能力を使い着々と犯人を検挙している部下たちを横目に彼はため息をつく。いつか小笠原で事件が起きないだろうかと夢見ることしかできない




