ストーカー事案 7
女の身体がするすると伸びた。伸びて一回上のベランダに手が届く。ベランダの手すりにすがって這い上がる。その時には女の下半身は人間のものだった。
それを何度も繰り返し、目的の階に到達するまでを映し出されていた。
「なるほど」
何とも言えない顔で佐藤忠は画面を見ていた。
「蛇の身体を使ってよじ登ってたのか」
「この通り抜けられた部屋の住人、トラウマにならなきゃいいけど」
伊集院警部がそう締めくくった。
斎藤真一警視は無言だ。
一応一番偉いキャリア軽視なのだが、彼が口をきくことはほとんどない。
常に無言を貫く、何せ指令もメールで終わらせるくらいだ。
せっかくキャリアになったのにモンスター課に配属されたことで何らかの心の傷を負ったのかもしれないと、部下一同は生暖かい目で彼を見ている。
彼は常に表情を表さず書類仕事に専念している。
どこか虚ろな目で一同を見回すと、彼はそのまま自分の机に戻った。
ストーカー規制法並びに器物損壊、住居不法侵入で逮捕された蛇女こと、海藤真澄は涙ながらに剣新太郎への恨み言を延々繰り返していた。
「あの、調書」
伊集院警部も疲れてきている。
もともと彼は捜査二課から来たのだ。こういう恋愛の拗れなどは経験したことはない。
捜査1課のほうがよかったんじゃないだろうかと、彼は思う。痴情のもつれとかでこう言った取り調べ離れているはずだ。そんなことを思いながら、己の籤運を呪っていたが、とにかく、まず住居不法侵入から調書を取っていった。
基本、犯人の取り押さえなどの仕事ができないのでどうしても取り調べといった机仕事が主となる。
もともと怪物化刑事たちが若すぎるのでどうしようもない面もあるが、今後怪物化刑事が増えた時にはこうした仕事も任せるべきだと彼は思っている。
増えるかどうかが今後の鍵だ。
剣新太郎が、二股を経て、別の女性との交際をスタートさせ、最初に付き合っていた海藤真澄はそのまま破局と相成った。
また、相手の女が、自分のほうが上だからと海藤真澄をあおったのも拍車をかけて、そのままストーカー行為へとエスカレートしていた。
怪物化のことはひた隠しにしていたが、捨てられた今となってはもうどうでもいいと自暴自棄になりその能力を生かして住居不法侵入を試みたらしい。
ついでに言えば、剣新太郎は大蛇と化した、海藤真澄を直視して精神錯乱を起こし、いま精神科に収容されたらしい。
鎖に拘束されながら泣きじゃくっている海藤真澄を見ているとつくづくややこしい世の中になったと思う。
海藤真澄は間違いなく心は人間であるが、同時に怪物だ。
怪物狩りは、伊集院警部にとって遠い過去のことではない。
こうして取り調べていれば怪物化した連中もしていない連中もそうは変わらない精神を持っている。
だが、それを認めることが難しいのも事実だ。精神を病んだ剣新太郎のように。
「失礼します」
どうやら取り調べのノウハウをなんとかものにしようと山田恵子が見学に来た。
取り調べといった作業に一応興味を示すのは彼女だけだ。
今後を思って伊集院警部は苦いため息をついた。




