ストーカー事案 6
女がのたうち回る。
大きさ比率でいえば、青大将とネズミくらいだろうか。
忠の身体をからめとろうとしているらしいがちょこまかと動き回る忠を捕まえられないでいる。
爬虫類ゆえにかなり動きが鈍い。
しかし大きすぎて忠も取り押さえにくい。
長い髪を振り乱してたけり狂うその姿は本当にギリシア神話あたりに出てくる魔物そのものだ。
頭から突っ込んでくる。
これはよいかもと忠は思う。普通の人間の上半身は弱点かもしれない。うまく腕でも決めればそれで抑え込めるかもしれない。
しかしそれは読まれていたようだ。体を反転させ、蛇の尾で打ちかかってくる。
人間の胴体ほどの鞭だ、当たればただでは済まない。
とっさに飛びのいてかわすが、第二打第三打と打ちかかってくる。
身体をつかめばそのままこちらがからめとられそうで、うかつに触れることはできない。
人の女の上半身は決して忠に近寄ろとしない。
膠着状態だった。
田中明はベランダの下を見下ろした。
「なんかまずいことになってんな」
そしては五を振り返る。
「見ないんですか」
このマンションの正当な住人はクッションを頭にかぶってぶるぶる震えている。
剣新太郎という男らしい名前を裏切るヘタレっぷりだ。
「なんまんだぶなんまんだぶ」
虚ろな目で意味不明の念仏を唱えている。
「とりあえず、現実を見ようね」
そういって襟首をつかんでベランダに引きずっていく。
確実にアマゾンのニシキヘビより大きなその姿を見せた。
小さな子供を丸のみにした蛇ってあんな大きさかなと思いながらその姿を見下ろす。
悲鳴すら上げられず剣新太郎は気絶した。
「ありゃりゃ」
そういって一応一般市民だからと、ぐったりした身体をソファの上に下す。
パワーでは定評のある佐藤忠だが相手がでかすぎてつかみどころがないらしい。ウナギをつかみ損ねてどこまでも行ってしまう落語を思い出す光景だった。
そしてパトカーがやってくる。
この場合、普通の警察がやってくる可能性は無に等しい。
巨大な蛇女が暴れているという通報を受けてやってきたのは山田恵子だった。
山田恵子は拡声器を取り出した。
「皆様、今から全員これから五分間耳をふさいでいてくださいませ、また万が一聞いてしまっても一時間もすれば元に戻ります。命に別状はありません」
田中明は耳につけっぱなしのイヤフォンを耳栓モードにした。
「安珍、清姫蛇に化けて」
そのフレーズが耳に入ったとき佐藤忠は意識を失った。薄れていく歯科医の隅で、蛇体がずるずるしたワンピースの中に収納されていくのが見えた。
道成寺を歌いきると、山田恵子は女に手錠をかける。そして二人をパトカーに引きずっていくと、再びパトカーは走り去った。




