ストーカー事案 5
歩道を走るのは危険なので、車道を走っていた。
車は驚異的な反射神経で避けている。
運転者はその姿を視認することすらできないでいた。
おそらく自分は分身の術が使えるなと思いながら件のマンションに向かう。
翔がマンション前のエントランスで手を振っていた。
「見えるか?」
女がマンションのベランダにいた。
「変身してあそこまで登ったんだ、その様子を見る限り、あの狼男じゃ取り押さえるのは無理だろう」
父親はそう言ってため息をついた。
「とりあえず、あそこまでいきます」
忠は大きくひざを曲げて反動をつける。
そして高々と飛び上がった。
ぎりぎり落ちそうになったのでベランダの手すりに何とかつかまる。
「住居不法侵入の容疑で逮捕する」
今現行犯な容疑を述べる。
女はきょとんとした顔で忠を見ていた。
そしてつかみかかってきた。
とっさにその体を受け止めるが目測よりかなり重い。
女の下半身が変化していた。その太さは臀部と同じくらいにそのままずうっと長く伸びている。
それは神話や妖怪辞典などでよく見られる姿だった。
妖怪辞典なら磯女、神話であればラミアもしくは中国の女禍、半人半蛇とかした女はそのまま忠を抱えたままベランダの外に身を躍らせた。
蛇の強力かつ柔軟な筋肉は五階から落下という衝撃を難なく受け止めたらしい。
忠のほうはトラックにはねられるより楽だったなとなんとものんきな感想を心中呟いていたのだが、ベランダの手すりから田中明が見下ろしているのが見えた。
なるほど、これは田中には無理だ。巻きつかれて肋骨とかぽきぽきいいそうだ。
ついでに言うと某フィクションのように獣人は決して卓越した治癒能力を持っているわけではない。肋骨が折れれば普通に全治2か月くらいかかるらしい。
のたくたのたくたとストーカー容疑者がマンション前のやや広めの庭にのたうっている。
そして、物音を聞きつけたらしいマンション住民並びに近所のマンションやその他の住民もこっそり窓を開けて様子を除いたらしい。
1.2.3と音頭を取ったとしてもこれほどそろわなかっただろう。
その姿を目撃した全員が一斉に悲鳴を上げた。
一つ一つの悲鳴は小さくても確実に百を超える人間の悲鳴となればそれは大音響となり、耳のいい獣人の田中を悶絶させた。
おそらく警察に連絡も行っただろう。すでに警察は来ているんだが。
蛇が鎌首をもたげるように体を乗り出す。
その頭の位置はマンションの二階を軽く超えている。
「やっと思い出した、爬虫類系だ」
そんなことを物陰に隠れて父親がつぶやくのが聞こえた。
「手伝ってくれる気はないんですか」
「か弱い少女に何をさせるんだ」
中身おっさんのくせに、戸籍上男のくせに見た目だけを強調してくる。
「少し鍛えてやる、頑張れ」
薄暗い中でも父親がにっこりと笑ったのが見えた。いやになるほど朗らかでかわいらしい笑顔だった。




