プロローグ
今この時代は、神話の時代と呼ばれている。
人間が、ある日突然異形と化す。それは昔話に出てくる妖怪に、あるいは伝説に出てくる魔物に、神話に出てくる怪物に似ていた。
最初にそれが起こった時世界は大混乱に陥った。
人から獣に、あるいは超人的な怪力を発揮し、あるいは水中で魚よりも自在に動き回る。
鳥となって空を飛ぶもの、人の身体のままで空を飛ぶもの、炎を操りはては天候すら自在に操るもの。様々な多彩な力を持つ人間の存在はそれまでの秩序を破壊するには十分だったのだ。
怪物狩りと言ってそうした人間を狩りだすことすら起きた。
そしてそうした組織と怪物化した人間の逃走は凄絶を極めた。
混乱に次ぐ混乱、その間にさまざまなドラマも生まれたがその辺は割愛しよう。
そして幾多の混乱と騒動の末に、人間はそれに慣れた。
世界が崩壊する前に全人類の生存本能が勝ったとも言える。
そして様々な国の政府と民間団体で怪物化した人間達も借り出されることを防ぐために自ら自己保護団体を設立していた。それらすべてが語り合うことで事態の解決を求めた。
そしてようやく地球全土の大騒動が収束を迎え、そして世界的に新たな秩序を作り出すこととなった。
様々な分野がそれに協力した。
まず医学が、血液検査で、怪物化する兆候を発見できるようになった。次は予防法だが、これはまだ懸案事項だ。
そして法整備、怪物化した者たちはその力を犯罪に使わない限り、心身の安全を保証するという法律が発布された。
そして怪物化した人間達はその能力を営利目的に使い始めた。
その用途は多様で、柔軟性に富み、それに慣れてしまったら、怪物化した人間抜きでは社会が成り立たなくなった。
そして、怪物化した者たちの犯罪者を取り締まるために怪物化した者たちで結成された組織。警察モンスター課が設立された。
そんな歴史を振り返る。
佐藤忠、元交通課の新人警察官、先日怪物化を起こし、モンスター課の刑事に部署移動を命じられた。
本来怪物化は十代半ばで起こすことが多い、二十代前半はかなり珍しい部類に入る。
怪物化を起こさず二十五歳の誕生日を迎えればまず怪物化は起こさないといわれている。
佐藤忠はぎりぎりアウトだったわけだ。
怪物化問題は佐藤忠が産まれたときにはすでに顕著になっていたが、その時にはまだ物心ついていなかったのでよくわからない。
容姿に変化はないが、なぜか筋力が異常に増してしまった。
全速力で走れば白バイと並走できる程度の速力が出る。
彼は年齢が年齢なので血液検査は受けていなかった。
発覚したのは逃走する犯人を追跡した時のことだ。まず一人取り押さえているところを仲間がやってきて佐藤忠を跳ね飛ばそうと自動車で猛スピードで突っ込んできた。
結局跳ね飛ばされたのは自動車のほうだった。
吹っ飛んで大破する自動車と、直立不動の佐藤忠を見た同僚が腰を抜かしていた。
佐藤忠はため息をつく。身長は高いがかなりの愛嬌のある童顔をしかめる。
モンスター課その扉の前で彼はしばらくたたずんでいた。