丘に咲くは貴女の花 (天然の、丘、家庭教師)
窓からカラフルな香りが、丘の上からやってくる。
それを嗅ぎ、丘の上に咲いているであろう天然の花々を想像するのが、不治の病である少女の唯一の楽しみだった。
「この香りは、何の花だろう」
ベット脇で世界の歴史を話す柔和な顔つきの女性家庭教師に、少女は尋ねる。
その少女の言葉に家庭教師は講義を中断すると、部屋に漂う香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「これは、ラベンダーですね」
「ラベンダー……私の名前と同じ色ね」
家庭教師は少女のその言葉に優しく微笑む。
「はい。紫乃お嬢様と同じです」
少女、紫乃は哀しそうに笑った。
「気づいてたんでしょ?華先生」
その言葉に、華も哀しそうに笑った。
だがそれも直ぐに優しく明るい笑顔へと戻る。
「私、死んだのね?」
涙がひとつぶ、真っ白な毛布へと落ちる。
が、その涙が毛布を濡らすことはなく、空中でスッと消えた。
それが、少女の問いへの答えだった。
「先生、みえる人だったのね」
優しいね、そう呟き、紫乃は毛布から這い出ると直ぐ横にある窓枠へと足をかけた。
「私、いくわ」
「ええ、いってらっしゃいませ」
紫乃は後ろを振り返る。
一瞬、2人の笑みが交差したかと思うと、紫乃は窓枠から外へ、空へと消えた。
「いってらっしゃいませ」
誰もいない部屋に、華の言葉が虚しく響く。
だが、華は虚しさなど少しも感じさせない華やかな笑顔を丘へと向けた。
否、丘の向こうの空、紫乃へと。
「丘に咲いているのは、貴女の花ですわね」