赤宝石 (携帯、後藤さん、コーヒー)
薄暗い、大人の雰囲気を閉じ込めたバーで、後藤さんはピンク色のカクテルの入ったグラスをそっと傾けた。
「大事な話があるんだ」
重厚な低音で、後藤さんはそう、私に告げた。
顎に生えた無精髭をさすりながら言う後藤さんは、どうやら緊張しているようだ。
後藤さんが無精髭をさする時は、決まって緊張している時だった。つまりは、そういう癖なのだ。
「話って、なんですか」
囁くように、問いかける。
本当は、彼が何を言いたいのか、私は知っている。だからこそなるべく細く、滑らかで、消えそうな声で問うのだ。
「あのさ、俺」
そこで、後藤さんは1度言葉を切った。
私は夜のバーには似合わない、ブラックコーヒーの入ったカップを持ち上げ、そっと唇を添えた。
香ばしい香りが、私の周囲10センチに広がる。
その範囲に、後藤さんは入っていない。
「君のことが好きだ」
そう言い終えるが早いか、私は持っていたカップから手を離した。
白いカップが音を立ててテーブルに転がり、中に入っていたコーヒーがテーブルの上にあった後藤さんの携帯の上に、黒い雨のように降り注いだ。
「ごめんなさい」
慌てて携帯にかかったコーヒーをペーパーナフキンで拭う後藤さんに、私は謝罪を述べた。
「いや……いいんだ、大丈夫」
そう言って拭き終わった携帯をズボンのポケットへと、後藤さんはしまった。
そしてルビーのように透き通る真っ赤な色に変化したカクテルを一口、舌の上で転がした。
これが、最後の夜になる。
私と後藤さん、2人で過ごす、最後の夜に。
真っ赤なカクテルは、どんな味だったか。
それだけが、私の唯一気になることだった。