銀色の雨は復讐の味 (銀色、発進、復讐の)
バケツをひっくり返したような雨の中、少女は狭い路地を駆け抜けていた。
時刻は深夜2時をまわっている。
雨の音がやたらとうるさく響く中を、少女の足音が申し訳程度に響く。
少女は復讐に燃えていた。絹糸のような銀色の美しい髪を雨粒とともに振り乱し、ルビーの如く煌めく真っ赤な瞳に、復讐の色を溶かして、少女は駆けていた。
復讐の相手は、1人の男。
バシャリと一際大きな音を立てて、少女が水たまりを踏みしめたその時、男の背中が少女の視界に入った。
「ノワール!」
喉が千切れそうな程に叫ぶが、少女の声は雨音に掻き消され、半減してしまう。
声が男に届いたかはわからない。
小さく舌打ちをしながら、少女は限界の近づいてきた身体に鞭を打ち、スピードを上げる。
その事件が起こったのは、10年前の雨の日。少女、グローリアが8歳の時。
深夜、誰かの悲鳴で起きたグローリアがリビングへと行くと、そこには変わり果てた両親の姿。
人間ともすでに言えないような肉塊に縋り泣きついた。
そしてその次の日、警察が連れてきたのは1人の神父だった。
グローリアと同じ銀色の髪をした、青い瞳の神父は、優しい笑顔とともにグローリアを引き取った。
それからの日々はあの日の事件が嘘のように幸せな日々だった。
神父の、耳に柔らかく響くテノールの声で語られる説教に、グローリアは子どもながら聞き入った。
しかし、そんなグローリアも15の時に、闇の世界へと足を踏み入れた。
あの日の怒りは、神父の有難い説教でも、解れることは無かったのだ。
グローリアは、殺し屋として、こっそり稼ぎ始める。もちろん、両親の仇を探して。
そして今日、やっと、仇を見つけた。
スピードを上げたおかげか、男との距離がだんだんと縮んでいく。
息を荒げながら、グローリアは必死に叫んだ。
「ノワール!」
それが、両親の仇の名だった。
グローリアは更に加速する。3年間殺し屋としてやってきた実力は伊達ではなく、殺し屋の間ではレインウルフと恐れられる存在へと上り詰めていた。
レインウルフという名前の由来は、雨の日に殺しの依頼を行うことからついたあだ名だった。
そして、今日も。天気は雨。
ぐっとグローリアが手を伸ばす、ノワールの背中は、目前に迫っていた。
しかし、手は届かない。
グローリアは黒い短パンのポケットからナイフを取り出すと、ノワールの右足に向けて放った。
狙いは的確。
ノワールはバシャリと盛大に水飛沫を上げながら地面へと倒れた。
「ノワール……」
ノワールへと近づき、相手の名前を呼ぶ。
ノワールは苦痛に顔を歪めながら、ブルーサファイアのような瞳をグローリアへと向けた。
「殺すか」
くぐもった声で、グローリアへと問いかける。
グローリアの返答は、いたって簡潔だった。
「ええ」
カチャリと軽い音を立てて、銀色に輝く銃を、グローリアはズボンにつけたホルダーから取り出し、ノワールへと向けた。
それを見て、ノワールはフッと諦めたように笑う。
「君に、殺し屋になって欲しくは無かった。この世界は、1度入ったら抜けるのが難しい」
「だから、私を」
「そうだ。私は依頼に背くことができないほどに、世界にはまっていた。復讐を遂げた頃には、もう、抜け出せなかったんだ」
そう、淡々と告げるノワールの瞳は、殺し屋の瞳だった。暗く光る、ブルーサファイア。
「私、あなたを殺す」
「ああ。君に、殺す以外の怒りの花の散らし方を、教えることができなかった私の非だ。……殺しなさい」
銃の照準を、男の眉間へと向ける。
雨が、強くなった気がした。
「綺麗だね、グローリア。いや、レインウルフ」
ノワールは銀色の髪をかき上げ、身体の力を抜いた。
抵抗をする気はもう、さらさら無かった。
「愛していたわ」
グローリアのその言葉に、ノワールは一瞬目を見開き、スッと細めた。
「私も。愛していたよ、グローリア」
破裂音。
ノワールの言葉が終わるとともに、銃弾がノワールの眉間を貫いた。
雨に、赤い頬紅がさされるように、じんわりと赤が染み出していく。
グローリアは事切れたノワールへと近づき、頬へキスをした。
そして近くに停められていたバイクに跨り、発進させる。
「愛していたわ……ノワール神父」
顔へと強かに打ち付けられる雨は、復讐の味がした。