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第二話「シルフの守り珠」

「もう! 真面目に言ってるのよ!」


 がらくたから魔導具まで、様々な骨董雑貨が並ぶ白樺堂。そのやたらと高い石造りの天井に、少女の声が響く。


「気にすることはないと言っているんだよ、かわいいお嬢さん」


 からからと笑うレヴァンはこの店をほとんど道楽でやっている主人で、カウンターを挟んでぷりぷりと頬を膨らませているのはドワーフの少女、シクマだ。歳の頃は十かそこらだが、もう随分と立派な鬚をたくわえている。


「だって、周りのお友だちはこんなじゃないもの……わたしだけ鬚が残っちゃうんじゃないかって、不安で……」


 くるくると癖のある髪の毛、それと繋がるように生えている栗色の鬚を、嫌そうに摘まみ上げる。

 ドワーフは女であってもみな一様に鬚が生える。ドワーフ男はその鬚を編み込み、生涯をかけて芸術的に育ててゆくが、ドワーフ女は成人の頃にその鬚が抜け落ち、まるでさなぎが蝶になるかのように美しいかんばせを現すものだ。

 確かに、この年でここまでの鬚になっている娘はなかなか見ないぞ、とレヴァンは思った。


「だけど、きみの周りに鬚が残った女の人はいないだろう?」

「……いないけど、わたしの村はそんなに大きくないもの。世界のどこかに、そういうドワーフがいるかもしれないじゃない」

「その鬚を羨ましいと言われたこともあると思うけれど」

「そうなの! みんな、もうわたしのこと女だと思っていないのかもしれない……」

「かわいらしい悩みだと思うが、私にゃどうしようもないなあ」


 本気で頭を悩ませているらしい少女を前に、お手上げのポーズを取る。そのおどけた仕草を見て、シクマは「もう!」と目を吊り上げた。


「お父さんに言いつけるんだから! お父さんは、世界で一番わたしのことが大事なのよ!」

「そ、それは勘弁してくれ」


 今度は本当に参った、という表情で手を合わせる。

 シクマの父、ドナシクは、先日手に入れた月桂樹を加工してくれる、昔馴染みのドワーフだ。手紙で連絡を寄越したところ、なかなかない機会だからと喜んで出向いてくれた。ドワーフの中では長身の方で(それでもレヴァンの腰を少し越えた程度の身長だが)、編んだり結んだり、元の素材をうまく活かして繊細な品を作り上げる、腕利きの加工師だ。

 こんなことでもなければなかなか会えないのに、こんなことで旧友のへそを曲げるわけにはいかない。


「うーん、仕方がないなあ。これは商品じゃあないんだけど」


 カウンターの中の引き出しから、葡萄の実ほどのガラス玉の入った小箱を取り出すレヴァン。ひょろりと長い指がそれを摘み上げて、訝しむシクマの手のひらに乗せた。


「……? これは?」


 どこから見ても、ただの丸いガラス玉にしか見えない。それに対して、に、と目を細めると、乱雑に衣類が引っ掛けられたラックの上でじっと成り行きを見守っていた鴉に向かって「さあ」と声をかけた。

 ふわ、と空気が流れ、周辺の布がやわらかく舞う。ついでに埃も舞い踊るのを少し嫌そうに眺めているシクマの目の前に、小さく一陣の風が巻いて、シルフが現れた。


「はじめまして、お嬢サン!」


 風を司る精霊は、宙に浮いた状態で丁寧な礼をして見せた。頭に巻かれた鮮やかな緑のバンダナがくるりと翻り、長い耳に飾られた鈴がちりんと可憐な音を立てる。

 突然の出来事に、慌てて礼を返してから、少女はレヴァンを仰ぎ見る。


「あなたと契約しているの?」

「いいや、私ではない。鴉が彼女の契約主さ」

「そうよ、そうなのよ。レヴァンなンてぜーんぜん、アタシの好みじゃないわ! こんな空気の悪いトコに住んでるオトコが好きなンて変人は、シルフェニア全土を探したってひとりたりとも見つかンないわよ!」

「はいはい、そりゃあどうも」


 くるくると飛び回りながら騒ぐシルフは、ひとりだけでもかしましい。いつものことといったふうに、レヴァンは肩を竦めて適当にいなした。それを横目で見て、満足したようにシクマに向き直った。


「ねえ、小さなお嬢サン。アタシたちシルフが何を司ってるか知ってる?」

「風……ですよね。ドワーフは土の精霊と契約していることが多いから、対極にあたるシルフは滅多に見ないんです」


 普段は出会うことのない相手を前に、少し緊張して答えるシクマ。

 この世界に住む者たちの中には、精霊界に住まう精霊たちと契約を結び、その力を借りている者がいる。精霊たちが望む対価は様々だが、それを満たせたとしても、反発し合う性質の二者とは契約できないのが常識だった。


「正解! えらいわ、さすがネ。それじゃあ、風が司っているモノは?」

「風が司っているもの……?」


 思わぬ質問に困ったように眉を下げて、ううん、と声を上げる。もう一度レヴァンの方に助けを求めるように目を向けると、すでに革張りのソファにすっかり背中を預けており、幼い客人の手前吸うわけにもいかない紙巻きたばこを指先でもてあそんでいた。視線に気付くと、詩の一篇を吟じるように芝居がかった声を上げる。


「たとえあんたが誰であろうと、風ゆく道は決められぬ。道を決めるはその風のみで、それのみ風ゆく道となる」


 少しだけ掠れた低い声に、シルフは心地よさそうに耳を傾ける。


「風は気ままにその道を決め、その先すべてを道とする。道の果てには何があろうと、風は気にせず道とする」


 りん、と耳飾りの音がそれを締めた。レヴァンはお役目も終わり、とばかりにさらにソファに沈み込みながら、持て余していた紙巻きたばこをシガレットケースに戻した。


「そう、シルフはそういうふうに、なるがままに身を任せて、永い時を生きてるの。どんなコトだって、アタシたちはしたいようにするし、それは結果としてなるようになるのよ。だから、アタシたちは、風を司り、その先にある発起と楽観を司っているの」


 陽気にくるりと一回転してから、シクマが手のひらに乗せたままにしていたガラス玉をひょいと持ち上げる。シルフの身体のサイズだと、持ち上げるというよりも両手で抱え上げるといった風情だが。


「だから、アタシの楽観をアナタに分けてあげる」


 シルフが現れたときと同じように、あたりの布や小物がふわりと舞う。再びシクマの手の中に返されたガラス玉には、くるくると回る風が宿っていた。うわあ、と思わず声が上がる。


「シルフの守り珠……そうそうもらえるモノじゃあないのだから、大事におしよ」

「ちょっと、アンタはなンにもしてないじゃあないのよ。エラソーに言わないでちょうだい!」

「いいや、ガラス玉の手配も私がやったし、鴉とのことだって……」

「あはは」


 先ほどの不思議な詩をうたっていたとは思えない若旦那の様子に、思わず少女が笑いをこぼした。その様子を見て、レヴァンもシルフも揃って目を細めた。


「あの、御代は……」

「そうだなあ、シルフへの対価は鴉が払うから結構だし、私としては、きみが成人してからもう一度姿を見せてくれたらそれで御代は結構だよ」

「ふむ、レヴァンの坊にしちゃ、珍しいことをいうじゃねえか」


 ちょうど件の月桂樹を刈り取り、採寸といくつかの手配を終えて戻ってきたドナシクに、レヴァンは白けた視線を送った。


「ドワーフは鬚が濃い方が将来美人になるって、有名な話じゃあないか」


 はて、と丁寧に編み込まれた鬚を撫でながら首を傾げる。まるで絨毯の模様のようにも見える。


「いやあ、知らない方がもっと嬉しいだろうと思ってなあ」

「その驚きに何年かけるつもりだい、ひどい親父だ」

「ソレを言わなかったアンタも同罪だと思うわ」


 溜息をついたシルフに同意するように、鴉も「がぁ」と啼いた。

 急な情報の氾濫に、あからさまに疑問符を浮かべる少女。


「だから、気にしないでも大丈夫、ってコトよ」


 シルフがばちんと音がしそうなほどのウインクを送る。


「それじゃあ、ひと月以内には品を送るからな。この小汚い小屋にきちんと飾れる場所を用意しておけよ」

「はいはい。御代はまた、鴉を通して」

「よき道を」

「恙なく」


 知己を見送るにはあまりにもあっさりとした言葉で、互いに別れを告げる。扉を閉める前、振り返って手を振ったシクマに、シルフも楽しそうに手を振り返した。左手には、風を孕んだガラス玉を大切に握り締めている。

 ぱたん、と音を立てて締められた扉の向こうで、彼らのポニーが低く嘶くのが聞こえた。


「アタシがまばたきする間に、すっごくキレイなコになるわよ! ああ、楽しみ!」


 レヴァンの目の前でにっこりと笑い、くるくると宙を踊るシルフ。「その調子で、埃の掃除でも頼もうかなあ」と呟くと、あたりの布を舞い上げて、風の精霊はけらけらと笑った。

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