夢夢-ユメユメ-
空を飛び回り、軽快なステップで人々の間をすり抜け捕らえようとする手を掻い潜る。紙一重のギリギリのライン。けれど決して捕まることはない。ピストルの発砲音。けれどやはりそれが服をかすめることすらない。この世はすべてこの手の内に。想像の、思うがままに……。
「いたぞ!あっちだ!追え!」
「回り込め!この先は崖っぷちで行き止まりだ!追い詰めろ!」
響く男たちの叫び声と軍靴の音。時折混じる金属が触れ合う高い音が木々の間をすり抜ける。耳に届くそれらに、言い表せない高揚感は高まる一方だった。
ぞくぞくする。
わくわくする。
逃げ回って上がった息も、疲れ果てて言うことを聞かない手足も、どういう式なのか、それらすべてが愉悦へと変換されていく。
愉しい。
面白い。
まだ、終わらせたくない。
それだけが頭の中をぐるぐると回る。
―― さあ来い。捕まえてみろ。この×××を、捕まえられるものなら捕まえて見せろ! ――
「見えた!逃がすな!」
「囲め!捕縛しろ!」
木々を抜けた先の岩肌はあと数歩もないところで途切れていた。その先は奈落のような深い谷底。さて、大人何百人分の高さがあるのだろうか。振り返れば幾人もの男たちがピストルやらサーベルやらを手に行く手を阻んでいる。さすがに彼らの間を走り抜けるのは無理そうだ。
「さあ追い詰めたぞ×××!大人しく捕縛されろ!」
隊長らしき男が隙なく銃口をこちらに向けながらじりじりと近付いて来るそれに合わせて同じ距離後退り。そうして右足の踵の下に体重を支えるものがなくなったのにちらりと後方へ一瞥を向ければ目の前の男は嬉しそうに口角を上げた。
「もう逃げ場はないぞ。お前に残された選択肢はふたつにひとつだ。ひとつ目は大人しく我々、巡回警邏班に捕縛されるか。ふたつ目はそこから飛び降りて無駄死にするか……まあ、飽く迄も抵抗をするのなら止めはしないが」
「うーん、そうだなぁ…選択肢としてはみっつ目を一番に選びたいところだけど」
その答えに男は、ハッと鼻で笑う。
「それもよかろう。だがしかし、もしそれでわたしがお前の脳天に風穴を開けても文句は言うなよ?」
男の言葉にこちらも同じように鼻で笑う。
「言うかよ。そもそも、このオレさまがてめぇらなんざに捕まっかよ!」
言うが早いか、地面を強く蹴って後方へと体を倒す。ぎょっとした男たちの顔を尻目に、大きく高らかに指を打ち鳴らした。瞬間、その右手に輝く銀色のピストルが現れる。それを握り締め、岩壁へと銃口を向けた。
「『我は堕ちた神。我が放つは鋼の蜘蛛の糸。集い、放たれ、捕縛せよ。鋼鉄の弾丸!』」
低く重たい発砲音とともに放たれた銀の弾丸は輝く光の尾を引きながら岩壁を穿つ。そして同時に四方八方へと弾け、同じ光の尾を残していく。
まるで蜘蛛の巣のように。
驚愕の面持ちでその様子を覗き込む男たちににんまりと笑みを向け、自身の身体は輝く銀糸の上に落ちる。本物のとは違い粘着性のないそれは落ちる勢いを倍以上にしてこの身体を上空高くへと放り投げた。
「諸君!愉しい時間をどうもありがとう。それではまた、いつかどこかで」
ぽんっ!という軽い音とともに空を舞った人物の足元から白煙が立ち上る。男たちが「あっ!」と思ってそれを見上げていたが、間を置かず穏やかな風が白煙を攫って行った時には彼の人物の姿はすでになかった。