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第六話:女騎士鳴沢愛奈、異国の食文化に触れる その二

「佑樹、この店は食べ物で遊んでいるのか」

 とても神妙な面持ちで店内を見回す愛奈さんの第一声がこれだった。

「断じて遊んでなんていません。こういうお店なんです」

「だがな、回すことに一体なんの意味があるというのだ」

「それを言われるとすごい困るんですが……」

 回す。愛奈さんのこの言葉から、察しのいい人ならもうおわかりかと思うが、僕たちは今、回転寿司に来ている。愛奈さんが絶対に食べたことのない食べ物を挙げていった中で、これが真っ先に浮かんできたのだ。そして食べ物が回っているというインパクトは愛奈さんの興味を惹くこと間違いなし。僕のプランは完璧! だと思ったのだけれど。

「わからん。わからんな……」

 当の愛奈さんといえば、とにかく困惑しきりだった。

ひたすらに回る寿司を目で追って、強烈なカルチャーショックを受けている愛奈さんを横目に僕は二人分のお茶を淹れる。

「知ってますか? お寿司」

「オスシ……そう言うのか」

「はい、この世界では割とよく知られた食べ物ですね。ところで、愛奈さんの世界って魚を生で食べたりする習慣ってあります?」

「あるぞ。よく釣り上げたものをその場で捌いて食べたりしている」

「なら問題はないと思います。生ものが大丈夫か不安だったんですけれど、愛奈さん嫌いな食べ物なさそうですし、ちょっと思い切ってここにしてみました」

 僕はホッと息をついてお茶を一口飲む。これで生ものが食べられないなんてことになったら出鼻を挫かれたどころの騒ぎではなくなってしまう。

「それじゃ愛奈さん、好きに取っていってください」

「取る? ここを間抜けそうに回っているものを取ればいいのか?」

「そうです。それが回転寿司のセールスポイントですからね」

「ふむ、なんとも面妖な仕組みだな……して佑樹、お前のおすすめは何だ」

「んー……どれもおいしいですけど……あ、それじゃ今流れてきた赤いやつ取ってください」

「ん、これか」

「そうですそうです、それがマグロって言って――」

 ああ、なんだか楽しいなあ。男女が楽しくご飯を食べる。これって周りから見たらデートしてるように見えたりするのかなあ……。愛奈さんみたいな綺麗な人とご飯を食べて、周りの男はさぞ僕のことを恨めしく思っているだろう――

 そんな妄想に浸りながら僕はマグロを食べようとする愛奈さんのリアクションを……って、ん?

「あれ、愛奈さんマグロ取ったんじゃないんですか」

「マグロ? 佑樹が赤いものを取れといったからそうしたのだが」

 愛奈さんが指さした赤いもの。

「…………皿か!」

「おお……これはなんとも癖のある……いやしかしほのかに甘くて……ほう……ほう……」

 愛奈さんは一見クールに食レポをしているように見えるが、目には完全にハートマークが浮かび上がってしまっている。どうやらひどくお気に召したらしい…………ウニが。

 ここの回転寿司は皿の色によって寿司の値段が変わってくる、まあどこにもありふれたお店なんだけど、愛奈さんが初っ端に手を出した赤皿のウニ――これはこの店の最高級、トップオブザトップの一貫四百七十二円という代物だった。

 ま、まあ好きなもの取れって言ったしね? 愛奈さんすごいおいしそうに食べてるし、喜んでくれたようだからいいけどね?

 愛奈さんは間髪入れずにウニを二つ食べると恍惚の表情で、

「ゆ、ゆふき、ほれふぁなんほいうもおだ」

「食べ終わってから喋ってくださいね?」

 ウニに興奮していた。

 愛奈さんはもごもごとウニを口いっぱいに頬張りながら、お茶を飲んで一息つくと、ようやくまともに喋れる状態になった。

「佑樹、今私が食べたものは何というのだ」

「ウニです、ウニ」

「ふむ、ウニ。ウニというのか……ウニか……」

「……もう一つ食べればいいじゃないですか」

「いいのか!?」 

 お預けを食らっていた犬がOKサインを出された時のような俊敏な動きで愛奈さんはがばりと身を乗り出す。

「むう……来ないぞ……ウニ……なあ、ウニはいつになったら流れてくる。なあ佑樹」

「落ち着いてくださいよ。僕が頼んでおきますから、その間別のを食べててください」

「そうか……待ち遠しいな」

 愛奈さんはぽすんと着席すると次はどの獲物を狩ろうかと真剣な眼差しでレーンを見つめる。そういえば愛奈さんに気を取られすぎていたせいでまだ何にも食べてなかった。マグロでも食べようかな。

 僕は丁度流れてきたマグロを手に取り口に入れる。うん、この安定したおいしさ。やっぱりお寿司といえばマグロみたいなところあるよね。

「これなんてどうだろうか」

「イクラですね。ぷちぷちした食感が面白いですよ」

「どれ、食ってみるとするか」

 愛奈さんがウニの次に手を出したのはイクラだった。ウニより幾分か価格が安いので一安心。それにしてもウニといいイクラといい、愛奈さんって軍艦が好きなのだろうか。

「……なるほどな。このイクラというもの、魚の卵か何かじゃないか?」

「その通りですよ。よくわかりましたね」

「私の世界にもこれとよく似た形のものが売られていた」

「そうなんですか。その辺は同じなんですね」

「そのようだな。このイクラ、ウニには及ばずとも同じくらいうまかった」

 ウニの評価は上昇するばかりだった。

 愛奈さんはイクラの余韻に浸りながら満足げにお茶をすする。そんな時だった。

「……何か、来る」

 落ち着いていたのも束の間、愛奈さんは咄嗟に右手を左側の腰に添えるような仕草をした。

「……くそ、こんな時に帯剣していないとは、これだからこの世界の人間は……!」

 どうやら剣を抜こうとしていたらしい。当たり前だが剣は鎧と一緒に明日香さんに預けてある。こういう事態が起こることを予測した僕の判断は正しかった。しかし愛奈さん、どうしてそんなことをしたんだろう。マグロの解体ショーにゲリラ参加でもしたかったのかな。

「ちょ……どうしたんですか急に」

「わからないのか佑樹。何かが私たちに迫ってくるのが」

「……何か? 何かって何ですか」

「わからん。もしや私の世界の人間がここまで追って来ていたとしたら……」

「ジェレミ、なんちゃらでしたっけ」

「ああ」

「……それはシャレにならないですね」

「だから向こうに感づかれないよう、努めて自然に振る舞え」

「はい……」

 僕は緊張のあまりごくりと喉を鳴らしてしまう。向こうの世界の? この間の男の騎士みたいなのが愛奈さんを追ってこんなところまで? いやいやいや、そんなバカみたいな話があるわけ……。

 僕はそう強がって見せるが、あり得ないことではないという小さな不安が嫌に僕を心配にさせた。

「……来る!」

 そして愛奈さんがそう叫び、僕は思わず頭を伏せる。


 がたんごとん がたんごとん


 ――軽快な音を鳴らしながら。

「……?」

 ――機関車のようなものに乗って運ばれてきた。

「……ウニだ!!」

 ――赤皿の、ウニが。

 椅子に立ち上がり周囲を警戒する愛奈さんはまさかのウニ登場にハトが豆鉄砲を食らったような顔でそれを見つめていた。

「……もしかして、何かってこれのことだったんですか?」

 僕はあんぐりとしながら愛奈さんに尋ねる。

「佑樹、これはどういうことだ……ウニが、私の目の前で止まったぞ。さも食べてほしそうに……」

 勘弁してください。

「……僕が注文したんですよ。さっき頼んでおくからって言ったじゃないですか」

 要するに愛奈さんは、回転寿司独特の注文方法にここまで気を張っていたのだ。

「なんということだ……小さな機関車が料理を運ぶなど、私は聞いたことがない」

「驚くのはそれくらいにして早くウニ取ってください」

 愛奈さんはドギマギしながらウニを取る。すると機関車はひとりでに引き返していき、これまた愛奈さんはビクッと反応した。正直、こんなに表情豊かな愛奈さんを見るのは初めてだ。いつも不愛想でクールに決めているのに、こんな顔もするんだなあと僕は感心しながら愛奈さんを眺める。

「……この世界はうまいもので溢れているな……って佑樹、なんだ呆けた顔をしおって。お前も食べたらどうだ」

「あ……そういえばそうですね。まだ一皿しか食べてなかったです」

「ほれ、うまいぞウニ。一つ分けてやるから、さあ口を開けてみろ」

「へ!?」

 僕はギョッとして身を引く。

 愛奈さんはウニを一つ箸で取ると、躊躇うことなく僕の顔に近づける。まさかこれは……いわゆる一つの〝あーん〟というものじゃないのか!?

 綺麗な、黒髪スーツのお姉さんが、僕に〝あーん〟をしてくれようとしている。そう考えただけで僕の顔面はボフンという音を立てながら情けなく急速沸騰を始める。いや、でも待て。ここで素直に愛奈さんを受け入れてもなんだか悔しい。ここはひとつ抵抗してみよう。

「ちょ……愛奈さん! 僕だって子供じゃないんですから! 自分で食べますからそのウニを置いてください!」

 すると愛奈さんはきょとんとして、

「何を言っている。お前は子供だろう」

 ――。

 なぜか、愛奈さんのこの言葉は僕の胸を嫌に締め付けた。

 あれ、おかしいな。さっきまであんなにウキウキしてたのに、どうして急に冷めちゃったんだろう。

「……わかりましたよ。食べますよ……」

 僕は投げやりに愛奈さんに口を差し出す。あーん。

「それでいい」

 愛奈さんは小さく微笑むと真っ直ぐに僕の口めがけてウニを放り込んだ。瞬間、口いっぱいに広がる磯の香りとほのかな甘み――そして苦み。

「……ごちそうさまでした」

「どうだ、うまいだろう」

「ええ、おいしかったです」

「このようなものを食う機会が来ようとは。世界は広いな」

「世界とかそういうスケールの話じゃ収まらないと思うんですけど……」

「そうだったな」

 愛奈さんは小さく吹き出す。

「ああ、それと――」

「む?」

「ウニって、子供はあんまり好きな食べ物じゃないんですよ」

「何? こんなにうまいものがか?」

「そうです。ウニは大人の食べ物なんです」

 そうだよ。ウニは子供じゃ食べられないんだ。子供じゃ。


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