第07話 第2節「100万回ごまかされた猫」2
ハルスは狼狽していた。
先ほどまでハルスは普通にベットで寝ていた。治に起こされ起きた候、治が厠に行っている時に、朝食の盆を持ってケンジが部屋に入ってきた。その時ケンジが、治の食べる黒パンを載せた皿を小さなテーブルに置く際、ハルスがちょっとしたはずみでテーブルに触ったら、がたんとテーブルが斜めになり黒パンを載せた皿が落ち、しかもそのパンのちょうどいい所を踏んでしまったのである。黒パンは完全に原形を留めない重焉を喫したのである。
この前治の笑顔を見て以来治の顔を見るたび心拍が高くなるようになったハルスは、治の激怒した顔が想像しきれず、もしそうなったらどうしようと、少し動揺してケンジに尋ねる。
「じい、」
「わかっております、ハルス姫様。お代わりの黒パンですな。」
と、じいはべっちゃんこになった黒パンを拾い、慌てて一礼して部屋から出て行った。残ったハルスは、自分の食べる肉のスープを目の前にする。便を済ませた治の足音が、時を追う毎に大きくなる。ハルスはその足音を聞きつつ、自らの肉のスープを眺める。
治はなにも言わずに部屋に入ってきた。そして何も言わずに自らのテーブルにつく。ハルスはそれより一回り大きなテーブルで、スープ、サラダなど諸々の品々の揃った朝食を取るのであった。
「・・・あれ?」
治は気付いたかのように、後ろ向こうに鎮座しているハルスに尋ねる。
「ねえ、俺何かした?」
治の、黒パンの入っているはずの皿には、ハルスがいつも飲むはずの肉のスープが入っていたのである。ハルスのテーブルの、本来肉のスープが入っているはずの皿が空っぽなのを認め、治は再度言った。
「皿、間違っているんじゃ?」
「・・・今日だけよ。」
「俺、何かした?昨日?」
「黙ってて。黒パンはちゃんと後から持ってくるから。」
「えっ?ま、まぁ・・・。」
治は恐縮した顔をして、前を向き目の前のスープを眺める。
「遅れて申し訳ございません、ハルス姫様!ハルス姫様のお踏みになった黒パンの代わりを、」
と突然その場に、ケンジが新しい黒パンをティッシュで包んで持ってきた。
「えっ・・・?」
治の目は点になった。
「踏んだ?」
「あ、いや、それは、」
ハルスは顔を真っ赤にして、怒鳴る。
「じい、復唱する癖はいいかげんやめてよね。」
「は、はい、申し訳ございません、ハルス姫様・・・。」
と、ケンジは恐縮して部屋から出る。
ドアが閉まると、治はハルスに尋ねる。
「俺、そんなに悪い事した?」
「・・・・・・・してない。」
「じゃ、これは?」
と治は、目の前の肉のスープに乗せられた黒パンを指差して言う。
「そ、それは、間違って踏んだの・・・。」
「なんた。」
と治はそれだけ言い、黒パンをわしづかみにする。
「待ちなさい!」
と、治のそっけない態度にハルスが激怒して立ち上がったのと、
「おはよう!」
と、ドアを開けて若い女性が部屋に入ってきたのと、ほぼ同時であった。
「あ、あなたは、」
治は驚いて、その女性の方を見る。
「この前の、」
「あら、久しぶりじゃないの、」
と、女性はドアを閉めると、治の前へ歩み寄る。
「お姉ちゃん、」
と、ハルスがその女性に言う。
「えっ?お姉さんがいたのか?」
治が驚いてハルスを見る。
「なにもあたしのお姉ちゃん、ウィリエじゃないの。」
「ごめん、名前言ってなかった。」
と、ウィリエは笑った。
「言ってなかったんだ、」
とハルスもほんの少し安堵する。その隙にウィリエは治の皿に肉のスープが入っているのを見つけ、ハルスに尋ねる。
「ねえ、この肉のスープはどうしたの?」
と、ついてにハルスの肉のスープが空っぽなのを見る。
「だ、から、黒パンを落としちゃって、」
「新しい黒パンがあるじゃない。」
「だ、だって・・・。」
ハルスが言うと、ウィリエは一区切り置いて言う。
「ウィルソン王子と治とどっちが好きなの?」
そう言われ、ハルスの顔は真っ赤になる。
「う、うぃる・・・」
「自分に嘘をつきたいなら、気が済むまでつきなさい。」
と、ウィリエは、ハルスの言葉を一蹴した末、
「じゃね、」
と、すばやくドアを開け部屋から出る。
「待ちなさい、」
と、ハルスが真っ赤になって怒鳴った頃には、ドアはもう閉まっていた。見ると、治がこっちを見ていた。
「何よ、そんなにじろじろ見て、気持ち悪い。」
ハルスはそう言い、再度座った。
バレンタインです。
バレンタインデー、新たな悲劇が・・・
この世に希望はありません。あるのは絶望だけです。
この世に本命はありません。あるのは義理だけです。
というわけで、
この小説にも義理チョコをください。
いやいや、義理チョコでも駄目だ、
機械的献上用のチョコにしてください。
機械的にください、はい。




