第42話 第8節「それだから隠すのだ。次いて恋、フィロストラトス以外」6
ハルスの部屋のドアを叩く音がした。
「入って。」
ハルスが許可を出すと、ドアは静かに開き、長谷川健治が入った。
「掃除でございます。」
健治は一礼をし、ドアを閉める。
「ごくろうさま。」
ハルスはベットに座って窓の外を眺めなから、健治の姿を窓ガラスの反射で見ながら言った。
「うっ・・・!」
突然健治が腹をかがえ、その場にしゃがみこむ。ハルスは後ろからうめく声がし、驚いて振り向き、立ち上がり、健治へ近寄る。
「じい!大丈夫?」
ハルスが横になった健治の体を揺さぶる。
「うっ、う・・・。」
健治はうめき、そして口から血を吐いた。
「なっ・・・!?」
ハルスは驚き、健治に尋ねる。
「何?」
「は、はい・・・、数年前からこの発作が増えてまいりましたが・・・、ここ最近はひどく・・・、」
「なんでもっと早く言わないの?」
「ふふ・・・、お、お嬢様・・、お、お、おさ・・・」
「い、いま何で言ったの?」
ハルスはさらに健治の体を揺さぶる。しかし返事はなかった。
「そ、そんな・・・。」
ハルスはぼろぼろと涙を流し、健治の目を見て言った。
「約束、守れなくてごめん・・・。」
10年前、ハルスは8歳だった。モルデス45世の父、モルデス44世がなくなり、葬儀も済ませた渦中、ハルスは長谷川健治と出会った。イパバート池で、ハルスが池の水面から自分の顔を見つめていた時、健治は背中から尋ねた。健治が最初にハルスに言った言葉はとっぴであった。
「玲子に・・・、玲子に会わせてください。」
「レイコ?誰?」
ハルスはそう言いながら振り向く。後ろに見知らぬおじさんが出てきて、ハルスはびっくりして、そのはずみで池に転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
健治はハルスの手を握り、池から引っ張り出した。呆然としているハルスに、健治はハルスに一礼して言った。
「あなたの魔法で、私が生まれ育った地、地球に帰らせていただきたいのです。」
「は?」
ハルスはいきなり言われ、何がなんだか分からなかった。
「何の事?」
「失礼・・・、私はある魔法使いによりこの場に連れて行かれた、長谷川健治と申します。」
「レイコは誰?」
「私の娘・・・、長谷川玲子でございます。」
「娘。」
ハルスはそう言い、落ちづいたのか再び池の水面から自分の顔を覗く。髪の毛はぬれていてハルスのおでこに張り付いていた。健治は続ける。
「自由に好きなところへ行ける様な魔法を扱えますね。」
「なぜ私に聞くの?」
「多くの人から聞き、異世界へ転送するには膨大な魔力を持っているあなたしかいないと思ったからです。」
「運が悪いわね。」
ハルスはそう言い、すっくと立ち上がり、杖を取りだして湖へ杖を向ける。
「ゴスト」
突風の魔法であった。健治も、今までの苦痛の旅からこの呪文の意味はなんとなく推測できたのだが、その意に反して湖の水は大きく爆裂した。
「見てのとおり・・・、あたしはどんな呪文を使っても爆発しかないのよ。」
ハルスはそう言い、ふうっとため息をつき、再びしゃがむ。健治はしばらくとまとったのだが、ぐっと手を強く握り、再びハルスに一礼する。
「それでは・・・、魔法がうまく使えるようになる日まで・・・、どのような屈辱も甘んじて受けます。」
「あなたを受け入れたら他の人も受け入れなければならなくなる。」
「うっ・・・。」
健治は、そりゃそうだね、という顔をし、後ろへ振り返りその場から立ち去ろうとする。
「待って。」
ハルスが水面を見たまま言う。健治は足を止め、再びハルスの方へ方向転換する。ハルスは続ける。
「ちょうどあたしの部屋の掃除係りが欠乏していたの。」
「そうですが・・・。」
健治は嬉しそうな顔をして一礼した。
長谷川健治、享年61歳。ハルスは、長谷川玲子という名の少女、ほぼ100%恒久的に会えないだろうその少女の顔をイメージしてみた。しかしその顔は全て、自分の顔ばかり映っていた。あの時、水面で見つめていた、幼少の時の自分の顔が―――・・




