第36話 第7節「君の後ろの戦争は勝った 君の前の戦争は」7
ハルスが「とても危ないから」名目でヴィーナスを部屋から追い出し、ハルスの部屋にいるのはハルスと治の二人だけとなった。治は真っ青になってかくかくふるえている。一方のハルスはつんとした顔で突っ立っている。
「なに震えてんの?」
ハルスが治に尋ねるが、治は真っ青になったまま、がくがく答えた。
「こ、こ、殺すなよ・・・。」
「殺すかも。」
ハルスはつんと退けた。
「そ、そんな・・・、さっき好きって、」
「好きな人に協力するのは嬉しいんでしょ?」
ハルスにそういわれ、治はさらに真っ青になる。
「手加減しろよ・・・。」
「あら、好きだからこそ手加減はしないんでしょ?」
ハルスは嘲笑して答える。治は真っ青になり体中の鳥肌が立っていた。
「さあ、いくわよ。」
ハルスは杖を構え、しばらく目をつむり、それから目をゆっくり開け、治の方へ杖を構え、呪文を3秒ほど言った後、強く大きくこう言った。
「フライ」
浮くか爆発かのどちらかである。治は、浮きにしてほしいと懇親立てて願っていた。しかし結果は無残にもさっきと違っていた。治のいたところは大きな爆煙に包まれ、爆発の轟音がハルスの部屋中に響き渡る。真っ黒になった治は、よろよろと揺れた後倒れた。
「何の音なの?」
ウィリエがノックもせずに部屋のドアをあける。その後ろから執事の長谷川健治、ヴィーナスも覗いていた。それを見てハルスは恥ずかしそうに頬を赤らめ、それから真っ黒の治を引っ張った。
「立ちなさい。」
治は力を振り絞って立ったのだが、立つのがやっとなほどひどくキスだらけだった。その治の様を見たヴィーナスが、ハルスの方へ近寄り声をかける。
「わたし、看病するのが得意なんです。」
その一言で、ハルスは顔を真っ赤にした。
「何よ!看病くらいあたしにもできる!ていうか勝手に入るな!」
ハルスはヴィーナスの股間を蹴り上げる。ヴィーナスは股間を押さえ、言った。
「看病は練習しないとできないのよ。」
「何よ、とうせおしぼりをおでこに乗せるだけでしょ!」
「それからキス・・・」
「なんか言った?」
「いいえ。」
ヴィーナスは嘲笑の目つきでハルスに言う。治はよれっとハルスの肩にもたれつく。
「ちなみに何が原因なの?」
ウィリエがハルスの方へ歩み寄り、尋ねる。ハルスは下をうつむいて答えた。
「えっと、さっき魔法がきちんと使えたから確かめようと思ったら・・・。」
「えっ?きちんと使えたの?」
ウィリエは眼を丸くする。
「本当だもん・・・、治が浮いていたんだもん・・・、嘘じゃない・・・。」
ハルスは、そこまで言い、そして自分に根拠を証明する力がないのに気づき、慌てて視線をそらす。そらした先がヴィーナスだった。
「何で私の方を向くのでしょう?」
ヴィーナスはハルスを哂うように言った。ハルスは黙って、治がもたれていないほうの腕でヴィーナスの頭を殴る。
「部屋から出てらっしゃい!お姉さんも!」
ハルスが怒鳴ると、ヴィーナスはしぶしぶ、そしてウィリエはくすくすしながら部屋を出た。二人が退室すると、健治も一礼してその場から離れようとした。
「じい。」
ハルスが健治に声をかける。健治は再びこちらを振り向き、一礼する。
「何でしょう、ハルス姫様。」
「治の掃除は昨日まで。今日からここの掃除お願いね。」
ハルスがそう言いはじめるころには、治はすでに気絶していた。
「はっ、」
と、健治は一礼して、部屋から出た。
治が起きたのは、その日の夕方であった。治はベットで寝ていたのだった。治は上半身を起こし、周りを見回した。ベットの横の椅子で、ハルスは本を読んでいた。その本の字は治には読めなかったのだが、先ほどの出来事から見るとたぶん魔法の本だろうか。ハルスは本に夢中で気づいていない。さらに見回すと、ハルスの隣に小さな丸いテーブルがあり、その上にご飯が乗せてある。スープは冷めたのか、湯気は立っていなかった。
治がしばらくハルスの顔を見つめていると、ハルスも気づいたらしく、本にしおりを挟むとテーブルの余白の上に置いた。
「気づいたの?」
ハルスが優しく話しかける。
「え・・・、ああ、うん。」
その笑顔を見ると、さっきまでの事が嘘みたいである。治は頬を赤らめ、それから布団の上にタオルが乗っているのに気づく。さっき上半身を起こした時に落ちたのだろう。治はそのタオルをつかむ。まだ水分がついている。
「ハルス・・・。」
治は顔を真っ赤にするが、ハルスはそれを覆す様に、いじわるっぽく言った。
「そ、それは、治のすすを拭いてんだから。」
「嘘だろ。真っ白だよ。」
「・・・・・・すすが白かったの。」
「黒だろ。」
「白。」
ハルスがそっぽを向いたので、治も窓の方を見た。ハルスが治の後ろから語りかける。
「魔法は、もういいや。掃除もしなくていい。」
「えっ?」
治は窓を向いたまま答えた。ハルスは続ける。
「今日から掃除はじいがするから。」
「え、でも俺の係りじゃ・・・、」
「解く。」
「はぁ・・・。」
治は窓を向いたまま答えた。ハルスにとっては無愛想な態度だったが、自分もそっぽを向いていたので気づいていなかった。治がみている窓の外では、人よりも大きいであろう大きな鳥が一匹、空中に舞っていた。




