第34話 第7節「君の後ろの戦争は勝った 君の前の戦争は」5
治は周章狼狽していた。いつもはあれほど自分に対してのみ猛り狂っていたハルスが、今日はまるであべこべだった。自分に対しては優しく、自分以外の全ての人に敵対の目を向けていた。
治が起きて上半身を起こすと、隣にハルスが寝ていた。治が寝ていたのは、ハルスのベットであった。治は驚き、隣でくうくう寝ているハルスを眺めた。と、ハルスのまた隣にヴィーナスが寝ているのに気づいた。治は、ヴィーナスが床上の自分を可哀想かりこっそり運んでくれたものと心得て、ハルスの起きぬ間に部屋から脱出せんとまずはベットから降りようと、でもハルスとヴィーナスの向こうにある床は遠いものである。治は、これはハルスを起こしてもいいからジャンプしてそのまま逃げようと思い、決行した。治は見事大きくジャンプしてベットから飛び降りると、そのまま逃げようとした。
「おはよう。」
後ろからハルスの声がし、同時にあくびの音も聞こえた。
「えっ?」
いつもなら「こら、待ちなさい」の一つでもかけてくれるはずである。治は驚き、ゆっくりと後ろを向いた。後ろでは、上半身を起こし、治ににっこりと笑顔を見せているハルスの姿があった。ヴィーナスはまだ寝ているようで、ハルスは静かに床に下りた。
「ねえ?」
ハルスは、治の肩を叩いた。治は眼を丸くしていた。
「ねえ?」
ハルスが再度、優しく治の肩に自分の頭を乗せる。
「ねえ?」
ハルスに再度、優しい声で問いかけられた治は、一言だけ言った。
「お前、熱でもあるのか?」
「ない・・・。」
「じゃあ、何で昨日までは・・・、」
治がそう言いかけるが、ハルスは今度は治に抱きつき、これを阻止する。
「あたし、かわいい・・・?」
ハルスは顔を上げ、治の目を見つめる。治は頬を赤らめ、それでいても抵抗しながら言った。
「か、かわいい・・・。」
「本当?」
「本当だよ・・・。」
治がそこまで言うと、ハルスは強く足を蹴って治を床へ押し倒した。
「うっ!」
床に強く背中を打った治は、これは罠ではないかという思いが脳裏をよぎった。しかしハルスは今度は頬を赤らめた顔を隠すように自分の顔を治の胸に押し付けて、再び治に問いかける。
「あたし、世界一かわいいの?」
これを拒否したら殺されると治は直感し、いやその前に自分が思っていることと答えなければいけない内容が同じであるのに気づき、治は顔を真っ赤にして言った。
「かわいい。」
「あたしの悪いところ、いくつあるの?」
「えっ・・・。」
治の顔の色が、真っ赤から通常の肌色に戻る。悪いところは、枚挙の暇がないほど多い。多すぎるのである。ハルスに暴力を幾度も受けてきた自分にとっては、ハルス以外の人に銃殺されることになってもハルスが許せないのである。しかしこれを拒否したらどうなるのか。そこは治はわきまえていたのだが、答えが見つからないのである。
「早く、答えてよ。」
ハルスが柔らかい声で言うと、治はさらに困憊した。
「んー、ふあぁ・・・」
突如、ベットからもう一色のあくびがした。ヴィーナスが起きたらしい。治は胸をなでおろし、ヴィーナスの方を向き、言った。
「ねえ、トイレの場所、言ってなかったよね?」
治がそう言うと、ハルスはいきなり上半身を起こして反駁した。
「あたし以外の人と話したら、殺す。」
「はい?」
治は少し嫌な予感がした。
「話すだけでもだめっぽいわね。あんたと少しでも触ったり少しでも話した女性は、全員殺す。例外なし。」
「はい?」
治は顔を真っ青にした。
「あ、あのさ、それはやりすぎ・・・、」
「浮気対策には、まず根を絶やすことが一番でしょ?」
ハルスにそう言われ、治はハルスの目的に気づいた。
「ちょ、やめろよ!」
治はハルスの体を跳ね除け、立ち上がる。転んでしりをついたハルスは、ゆっくりと立ち上がって治に言った。
「本当は、あたしかわいくないの?」
そのハルスの目からは、いつしか涙がこぼれていた。
なぜか読者が1000人を超えました。
世界一つまらない小説の被害者が、
延べ1000人を超えました。
強い遺憾の意を表します。




