第21話 第5節「逃げろメロス」4
タナトスの軍勢は、タナトス将軍の落馬により滑走を始めた。
落馬したタナトスは、まだ息はあったのだが、敵兵達に踏まれ、泥まみれになり、一目ばっと地面を見ただけでは気付かないほど体中茶色になっていた。
滑走したタナトスの兵士達を見て、八千の兵を率いた治は、予感の的中を感じた。そして、馬に乗り前を向いたまま、言った。
「陣を守る。ここで踏み止まれ。」
「はっ、」
と、兵士達は小さく敬礼をすると、それぞれ槍を構える。
治の軍勢や陣は、ライアン城を目の前にした、小さな丘の上にあった。ライアン城の兵士達は、勢いに乗り丘を駆け上り陣に迫らんとする。
治は、その時を待っていた。また前を向いたまま、
「つっこめ!」
と、怒鳴る。治の馬以外は、全て槍を構えてライアン城の兵士達を上から襲う。上から槍を突き付けられ、中には槍を投げるものもいて、丘の斜面の土は血に染まった。
治は、それを見るのがつらくなったが、口を手で押さえ、目をきゅっとつぶった。
空では、もうすでに日は傾き始めていた。
「起きてください、将軍様!」
いきなりこんな声がして、治ははっと目を覚ます。
「ここは・・・?」
治は辺りを見回す。どこぞやの建物の中のベットに寝かされていた。傍らには兵士が二人ほどいた。黄土色の土の壁を見て、治は兵士達に尋ねる。
「ライアン城の中でございます。」
「そうか・・・。」
「将軍様はあの後、あの丘の上で、馬にもたれたまま寝てしまってございました。」
「そうか。」
治は恥ずかしそうに答える。はっと治は立ち上がり、兵士達に尋ねる。
「今、何時?」
「何時・・・その言葉はどういう意味でございますか?」
「はい?だから時間を・・・、」
「時間とは何でございましょう?」
「はい?」
いきなり兵士達にこのようなことを尋ねられ、治はびっくりした。そして、同時に感じた。ここは自分が生きている世界とは違う、そういった現実を押し付けられた感じだった。今まての事は全て夢として処理していた。しかし、もはや夢として処理する事は出来ないかもしれない。治は自らのほっぺたを引っ張る。痛い。この世界に来た事、全てが夢でないと悟った。治は、ほっぺたを引っ張った手を下ろし、窓辺の方へ歩く。外では、もう真っ暗になり、満月がさしていた。治は、涙を流した。孤独感を感じた。これは現実かもしれないと今まで思っていたが、確信することをためらっていた。しかし、これは現実であった。そう思うと、肩の力が抜けた。治は、窓枠に額を当て、泣き出した。
「い、如何致しましたか?ジカンが将軍様にとってそんな大事に、」
いきなり後ろから兵士に話しかけられ、治ははっとして顔を上げる。しかし、治は振り向きもせず、月を見たまま言った。
「しばらく、一人にしてくれる?」
「し、しかし、私達の次の指令は、」
「待機して下さい。」
「は、はぁ・・・。」
二人の兵士達は恐縮きわまった顔をして、部屋のドアを閉め去る。
ドアが閉まった音がすると、治は更に涙を流し、満月を見上げる。帰ろう。治は立ち上がった。帰ろう、家へ。いや、どうやって・・・。ふと、ケンジに「帰れない」と言われたことを思い出した。あれは現実なんだろう、現実―――・・
「将軍様?」
傍らから兵士に話しかけられ、治ははっと飛び起きる。部屋は明るい。白い。朝になったのだろう。
「あ、まだ安静にしてください、」
と、二人の兵士は治の胸を押さえる。治は兵士の顔を見る。昨日と同じ兵士である。
「あのまま窓際で寝てしまい、風邪を御引きになったようです。」
「はい・・・。」
言われてみれば頭がくらくらする。治はおでこを平手で触る。いつもよりあったかい。熱い。そう感じ、治は
「ありがとう。」
と言い、再び体を寝かせる。兵士がそっと毛布をかけてくれた。
ドアのノックがし、ドアが開く。二人の兵士が敬礼をし、二人の間からモルデス45世が姿を表した。
「おはよう。オサム、昨夜はご苦労であった。」
「はい・・・。」
治は寝たまま返事をする。その声に何か重さを感じたモルデス45世は、問う。
「寂しいか?」
「はい・・・。」
「そうか・・・、ならば、あの子をお前の妃に、」
「はい?」
治は顔を真っ赤にし、目を丸くする。この赤は絶対に風邪じゃない。ふとそういったことで頭が更にくらくらして意識が朦朧とした頃、ドアのノックの音がし、ドアがゆっくりと開く。中から、一人の兵士がでて、敬礼をする。
「王様。」
「何だ?」
モルデス45世は、兵士に問う。
「一人の少女が、王様に火急の用でございます。」
「通せ。」
「はっ。」
兵士は礼をすると、部屋から出ていく。




