南蛮時計騒動
この話は一応歴史ものですが、かなり破綻した話ですので常識を捨ててお読みください。
時は一五九七年。戦国の世は一人の奇人によって終止符を打たれた。その人物とは織田信長でも豊臣秀吉でも徳川家康でもない。
日本全土を統一し、平穏? を作り出したその人物は髪が異様に薄く、後頭部少しが出っ張っているという奇怪な容姿をしていた。その人物の名は頭髪晃司……。
※この話は頭髪晃司が主人公ではありません。
主な登場人物の簡単紹介
斎野毛根・・・今回の主人公。“自称”頭髪家筆頭家老を名乗るバーコード肥満短足中年。至上稀にみる自惚れ屋。武勇と奇襲が少し優れているが、それ以外は全くの疫病神。大貫と茂以外の全員が嫌っている。余談だが、弟の禿蔵は兄と違って名将かつ性格も温厚である。
大貫鬼蔵・・・身の丈二メートルを超える赤鬼とまで呼ばれた頭髪家随一の猛将。反面、力攻めや突撃の事しか頭にない。性格は短気で、些細な事で暴れだす。茂とは義兄弟を交わした仲であり、ともに斎野を親父様と呼んで慕っている。
斯波茂・・・大貫の赤鬼に対し、青鬼の茂と呼ばれるほどの猛将。大貫よりは“若干”頭がいいが、基本的には考えも性格も大貫と同じである猪突猛進馬鹿。涙腺がゆるく、興奮すると鼻血を出す。落花生と言うあだ名がある。
荒井説蔵・・・性別不明。男なのだろうが口調が婆くさく、皆からババアと呼ばれているため女なのかもしれない。元は延暦寺の見習い僧であったが、あろう事か仏像を全て破壊した挙句に自分を神だと名乗ったため追放。そのあとは新たに『説教』と言う宗教を生み出した。名前の通り神だと名乗る荒井自身が説教するのだが、最低三日はかかるため生き延びる者はまずいない。
田中痰介・・・痰を吐き散らす奇怪な老人。内政や軍略などで力を発揮する軍師タイプ。能力は優れているのだが、時折自分は総理大臣の正当な後継者であるとか、児玉は国民をたぶらかしている、など奇怪な言葉を発する。なぜこんな事を言うのかは不明。
犬石出っ歯・・・“自称”皇帝を名乗る日本最大の愚将一族の筆頭。野望だけは人一倍高いが、能力に関して言えば全てにおいて出っ歯に負ける者は存在しないほど低い。声が馬鹿でかく、名前の通り出っ歯である。
長宗我部俊耶・・・奇人、変人、不可解。独特の口調で喋るため、何を言っているのかさっぱり分からない。また田中と同じく、おやつだつのお小遣いだのファーストクラスだの違う時代の言葉を出してくるのだから理解する事は不可能に近い。温厚で憎めない性格のためか、人望は高い。迷子の天才。
相良慎平・・・ストーカー。隣国の島津智明に頼りっきりのボンボン。自称智明の大親友と名乗っているが、智明自身は慎平を親友だと思った事は一度もない。むしろ嫌っている。何を行動するにもまず智明に相談しないと動けず、祈祷で智明に助けを求めるが無論成功した事はない。もはや智明なしには生きていけないほど依存している。一応温厚な性格だが、俊耶と違って人望はない。
「全くもってけしからん! この天下の名軍師、斎野毛根を愚弄するとは」
いまや天下人である頭髪晃司の居城として名高い禿山城の廊下を、無駄にでかい怒鳴り声を上げながら移動していく人物がいた。“自称”頭髪家筆頭家老を名乗り、頭髪家最大の疫病神としてその名を全国に轟かせている斎野毛根である。
斎野は元々尾張を縄張りとする山賊だった。話すと長いので省くが、晃司に出会ってタコ殴りにされた後、斎野はなぜか晃司を尊敬してしまう。それ以来僅かながらの活躍と数え切れないほどの失態をしながら頭髪家に寄生虫の如くいついている。
「一度、あの青瓢箪にはきっちりわしの偉大さを……ん?」
斎野の怒鳴り声が途切れ、二歩ほど前を向いたまま後ろに下がる。今横切った無人の部屋である物を目にしたからだ。自分が目にしたものを確認するために、斎野は無礼にも人の部屋に勝手に入っていく。まあ、誰がいても勝手に入っていくだろうが。
「これは……」
目にした物を手に取り、不細工な中年面を近づけてまじまじと観察する。それは奇妙な字が円盤状に十二個並んでいた。さらに円の中心からは長い針と短い針がバラバラに並んでいる。世に言う南蛮時計というものだ。
「ほう、これが南蛮物という物か。これも晃司様が“わしに”下さる褒美の一つに違いないが……」
図々しくもすでに自分が貰う物だと決めつけている斎野。この南蛮時計は先日登城したルイス=フロイスという宣教師が晃司に謁見した際、献上した南蛮物の一つであるため、斎野が貰うなどという事は間違ってもない。
「しかし実に奇妙なものじゃ。一体どういう物なのじゃ?」
南蛮物を初めて目にする斎野は南蛮時計がどういった物なのか知らない。そもそも南蛮人などの存在を知ったこと自体つい最近である。
「そこで何をしている斎野!」
不意に怒鳴り声で自分の名を呼ばれ、慌てて振り返ると頭髪家三宿老と呼ばれる者の二人である、怒螺衛門と奇転劣殺助が立っていた。
この二人はもう一人の宿老である駄夷爺主水と共に頭髪家三宿老という晃司の側近中の側近であり、晃司から絶大な信頼を寄せられているお気に入り武将だ。
三人の中は良好で、互いに頭髪家を盛り立てるために主水は軍事を、衛門は計略を、殺助は内政を主に担当している。自称筆頭家老の斎野とは別格の人物だということだ。
「これは衛門様に殺助様。わしに何か用がおありで?」
「用も何も貴様こそ人の部屋に勝手に入りおって。一体何用じゃ?」
不機嫌な表情を隠しもせず、最もな意見を述べる殺助。一部の武将を除き、斎野と会話することは誰もが避けたがっている。それほど斎野と関わるとろくな事がないのだ。
「廊下を通っておりましたらこの南蛮物が目に入りましてな。いずれ晃司様が“わし”に下さる物ゆえ、先にいかなる物か確認しておりました次第です」
殺助の部屋に無断で入ったことを詫びもせず、あろう事かその部屋にあった家宝級の物を自分の物だと当然のように言い放つ。斎野の図々しさは今に始まったことではないが、衛門と殺助は呆れ果てて呆然としてしまう。
(こやつ、また自惚れた勘違いをしているな)
(どこからそんな考えが出てくるものやら)
呆然としている二人を見ていた斎野が、突如“がっはっはっはっ”と下品な笑い声を上げた。どうやらまた何か勘違いをしたらしい。
「衛門様も殺助様もその様にわしの事を羨ましく思うのも無理はないですが、お二人様にもいつか褒美が貰える事でしょう。最も、わしには劣りますがな。がっはっはっはっ」
身分が上である者に対して無礼極まりない発言を言いまくる斎野。さすがにこれには衛門と殺助の堪忍袋の緒が切れた。
「「この阿呆が!」」
「ベブシッ!?」
衛門と殺助の拳が、斎野の顔面を左右からクリーンヒットする。斎野の体は勢いよく回転しながら空中に浮き上がり、背中から落下した。衛門も殺助もよくここまで我慢できたものである。晃司や駄夷爺主水なら、斎野と出会った瞬間に殴っていることも珍しくない。
「ぐおぉぉぉ……衛門様に殺助様。この天下の名宰相である斎野毛根に、何か落ち度でも?」
鼻血を噴き出しながら訳の分からないことを呟く斎野。ちなみに宰相とは古く中国で、天子を補佐して大政を総理する官のことである。つまり斎野と宰相は何の関係もない。
「黙れ! 貴様の落ち度など挙げれば限がないわ! おまけに私の部屋を貴様の下品な鼻血で汚しおって、さっさと立ち去れ!」
「ひ、ひいぃぃぃ」
殺助のあまりの剣幕に、斎野が情けない声を上げる。いつもは温厚であるはずの殺助が、ここまで怒りを表すことは大変珍しい。怒りの原因である斎野は当然として、隣にいる衛門までもが殺助の怒りに圧倒されていた。
殺助の逆鱗によって腰を抜かした斎野が、四つ這いになりながら退室しようとする。だが不意に衛門が斎野を呼び止めた。
「待て斎野。貴様に頼みごとがある」
その言葉を聞いた殺助は驚いた。そりゃそうである。斎野に頼み事をするなら、子供に頼んだ方が数倍マシな結果になるからだ。
合戦時は“多少”役に立つが、それ以外では疫病神以外の何者でもない斎野に頼み事をすること自体間違っている。
「正気か衛門? 主命のほとんどを最悪の結果に終わらせてくる斎野に頼み事をするなど、気が狂ったとしか思えない。考え直せ衛門」
言い過ぎじゃないかと思うかもしれないが、殺助の忠告は正しい。だが衛門は不敵な笑みを浮かべると、殺助の耳を近づけさせてそっと胸の内を打ち明けた。
「心配するな。わしはただ、あの事を頼むだけだ」
「……!?」
あの事という言葉を聞いた瞬間、殺助は衛門が何を考えているのか理解した。と同時に改めて衛門の智謀の高さに驚かせざるを得なかった。さすがは頭髪家の政略・計略・謀略を担当しているだけの事はある。
殺助に自分の考えを理解させた衛門は、不気味な笑顔を浮かべながら斎野に話しかける。
「斎野、実は我らには困った事があるのだ」
「なんでしょうか? わしが羨ましすぎて困ったという事でしたら……」
「黙れ」
殺気を含んだ衛門の一言により、斎野は震え上がりながら黙り込んだ。
「貴様が先程持っていた物は南蛮時計という物だ。これは時を知らせる物らしいのだが、先日晃司様が……誤って壊してしまったのだ。」
衛門は“誤って”と説明しているが、事実を言うと使い方をいまいち理解していなかった晃司が、苛立って思いっきり床に叩き落としたのが原因である。その事を誤魔化すように衛門が咳払いをして話しを区切り、変わらない事務的な口調で続きを話し出す。
「我ら三宿老はこの南蛮時計の修復を命じられたのだが、どうも我らには構造が理解できない。そこでだ、我々はこの問題を解決できるのは一人しかいないという結論がでた。それが……」
「この天下一の技巧家、斎野毛根しかいないという事ですな。お任せくだされ。その南蛮時計とやら、わしにかかれば瞬時にでも修復してごらんにいれましょう。がっはっはっはっ」
山賊上がりで芸能(詩歌・音楽・絵画・工芸・書道・生花・茶道など)センスの欠片もない、ましてや不器用で短気な斎野がいつ天下一の技巧家になったのかはさておき、斎野はまんまと衛門の計略にはまった事に気づいていなかった。
衛門の話しは南蛮時計の修復を命じられるところまでは本当である。ゼンマイという仕組みが分からなかった衛門たちは、どうすればよいか分からなかった。南蛮人に聞こうにもすでに帰国してしまっている。職人や商人に聞いても分かる者はいなく、もはや万策尽きたかに思われた。
だが斎野が南蛮時計を持っているのを見た衛門は閃いた。どうせこのまま修復できずに晃司の怒りを受けるなら、その責任を擦り付けてしまえと。
その最適な人物が斎野であった。斎野ならばちょっと褒めれば馬鹿みたいに喜んで引き受けてくれる。恐らく南蛮時計は修復どころか原型すら止まらず返ってくるだろうから、晃司には斎野が勝手に壊したと報告すればいい。斎野という名前が出た時点で、誰もが斎野が壊したと信じることは分かりきっている事だ。
もし万が一にも直してしまった場合は、普通に自分たちが直したと報告すればいい。斎野がいくら自分が直したと言ったところで、誰も信じはしない。
成功しても失敗しても自分たちが損する事はない。これが衛門が考え出した計略だった。計略にのせられたとは露にも思っていない斎野は南蛮時計を受け取り、馬鹿笑いをあげながら殺助の部屋を去っていった。
その光景を二人は不敵な笑みを浮かべながら眺めていた。
「で、それが俺だとどだな関係あんの?」
そこそこ広い部屋の上座に座っている斎野に対し、下座に座っている一人の者がへらへらしながら不思議な言葉遣いで問いかけた。
この人物の名は長宗我部俊耶。かつては土佐(とさ、今の高知県)を拠点に四国全土を制圧し、四国の蓋、土佐の出来人などという異名を持つほどの名将だった。
だがそれもつかの間。晃司の四国出兵に敗北し、領地も土佐一国になってしまう。それから突然人格が変わってしまい、迷子になる、へらへらと意味の分からないことを呟く、お菓子やお小遣いをねだるなど、愚将としかいえない人物に変わり果ててしまったのだ。
俊耶の一門や家臣団は名将だった頃の俊耶に戻そうと一致団結して並々ならぬ努力をしているが、一向に戻る兆しは見えていない。
「そ、そうですよ。僕と智明君には、何の関係もない話しじゃないですか」
俊耶の隣に座っている人物がオドオドしながら言う。この人物の名は相良慎平。性格は俊耶と類似しているところが“少し”あるが、俊耶と慎平の決定的な違いは二つある。
一つは人望の有無。俊耶は憎めない性格のためか、人望はかなりある。だが慎平は人望が皆無といってもいい。慎平は俊耶と違って名家だが優れた将だったわけでもない。領地も肥後(ひご、今の熊本県)の一部だけだ。
そして二つ目が……簡単に言えばストーカーである。先程の慎平のセリフにも出てきたが、慎平は隣国の島津智明という人物に異常に執着している。何かあるたびに智明に助けを求めるその姿は情けないにも程がある。
そしてなぜこの二人がいるかというと、無論斎野が呼び出したからだ。殺助たちと分かれたあと斎野は自室に戻って南蛮時計を調べ始めたのだが、不器用で南蛮物に対して無知な斎野に複雑かつ精密な南蛮時計の構造が分かるはずもなかった。
「なぜ前の副将軍たるわしが、こんな下らない事をしなければならないのじゃ!」
自分から自信満々に承諾したくせに何を言うかこの中年は。それと勝手に前の副将軍などとほざいているが、山賊上がりで幕府の役職にすらついていない斎野が将軍になるなど、天地がひっくり返っても在りえない。しかも前の副将軍と中途半端な自称だし。
キレた斎野は危うく南蛮時計を破壊する所だったが、さすがにそれだけは思い止まった。さすがに年中殴られているため、直感的にそれだけはしてはならないと思ったのだろう。
そのあと斎野は直ちに大貫と茂を使い、禿城に登城している武将を強引に呼び寄せようとした。自分で出来なければほかの者にやらせればいい、そして手柄は独り占め。衛門と全く同じ事を考えついたわけである。
だが集まった者(無理やり連れてこられた)は上記で紹介した二人だけだ。どう考えても“使えない”の四文字しか浮かび上がってこない面々である。
「まったく……。わしの話が聞こえなかったのか? 本当に役立たずじゃのう」
お前に言われたくない。
「貴様ら! 親父様(斎野)の考えが読めぬとは、愚か者にも程があるわ!」
「大貫の言う通りだ! ここで成敗してくれる!」
訳が分からん理由で大貫と茂が罵声を上げると、あろう事か真剣を抜いて俊耶と慎平に襲い掛かった。城内での抜刀は禁忌中の禁忌行為だが、怒りで我を忘れている今の二人にはそんな常識は通じない。そもそも怒る理由すら不明である。
「な、なして怒るんだず!」
「智明君、助けてくれ〜っ」
情けない悲鳴を上げ、突然襲い掛かってきた大貫と茂から逃げ回る俊耶と慎平。勝手に連れて来られ、実質的権限が全くない斎野に強制的に仕事を押し付けられ、挙句に殺されそうになるのだからいかに斎野と関わるとろくな事がないかが理解できるだろう。
「まあ待て大貫、茂。そんな事をするためにこやつらを呼んだのではない」
偉そうに大貫と茂を制する斎野。その言葉で大貫と茂は怒りを納め、白刃を鞘に収める。俊耶と慎平はホッと安堵の息をついた。
「わしとて貴様らの様な阿呆に頼みたくなどない。だがこれは晃司様のご命令なのだ。終われば相応の褒美も出ることじゃろう。それまでは素直にわしの命令に従え!」
なんとも傲慢無礼な頼み方である。当然俊耶と慎平は拒否したかったが、それはできなかった。なぜなら拒否した瞬間、確実に大貫と茂が斬りかかってくると分かっていたからだ。哀れである。
「わがっだわがっだ。手伝ってやっず」
二人が承諾した事に斎野が下品な笑みを浮かべる。それが合図であったかのように、茂が南蛮時計を二人の前に持ってきた。
「今日中にそれを直せ。失敗は許さん」
斎野が無茶難題な事を言う。南蛮人にしか分からない構造をしている時計を、どうやって今日中に直せと言うのかこの中年は。
当然反論しようと慎平が口を開く前に、俊耶が意外なことを言った。
「しょうがねぇずねぇ。ちっと貸してみ」
目の前に出された時計を持つと、俊耶は立ち上がって部屋を出て行こうとした。どうやら一人で直すつもりらしい。
「俊耶君一人で直せるの? 僕と智明君なら一秒で直せるのに」
なんだかんだいって、斎野と慎平は似たもの同士である。
「まがしとけ。こう見えても俺、小学校で工作は”大変よく出来ました”だったんだじぇ」
慎平の問いに、俊耶が意味の分からない答えを言いながら部屋を出て行った。残された四人は俊耶の行動に戸惑っていたが、
(まあ大丈夫だろう)
と楽観的に待つことにした。それが最も最悪な展開になるとも知らずに。
一時間後、斎野たちがいる部屋のふすまが急に開いた。それまで暇つぶしに慎平をいじめていた三人は驚いてふすまの方を見ると、そこにはうつむき加減の俊耶が立っていた。
「ど、どうした俊耶。もしかして直ったのか?」
斎野の台詞に大貫と茂は目を輝かせて近寄った。ただでさえむさ苦しい無骨な野郎二人が顔を近づけているだけで気持ち悪いというのに、茂にいたっては興奮のあまり鼻血まで出している。
だがそんな事を気にすることなく、俊耶は少し焦った口調で喋り始めた。
「あ、あのよう。こういうのは、皆で頑張った方がいいと思うんだ。俺一回ドイツさいったんだずぅ。ほら、ドイツって工業が盛んな国だべ? だからよ、おれよ、尊敬する独裁者さ聞きいったんだずぅ」
戦国時代なのになぜドイツなどという国が出てくるのかなど、突っ込みどころ満載の話しを喋り続ける。もちろん俊耶の話を聞いていた斎野たちは意味が分からんというような顔を浮かべてた。俊耶はかまわず話を続ける。
「そしたらよう、アウシュビッツ収容所さ入れらってよう、なんかそしたらイギリス軍の空爆にあってよう、独裁者が自殺したんだず。まぁ俺はそのおかげで牢屋から出られたんだけどよ。そのおかげで、時計がこんな事になってしまったんだずぅ」
そう言って俊耶は部品の山と化した時計を斎野に投げつけた。呆然としていた斎野はそれを回避する事はできず、見事に顔面に命中して部品もバラバラに散った。
「な、何をするか貴様!」
大貫と茂は今にも殴りかかりそうな勢いで俊耶を怒鳴りつけた。
「わざとじゃねんだずぅ。文句あるんならイギリス軍さ言ってけね?」
「さっきから訳の分からん事をほざきおって! そこに直れ! 叩っ斬ってくれる!」
茂は鼻血を噴出しながら俊耶に斬りかかった。
「うわ〜」
俊耶はその壮絶な斬撃を情けない悲鳴を上げながら紙一重でかわした。
「逃げるな!」
茂が無茶苦茶な事を言いながら俊耶に襲い掛かる。しかし、俊耶はちょこまかと動き回り、その斬撃は当たらない。
「し、慎平。たすけてくれ〜」
俊耶が慎平に助けを求めたが、先程斎野たちにボコボコにされていたため、床の上でピクリとも動かない。おそらく夢の中では智明に関する夢を見ている事だろう。
「おのれ! この天下の名軍師、斎野毛根に向かって物を投げるとは何事だ!」
顔面に時計の部品が直撃した斎野は怒り狂い、逃げ回っている俊耶に掴みかかろうとした。その瞬間、茂が俊耶の首を刎ねようと刀を横一文字に振り払った。
俊耶はそれを間一髪で避ける。しかし、その斬撃は勢い余って俊耶の背後にいた斎野の髪の毛を削ぎ落とした。
「「「!!?」」」
……時が止まった。先程の騒々しさから一変し、静寂だけがその場を支配している。なぜたかが斎野の髪の毛ぐらいでこのような重苦しい状況になっているかというと、頭髪家にとって髪の毛とはある意味神と同じほどの代物だからだ。
時の天下人であり、斎野たちの主君である頭髪晃司は髪の毛が異様に薄い。晃司に対して髪の毛の話題は禁忌中の禁忌であり、下手をすれば命すら落としかねない。事実、合戦中に晃司の髪の毛が一本抜け落ちたとき、晃司は形容しがたいほど怒り狂って三百の敵軍を一人で打ち破り、城を攻め落としてしまった事もあるのだ。
もし斎野の髪の毛ではなく、晃司の髪の毛だったら……。そんな思いが皆の脳裏に過ぎり、誰もが言葉を発さない。だが一人だけその空気を読めない人物がいた。静寂なる沈黙を破ったのは、やはりこの男である。
「ずいぶん頭涼しくなったねぇ」
俊耶が言ってはならない事を言ってしまう。斎野の怒りは爆発した。
「よ、よ、よくも天下の名軍師の髪の毛をぉぉぉぉっ!!!」
斎野の怒声が部屋中に響き渡る。その眼には一筋の涙が流れていた。斎野がへらへらしている俊耶に掴みかかろうとしたそのとき、“がばっ”とふすまが勢いよく開いた。そこに立っていたのは……。
「騒々しいですよ。馬鹿じゃないですかあなたたち。私のありがたい説教で、身も心も落ち着かせなさぁい」
「そうじゃ。我が田中内閣に入って、わしと共に児玉を打倒しようではないか」
意味が分からない事を言いながら二人の中年が部屋に入ってきた。頭髪家年寄り衆の荒井説蔵と田中痰介であった。二人は斎野と俊耶の間に割って入り、怒り狂う斎野を制した。ちなみに斎野の髪の毛を削ぎ落とした茂はというと、
「俺が……っ、俺が……っ、親父様の……っ、髪の毛を……っ」
涙と鼻水と鼻血でぐちゃぐちゃに顔を歪めながら後悔の言葉をぶつぶつと呟いていた。それを見た大貫が、
「お前のせいじゃない。お前の責任は俺の責任でもあるんだ。」
矛盾する慰めの言葉をかけていた。その間、斎野が自分の髪の毛が俊耶のせいで削ぎ落とされた事を荒井と田中に話していた。
「安心しなさい。後で私があなたにありがたい説教をしてあげます。そうすれば、あなたの髪の毛はたちどころに生えることでしょう」
根拠もない事をほざきまくる荒井。普通ならば誰もそんな事は信じないのだが、髪の毛を取り戻すためなら藁にでもすがりたい今の斎野を納得させるには十分効果があった。
「そうか、では後で頼んだぞ。それから……」
斎野は床に散らばっている部品の山と化した時計を指差した。
「おまえら、あれをなんとかせい」
田中と荒井は斎野が指差した時計の破片を見て首を傾げた。
「はあ? なんですかあれは? そんな事よりも私の説教を聴きなさぁい。それだけであなたは救われるのですよ。ただでさえあなたは地獄息決定なのですから」
「そうじゃ。そんな物で遊んでおる暇があったら選挙の投票に行ってこい。そして我が田中内閣に入れるのじゃ!」
勝手な事をほざきまくる荒井と田中。それと田中は投票しろと言っているが、選挙以前に政党すら存在しない戦国時代の日本の一体どこに投票しに行けばいいのだろうか?
「だまらっしゃい! 頭髪家筆頭家老であるわしが、一方の大将を勤めずにどうする!」
斎野は斎野で話が全くかみ合っていない。それと何回も言うが斎野は筆頭家老ではない。三人はしばらく訳の分からない口論を続け、その間俊耶はおやつの金平糖を食べながらのんびりと口論を観賞していた。
言い争うこと約三十分。やっとこのままでは話が進まないと気づいた斎野は、荒井と田中に時計の事を説明した。
「結局あなたが悪いんじゃないですか」
「そうじゃ! 貴様のせいで我が田中内閣は打倒されたのじゃ!」
「バーカバーカ」
荒井、田中、俊耶は言いたい放題に斎野を罵倒する。しかし荒井と田中はともかく、直接時計を壊した俊耶は罵倒する資格はない。ちなみに慎平はまだ気絶している。
「うるさい! わしは頭髪家筆頭家老じゃぞ。貴様らがこの時計を直せば、この問題は解決したも同然じゃ!」
当たり前の事を大声でほざく斎野。田中は舌打ちをした。
「で、どうやって直せばよいのじゃ?」
「そんなこと、貴様らで考えろ!」
斎野の勝手な言葉に田中がキレそうになったが、その前に茂と大貫が威勢よく提案した。
「親父様、ここはやはり力攻めしかござるまい!」
「大貫の言う通りだ。先陣は俺が引き受けた!」
時計のどこを攻めるつもりなのだろうかこいつらは。
「とりあえず、部品を組み立てて見ましょう」
荒井は床に散らばった時計の部品をかき集めた。
「最もじゃな」
斎野の言葉を無視し、五人+気絶している役ただず一名による組立作業が開始された。設計図もなかったため、作業は想像以上に難航した。途中で何度も口論になり(主に斎野が原因)、諦めかけた事も何度かあった。
それでも皆の根気や俊耶の不思議な知識などのおかげにより、悪戦苦闘しながらも三時間後には五人の奮戦が実ってようやく時計は完成間近まで修復されていた。
「やればできるものだな」
田中が感心たように言う。
「私の説教のおかげですね」
荒井が馬鹿な事を言う。
「なにをほざくか。わしのおかげじゃ。皆のもの、わしの前にひれ伏せ」
斎野はそろそろ死んだ方がいいと思う。
「んじゃ、最後の部品をはめるとすっか」
俊耶が最後の部品を手に取り、時計にはめようとしたまさにその時、廊下の方から“ドタ、ドダ”とやかましい足音が聞こえてきた。
「なんだ?」
五人は何事かと思い、廊下のほうを見た。次の瞬間、ふすまが豪快に吹き飛び、汚らわしい者が部屋の中に飛び込んできた。そしてあろう事か、その汚らわしい者は直りかけていた時計を吹き飛ばし、再びバラバラの状態に戻したのである。
「「「ああああああぁぁっっっ!!」」」
五人の心からの叫び声が場内にくまなく響き渡った。その汚らわしい者はゆっくりと立ち上がり、まだかろうじて半分形を保っていた時計を蹴鞠玉の如く蹴飛ばした。時計は再びバラバラになった。
皆の努力を無に帰した不届き者は誰であろう、日本最大の愚将と言われている犬石出っ歯である。出っ歯は彫刻のように固まっている五人を見回し、口を開いた。
「なんだお前ら?」
お前こそなんなんだ。
「……やがんだ」
五人は肩を震わせ、小さな声で何かを呟く。
「あぁ? 何言ってんだ? 俺は“皇帝”だぞ。もっとでかい声でしゃべろ馬鹿」
出っ歯のアホな言葉を引き金に、五人の怒りは爆発した。
「何しやがんだ馬鹿やろう!!!!!!!!!」
五人は天地を揺るがす怒声を発したあと、一斉に強烈な拳を出っ歯の顔面に炸裂させた。出っ歯は自慢の出っ歯が折れ、鼻血を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「ふ〜ん、そんな事をやっていたのか」
あのあと皆からたこ殴りの刑にされた出っ歯は、斎野たちから時計の事を説明させられた。ちなみに折れた出っ歯は再生している。
「分かったなら貴様が直せ」
斎野たちの怒りが収まらないが、ここで怒っても仕方が無いので出っ歯が手伝うことで妥協した。
「えぇ〜。俺いま入れ歯と差し歯と虫歯でかくれんぼしてんだよ。皇帝様の遊戯を妨げる気か?」
幼稚な理由で不満を言う出っ歯。ちなみに入れ歯、差し歯、虫歯とは同じ出っ歯の一族であり、全員まとめて犬石愚将一族と呼ばわれている。これに対し犬石名将一族という者たちもいるが、これについてはまた別の機会に話すとしよう。
「うるさい! わしが真の始皇帝じゃ」
お前が真の始皇帝なら歴史上の始皇帝は何なんだ。
「わかったよう。手伝えばいいんだろう」
拒否すれば先程のように殴られると予感し、出っ歯はしぶしぶ承諾した。二回目ということもあり、組み立てる手順は一通り覚えていた。
だがやり直しの作業と言うのはそれだけでやる気をなくすものである。二十分ほど経ったころ、斎野と出っ歯は作業が飽きて自分の阿呆な自慢話をしていた。ちなみに慎平はまだ気絶している。
だが残りの者は諦めなかった。そして日が完全に暮れ始めた頃、ついに時計の修復作業は完了した。
「「「完成した!!」」」
俊耶たちが歓喜の声を上げた。それを聞いた斎野が、
「お、完成したか。わしのおかげじゃな」
と当然の如くほざいた。いつもならここで否定するのだが、荒井たちはなぜか否定しない。むしろ、
「そうです。あなたのおかげですよ」
と逆に斎野を褒め称えた。斎野を褒め称えるという光景は、正直不気味以外のなにものでもない。ちょうどそのとき今まで気絶していた役立たずの慎平が起き上がった。
「あ、完成したんだ。僕と智明君の厚い友情のおかげだね」
何を寝ぼけた事をほざいているかこいつは。慎平は智明と自分が時計を直す夢を見ていたため、それが現実だと思っている。
だが荒井たちはそれすらも否定しなかった。
「そうじゃ。お前らの働きは総理大臣のお墨付けじゃ。もっと胸を張らんかい」
この時代に総理大臣のお墨付きなど貰っても全く自慢にならない。慎平は意味が分からないながらも照れていると、俊耶から修復させた時計を渡された。時計は元通り修復され、針もきちんと動いている。
「それはよ、おめえだちが晃司君さ持ってけ。良い手柄になっど思うがら」
俊耶はいつにも増して気持ち悪い笑みを浮かべている。俊耶だけでなく、荒井も田中もどことなく不気味な笑みを浮かべている。
鋭い人物なら何かを企んでいると予感しただろう。だが皆から褒め称えられて有頂天になっている斎野と慎平がそんな事に気づくはずもなかった。
「がっはっはっはっ。ようやく貴様らにもわしのすごさが分かったようだな。これからはもっと尊敬せい! それでは慎平行くぞ」
「はい!」
斎野と慎平が馬鹿笑いをあげながら、意気揚々と部屋から出て行った。ちなみに出っ歯は途中でかくれんぼに戻っているため、大貫と茂は晃司に呼ばれているためこの場にはいない。
斎野と慎平が去ったあと、俊耶、荒井、田中の三人は気味の悪い笑みを浮かべていた。
“バッーン”
禿城の天守閣から一発の銃声が響く。別に誰かを撃ったわけではない。新型の鉄砲の試し撃ちに、衛門が空に向けて撃ったのだ。
「衛門、試し撃ちはいいが人に当たらないようにしろよ」
衛門たちと同じ三宿老である駄夷爺主水が衛門に注意を促す。
「分かっておる。そろそろ終わらすところだ」
鉄砲に新たな火薬と弾を装填しながら衛門が言う。
「晃司様、この漢字は“ばんみん”と読むのですよ」
「じょ、じょうらく?」
晃司の教育担当である殺助は、晃司の読み書きを教えている。しかし覚えている文字が上洛(じょうらく 京にのぼる事)しかない晃司は一向に他の文字を覚えない。
そのとき廊下からやかましい足音と共に、
「晃司様〜!」
と一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「晃司様! お喜びください! この天下一の賢者、斎野毛根が見事南蛮時計を修復させましたぞ!」
ドカドカとやかましい足音と共に、斎野と慎平が部屋に入ってくる。それを晃司たちは嫌そうな顔で見つめ、重苦しいため息をついた。
「南蛮時計がどうしただと?」
主水が威圧的な口調で斎野に問いかける。慎平はその並々ならぬ気迫に震えたが、斎野はそんな事を気にするまでもなく答えた。
「ご覧下され! この天下一の器用人、斎野毛根が“一人”で南蛮時計を修復させましたぞ!」
いちいち天下の〜というアピールがうざったい。しかもほとんど何もしていないくせに一人で直したと言っている。もちろん晃司たちは斎野の言葉を信じていない。
斎野が掲げた南蛮時計を主水が手にとって確認する。外見だけでなく中身も全て元通りに修復されていた。
主水は斎野を無視して後ろにいる慎平に問いかけた。
「よくやった。これの修復を手伝った者は他にいるか?」
「ですから主水様、これはわし一人で……」
“ボコッ!”
主水の正拳突きが斎野の顔面にめり込んだ。斎野は鼻血を噴出しながら吹き飛び、後方で呻き声を上げながら悶えている。
慎平は主水の気迫に脅えながらも答え始めた。
「え、えっと。僕と智明君の他には斎野殿、大貫殿、斯波(茂の苗字)殿、荒井殿、田中殿、俊耶君が手伝いました。でも僕と智明君の厚い友情のおかげで……」
「わかった。ご苦労であった。後で褒美を……」
慎平の最後の言葉を聞き流し、主水が労いの言葉を言おうとしたまさにその瞬間、それは起きた。
突如主水が持っていた南蛮時計が光りだし、晃司たちがいる部屋に全てを打ち消すほどの閃光が走る。だがそれも一瞬の事であり、すぐその後に天地を揺るがすほどの衝撃と爆音が空間を揺るがした。
晃司たちは訳がわからなかった。ただ一つ言える事は、南蛮時計が爆発したという事だけである。
実はこの爆発は俊耶たちが仕掛けたものだった。何もしていない斎野や慎平を懲らしめるために、時計を修復している途中で俊耶の不思議な知識を利用して時限爆弾を作ったのである。結果は見事成功した。だがここで俊耶たちも予想していなかった出来事が起きてしまう。
衛門が試し撃ちするために用意していた火薬が今の爆発で引火し、大爆発を引き起こしたのだ。天守閣は完全に吹き飛び、禿城の本丸は一瞬で瓦礫の山と化した。無論俊耶たちも下敷きである。
「一体何が起きたのじゃ!?」
普通なら死んでいる状況だったにもかかわらず、無傷で瓦礫の山から起き上がる斎野。
「と、智明君! 僕は何もしていないよ!?」
同じく瓦礫の山から這い出てきた慎平が、言い訳するように叫ぶ。智明に何かまずい事でもしでかしたのだろうか?
「斎野、慎平……」
地獄の底から響いてくるような声が、二人の名を呼ぶ。斎野と慎平が震えながら振り返ると、そこには瓦礫やホコリで汚れた晃司、主水、衛門、殺助が殺気を放ちながら立っていた。
「覚悟はできているんだろうなぁ?」
晃司の鬼のような形相に、斎野と慎平は恐怖で身体が金縛りの如く硬直した。この後どうなったのかは誰にも分からない。ただ死以上の恐怖にあった事は確かである。
終わり
どうも。IMです。
今回は初の短編という事で悪戦苦闘しましたが、何とか短編らしきものを書くことができました。
文章レベルは評価するまでもありません。全然だめです。やっぱり短編は苦手だなぁと実感しています。
ちなみにこの頭髪家の話しは私と親友が作ったオリジナル作品で、一応本編もあります。機会があったらまたこの頭髪家の話しを出していけたらと思っています。そのときはよろしくお願いします