代用品の心理
人が群がる中心にはスロットマシンの前で立ち尽くす女性がおり、そのスロットマシンは大量のメダルを吐き出していた。運が良い事に、あの女性はたった今大金を手にしたようだ。
「じゃ、私たちもこっちで遊びましょうか?」
・・・そう言うと思った。
ジーっとその様子を眺めていたフユカは、少し先の自分に希望を抱いて目を輝かせている。
しかし、人生そんなに都合良く行くものではない。俺はフユカと違ってちゃんと逆の事も考えている。
「俺に元手は無い。」
汗水垂らして稼いだ金を、ここであっさり摩ってしまうのは悲し過ぎる。
「えー、注ぎ込む前に切り上げてさ、少しだけやってみようよ。」
そう言って安易に手を出して、皆マシンやディーラーに巻き上げられるんだ。
「嫌だ。どうせなら他の事に使いたい。」
「ねぇ、だったら増やしてみようよ?」
「そう言うヤツは大体減るんだ。」
「ケチ、意地悪、守銭奴。」
「・・・何とでも言え。」
「ねぇ、」
「俺はしない。」
頑固なフユカに背を向けて、プールに戻るために歩き出すと、突然必死な叫びが上がった。
「リョータ、遊ぼうっ!!」
懐かしい言葉を聞いたなと振り向くと、フユカは少し涙を滲ませていた。
涙って・・・こんな事でそんな武器使うなよ。
涙と言っても、我が侭が通らなかった事による、悔し涙のような気がするのだが・・・結局、俺はこの顔に折れた。
「ねえ、あれ買って。」
「何で?」
「だって、リョータは少し儲かったじゃない。」
嵌りそうになるフユカをセーブしながら、俺たちはカジノエリアをぐるりと巡った。その成果はまずまずで、俺は少々プラスになった。一方フユカは少しのマイナスである。
そして彼女は悔しそうな様子を隠しもせずに、ショッピングエリアに俺を引っ張って行き・・・あの台詞である。
あれと言うのは、赤い石の嵌ったネックレスで・・・絶対に良心的な価格ではない。
「俺が買う理由は無いだろ?」
「えーだって、欲しいし。」
そんな理由が通るかっ!
「・・・彼氏に買ってもらえ、どうせそのうちまた出来んだろ?」
つい本音が出た直後、フユカはキッと俺を睨み付けた。
「今そんな話出さないでよ!」
確かにそうかもしれないが・・・もう遅い。どうせ引っ込みがつかないのなら、もうこの際だから押し出してしまえ。と、俺は腕を組んで向き直った。
「お前テンション変に高くてさ、無理やり騒いでる感じで・・・何か痛々しい。もっと普通にしてろよ。」
「・・・仕方ないじゃない、振られたんだから!」
おー、予想外の反撃に遭い驚いてるな。何か俺、面白くなってきたかもしれない。
「仕方がないかもしれないが、周りが気を使うんだ。・・・お前さ、俺だからってんじゃなくて、いつもこの調子なんだろ? 相手の事考えないで今日みたいに振り回してさ。だったら振られて当然だな。」
「なっ!? 何よ、偉そうな事言って・・・。」
「俺はお前の友達だけど、彼氏じゃねえっての。・・・分かるか? 遊ぶ連れにはなるけど、恋人ごっこは御免だね。」
カジノで遊んでる途中、腕を絡めてきては、ふと気づいて慌てて離れるというのが何度かあった。
俺を誰かの変わりにしたがっているのかもしれないし、癖と言えば癖かもしれない。
が・・・この手の癖は困りものだよな。俺じゃなければ勘違いするぞ?
そう、勘違いさせるのは罪な事で・・・ひょっとして、これであっさり次が出来るのか?
「ごっこって・・・。」
俺の感じていた事は図星だったのか、赤い顔を慌てて背け、そのまま黙り込んでしまった。
・・・さすがに調子に乗って言い過ぎたか?
「あー、フユカ?」
「仕方ないじゃない・・・ここ来たかったんだもの。」
ごめん、それだけではまったく話が繋がらない。
「ここって、今いるこのホテルがどうした?」
「リアンと来る筈だったの! ・・・でもその前に振られちゃったから。・・・でもここには来てみたかったから・・・。」
リアンとはもちろん元彼の名前だ。同じ大学の学生なので知らない訳でもないが。親しい仲でもない。
だからここがいいって、あんなに主張してたって訳だな。
・・・理由も原因も、判明してみれば単純なものだ。
溜息を一つ落として、組んでいた腕を解いた。
「別に理由はどうでもいいんだけどさ、せっかく来たんだから楽しめば? 意地になってもしんどいだけだろうし、そんなお前に振り回されるの俺イヤだから。」
正直疲れる・・・そう、今みたいに精神的に。
「・・・ごめん。」
いいたい事を言わせてもらった俺に対し、フユカはしおらしく謝るが、俺はそんな事を求めちゃいない。
「別に謝んなくていいからさ、こっから改めて楽しめ。」
そう言って、肩を2度軽く叩くと、
「言われなくても、ちゃんと楽しむわよ。」
と、手形が付きそうなほど背中を叩かれ、一瞬息が止まった。
・・・照れ隠しにしちゃキツイぞ、お前?
「じゃぁ、ミレイとジェインも誘って、あっちのゲームエリアに行きましょ。インドアにはインドアで、文句なんか言わせないんだから。」
まだ『空』という字が完全に外れた訳ではなさそうだが、元気ではある。
そして、何より囚われるのは止めたらしい。
・・・あの2人まで引きずり回す気満々なのはどうかとは思うが、負荷が分散されるのは歓迎すべき事かなと、あえてコメントは控える事にした。
・・・今日は疲れた。
疲労しきった体を畳の上に転がして、見るでもなく外に目を向けた。
窓の向こうには惑星のキャッツアイが見えているが・・・今の俺にはどうでもいい。
俺がバテているのだから、もちろんジェインも疲れ果て、傍に転がっている。
結局あの後、色々やったゲームの大半がミレイの圧勝に終わった。
格闘、射撃、シュミレーション・・・は、ジェインが最強だな。
俺がまともに勝負出来たり、勝つ事が出来たのは、直接体を動かす体感ゲームのみだ。
だから無駄に勝負を挑み、こうなった訳である。
・・・しかし恐るべきは女2人の気力と体力。
フユカは「だらしない」と俺たちをからかい。ミレイは涼しい顔をしてテレビを見ている。
そして、この時もフレアに関するニュースをやっていた。
『・・・太陽で発生したフレアの衝撃波は、コーラルとサファイアの間の宙域を外側に向け広がっています。通過して落ち着くまでの間は、航行禁止となりますので、近付かないようにして下さい・・・』
別にフレアなんて珍しい事じゃない。
ただそれにより生じた衝撃波やプラズマが。同じく発生したX線、ガンマ線、高エネルギー荷電粒子を辺りに撒き散らし、航行や宇宙空間での滞在には危険があるので注意を促す必要はある。
磁気圏により防がれた地上でも磁気嵐が起きる事があり、それは通信障害の原因になるのだ。
だからこのニュースは、そのための宇宙天気予報だ。