ピンクの惑星と青い映像
大昔の人類は、見上げる空の向こうに神の世界や死後の世界を夢想した。
340年前の人類は、空から更に抜け出すために、莫大な労力と資金をかけた。
そして今俺たちは、トルネード・カプセルの定期便に乗って、楽々と惑星の大気を抜けた。
ゲートから宇宙空間を漂うスペースターミナルに向かうには、トルネード・カプセルという装置を利用する。
逆を言えば、地上から宇宙へ飛び出すためにはこれを利用するしかない。
空気を射出して空気に渦・・・つまり竜巻を作り出し、上昇気流を利用し、さらに空気を吹き飛ばして軽くなった中心部分を、カプセルと呼ばれる乗り物で進む。
・・・らしい。
いやほら、違う分野を学ぶ一学生にはこのくらいの認識しかないんだって、飛行機が飛ぶのに航空力学を利用してるのは知ってても、航空力学についてはさっぱりだったり。物を動かすのにモーターを利用するのを知ってても、モーターの内部構造については良く知らないとか・・・そんなもんだ。
あるいはジェインなら、スラスラと語ってくれそうな気もするけどさ・・・勘弁して下さい。俺とアイツは、そもそも頭の出来が違うんだよ。
強度や耐熱の問題でカプセルに窓は付いてないが、中央に設置されたモニターには外部の状況を表示している。
・・・こういうのはデフォルトなのだろうか?
まぁ、自分がどういう状況にあるのか分からないというのは不安であるから、外が見えた方が安心といえば、そうなのだろう。
段々と離れて行く生まれ育った惑星は、ピンクの中に赤い地表が浮かび、所々に黒や白やその他の色が雑多に交じり合う人の住む世界が存在する。
極に浮かぶ氷は薄っすらと青を含む白で、暖色系ばかりの中で唯一異彩を放っている。
白い雲を突き抜けて、外の色はピンクから紫そして段々紺色へ変化し、やがて宇宙の闇へと色を変える。
なーんて、情緒たっぷりな事を並べてみたが、俺がこの景色を見るのは4度目だ。
子供の頃に3度、家族の旅行で宇宙に出た。
その時は普通のホテルで、他の惑星を見に行くツアーに参加して、それと宇宙空間で遊泳をした。あの上も下も無い違和感だらけの感覚は不思議で楽しい。
ふと周りを見ればフユカはまた眠りこけていて、ジェインはシートを倒して本を広げていた。
・・・そう本だ。
ビューアーで見るデータではなく紙で出来た昔ながらの、しかも古めかしく変色した本だ。背には『ガリレオ・ガリレイの生涯』とある。
・・・なるほど。コイツもレポートのために資料を読んでるんだな。
そしてミレイは何故か真剣にモニターを見ていた。これはよく意味が分からない。
「何でそんなに真剣に見てんだ?」
傍に寄って声をかけた。
別にこの映像は珍しい光景ではない。・・・逆に、こんなに食い入ったように何かを見つめるミレイの方が珍しい。彼女は普段こんなに必死にはならない。
もしもこの映像が見たいのなら、端末で探せば簡単に出てくる・・・もちろん俺にだって簡単に探せるぞ?
それより、ミレイがそんなに宇宙に関心を持っているとは思っていなかった。
「パーフェクトJのおかげで、今私たちはこうしてここにいるんだよなって、考えてたの。」
「・・・はぁ。」
ここでその名が出てくるとは思わなかった。
「何でそんな事考えてるんだ?」
彼女もレポートのテーマにそれを選んだんだろうか?
「気になる事があるから。・・・リョータはそれでレポート書くんでしょ? ホテル着いたら時間くれる? 私の考察に意見を頂戴。」
私の考察って何だ?
「あ、あぁ、いいけど。」
「じゃぁ、後で呼ぶから。」
いつになく積極的なミレイの態度と物言いにタジタジの俺は、よく考える余裕も無く、あっさりと承諾してしまった。
スペースターミナルからは、ホテルの所有する送迎シップを利用する。
宇宙にたくさん存在するホテルは、衛星と同じようにコーラルの軌道上を周回している。だから、いちいちレーダーで調べないと所在が解らない場所に向かうより、やはり各ホテルの送迎を利用した方が楽でいい。
コーラルを横目に見る位置をしばらく行くと、光りの漏れる大きな白い球体が見えてきた。あれが目的のホテルだ。
宇宙空間では球体が一番安定するという事で、宇宙に浮かぶ物の中ではメジャーな形である。ああいうのは大体入り口が基底部にあり、俺たちの乗る送迎シップもそこに吸い込まれるようにして収納された。
シップが完全に動きを止めると、前方左のプラグドアが開いた。
笑顔を張り付かせた送迎シップの添乗員に促されるまま、出口からそのまま繋がる通路を進みエレベーターに乗り込んで上昇すると、開いた扉の向こうに煌びやかなロビーが広がっていた。
ブラウン基調の落ち着いた色合いの中で、複数のシャンデリアが乱反射の光を撒き散らし、壁や柱の装飾を魅力的に照らし出している。
装飾の施された手すりのある螺旋の階段の傍には噴水があり、そこに浮かぶクリスタルの島に置かれた黒いグランドピアノは、無人のまま何かの曲を奏でていた。
・・・正直、俺は場違いな気分がして居心地が悪い。
眩しい光から目を逸らすと、反対側はひたすらに宇宙空間で・・・しかしそれだけだと威圧感があるためだろう、その手前には地球上の光景をホログラフにして映し出している。
もちろん実際にはこんな景色を見た事が無いが、資料映像で見たから地球だという事は判る。
青い海の中を泳ぎ回る無数の魚の群れ、赤い太陽の前を歩く動物のシルエット、ひたすらに青い空を流れ続ける白い雲。
第一世代なら郷愁を誘われるのだろうが、後の世代の俺たちには神秘の映像だ。
コーラルピンクの空と海も、それなりにきれいではある。しかしこの色には適わない。
俺が住む惑星の海には養殖以外の魚は居らず、地上にも家畜や愛玩用の生き物しか以外存在しない。
所詮あの星は加工品なのだ。
一部貨物に紛れ込んで、我が物顔にテリトリーを広げているヤツらもいるが、そういうのは害虫や害獣と呼ばれている。
『奇跡の星』か・・・青く美しい海の景色に思わず見とれた。
「リョータ、何してんの? 早くチェックインしようよ。」
しかし、そんな俺の心の内など知る由も無いフユカは、さっさとフロントに向かいチェックインの手続きを始め、物思いに浸る俺を呼んだ。
急に現実に引き戻されて何とも言えない気分だが、怒るような事でもない。
「はいはい。今行くよ。」
そう答えて皆がいるフロントに向かおうとすると、更にフユカに急かされた。
「早くっ、私色々見たいんだからね!」
彼女はいつもこんな感じだが、今日は更にテンションが高い。
何となく不自然な気がして、気になると言えば気になるが・・・旅行中だからだろうと勝手に想像して納得しておいた。
数あるホテルの中から、「絶対にここがいい!」と旅行ガイドを表示して主張したのは彼女である。理由は特に聞いていないが、別の案があるわけでもないのであっさり承認され、その後も問い質す事は無かった。
だから、それ故に期待が大きく、嬉しくて仕方がないのだろう。
ホテルマンに案内された部屋は、広い空間だった。
色合いはモノトーン。ジャポネの文化を取り入れたデザインで、パーティションとして障子や格子が利用されている。
宇宙空間を臨む窓際には、イス代わりのような畳敷きのスペースがあり、黒地に蓮の刺繍をした丸い座布団が置かれている。
黒檀のような床には、羊歯みたいな葉を持つ、白から赤へのグラデーションの細い糸みたいなのがいっぱいな・・・俺は知らない花の絵のラグが敷かれ、色の少ない室内を色鮮やかに飾り立てている。
大きなモニターの前には、いくらするのかも判らない、スタイリッシュなでっかい白のソファが置かれ、その前にはチャコールグレーの色をした、総強化クリスタルガラスのテーブルがある。足の部分にきれいな細工がされていて、これも一体いくらするのやら・・・。
寝室は2つ。それぞれにセミダブルのベッドが2つ置かれ、バスルームやパウダールームもそれぞれに付き・・・さすがスイートだ。
大はしゃぎのフユカと興味深そうなミレイはさっそく部屋の探検に行き、ジャポネの文化大好きのジェインは、畳の上に転がってその感触を満喫している。
・・・結局俺だけか? こんなに居心地が悪い気分がして、少々腰が引き気味なのは?
つくづく俺は小市民だなと苦笑してソファに座り、モニターの電源を入れ、ちょうどやっていたニュース番組を何となく眺めた。
『・・・フレアによる衝撃波に注意してください。サファイア付近の一部の宙域で航行が制限されますので、航行予定のある方はかならず宇宙航行局の発表を確認するようにして下さい。次に磁気嵐の影響ですが、コーラルに影響は無い模様です。えー、次はコーラル各地の天気予報です・・・』
フレアのニュースは予測から事後に進行していた。
方向的にサファイア付近ってのが痛いが、たぶん3日もあれば治まるだろう。
予定的にはギリギリかな・・・なんて考えていたのだが、そもそもの疲労と、移動疲れとで、そのままウトウトと寝てしまっていたらしい。
そして・・・ハイテンションの友人たちに・・・思い出したくも無い起こし方をされた。
トルネードカプセルの仕組みには、突っ込まないで下さい(^^;
ラグの花は、ネムノキです。




