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ピンクと数珠

()めてくれたジェインの親切によって、俺達は余裕で飛行機に乗り込む事が出来た。

ピンク色の海の上を飛ぶ飛行機は、何事も無く進んで行く。

・・・まぁ、何かあっても困るんだが。

モーターの低くく唸る音が防音の壁を抜け、微かに響き眠気を誘う。おかげで周りはほぼ全滅だ。けど俺は何故か眠れず・・・眠いのに神経が高ぶって眠れないってやつだな。

ジンジンする脳味噌を持て余し、イヤホンを耳に突っ込んで穏やかな音楽を流しているラジオを選んだ。前のモニターにも変化の無い外の景色を映してぼんやりと眺めた。境界線のはっきりしない空と海を延々映しているだけの退屈な映像に、寝られる事を期待している。

しかし不意に、その映像に新しい色が加わった。ピンク色の世界に所々光を返す黒がフレームインしてきたのだ。

一般にブラックリボンと呼ばれているが、これは発電施設である。ずっと日の当たる場所だけを進み続け、太陽の熱をエネルギーに変換している。

海水や波に負けない特殊繊維用いた黒く長い布を、海面に広げて引きずる姿はリボンにしか見えない。

それでも映像の景色は穏やかで退屈で、おかげでようやく意識が薄れ、ほんの少しの時間だけ眠る事が出来た。・・・そう、ほんの少しだけだ。


「っ!?」

慌てて目を開けたのは、耳に嵌めたイヤホンからものすごい音が聞こえたためだ。

心臓も体も飛び跳ねて、一瞬息が止まった。

慌ててイヤホンを外すものの、急に戻ってきた意識は体の動きとはチグハグで、状況の理解がまったく出来ない。

「おはよう。」

起伏の無いミレイの声にさらに驚き、前の席にいるはずの声の主を求めると、後ろ向きで座席に顎を付いて見下ろしていた。

「・・・な、に? もう着くのか?」

「うん、そろそろ。」

確かに前のモニターに写る映像は、海から陸に変わっている。

陸といっても人の暮らす街や、植樹された豊かな緑が広がっている訳ではなく、この星の本来の姿である赤茶けた荒野に過ぎない。

緑化もかなり進められているが、まだ手付かずの場所や、わざとそのまま残してある場所もある。この下は後者だ。航路に当たる部分なので安全のためにをわざと残してあるのだ。

骨伝道のイヤホンなので、周りに音が漏れる心配は無いが、後の人の迷惑になりそうなのでボリュームを下げておこうと前のモニターを見ると、3から10に変わっていた。チャンネルも換えられている。

「・・・あのさ、次は普通に起こしてくれないかな?」

駄目元で言ってみた。

「つまんないから嫌。」

・・・やっぱり駄目か。


ちなみに他の二人はまだ寝てて、この後それぞれ同じような目に遭わされた。



次はゲートに向かうため、再びクリアチューブに乗り込んだ。

エアポート周辺の人類文明が次第に遠ざかると、窓の向こうは飛行機のモニターで見た赤茶けた荒野がただひたすら広がっている。

「なぁこんな所に放り出されたら、どうする?」

自分がそうなったら、どうするかなんて考えもせず口にした。

何故ならそんな状況に陥るなど真っ平だからだ。

「はぁ? 突然だな。」

「俺もそう思う。ただ、外見てたら何となく怖くなったんだ。」

もし一人でこの凶暴な自然の中に投げ出されたら、一体どうなってしまうのか? 助けが来るまでやり過ごせるか? もし助けも呼べなかったら? ・・・俺には生き抜く才覚はあるのか?

「うん、確かにこんな所に投げ出されたくは無いよね。」

フユカは自分の肩を抱いて不安げな顔を窓の方に向けた。・・・だから、胸を寄せるな。気になるよその服。

「まぁ、冷静でいられればどうにかなるんじゃないか?」

ジェインは動じた様子も無く、口を開いた。

「携帯があれば助けが呼べる。場所も判る。無ければ非常用の通信装置を探す。避難施設め結構点在するしな。おまけに、わざわざこんな場所で不便な生活をしている物好きもいるし。諦めなければどれかには行き当たるんじゃないか?」

やっぱりコイツの言葉は、楽観ではなく冷静な分析なんだろう。そして何より、諦めようとはしない。

「ジェインはそういうの前向きだよね?」

「そりゃ死にたくないし。」

当然だろうとばかりにミレイに返す言葉は、おそらく生き物のすべてが持っている本能だ。だが、そのためにきちんと行動出来るヤツはそう多くない。

「昔もそう言ってたよね。ほら、地下探検の時。」

まーた懐かしい話を引っ張り出してきたな。


フユカが思い出し笑いと一緒に口にした『地下探検』とは、好奇心全開だった子供の頃の・・・まぁつまりは失敗談だ。下手をすれば皆死んでたかもしれないくらいにはヤバイ。そんな思い出である。


きっかけは猫だ。

小3の春、学校帰りの道沿いにある水の無い排水溝に、生まれて間もない・・・ように見えた、小さな猫が落ちていた。

うずくまって弱々しく鳴くだけだったから、怪我でもしてるんじゃないかって、皆で排水溝に下りてみたら、子猫はいきなり駆け出して、後を追いかけた俺たちは・・・見事に迷子になった。

俺が懐中電灯なんか持ってたのが悪かったんだ。

もしものために! なんて、子供特有の意味不明さで常備しててさ、もしもの使い方が思いっきり間違ってたんだ。

結局途中から子猫なんかどうでもよくなって、「地下探検だ!」とか言って、調子に乗って暗く入り組んだ管の中をものともせずに進んで、変化の無い状況に飽きて、帰ろうとした時にはどっちに行っていいのか判らなくなっていた。

人が入る事を想定もしていない場所では携帯が繋がる訳もなく、皆パニックに陥る中・・・ジェインだけは一人冷静だった。

俺から懐中電灯を奪い取ると足元を照らし、

「みんな、泣いてないで着いて来い。俺は死にたくないからここから出る!」

って、心強い言葉をくれた。

用心深く来た時の足跡の痕跡を探り、通った道筋の記憶を辿って無事に生還する事が出来た。

そう、まさしく命の恩人だ。

管の底に少しだけ土があったのが不幸中の幸いだった。と、当時のジェインは言っていたが、ヤツ以外はそんな事にまったく気付いてさええなかった。


「まったく、命の恩人様々だよ。」

俺がそう言って隣のジェインを拝むと、

「丸いのが足りないぞ?」

と、一瞬頭の中を疑問符が飛び交うような事を言ってくれた。

「ほら、ちっちゃい丸いのがいっぱい繋がってる輪っか。」

・・・ひょっとして、数珠の事か?

「あれは仏に祈る時の道具だから、お前が仏になったらしっかり手に()めて拝んでやるよ。」

一般にジャポネの文化は、エキゾチックだと重宝されて愛好者は多い。しかし、所詮はファッション感覚なので、正しく理解している者は稀である。

ジェインもジャポネの文化が大好きで、半端に色々と知っていたりするのだが・・・惜しいかな、微妙に何かがズレている。

「人が仏になれるのか?」

だが今日は、なかなかいい所を突いてくる。

「あぁ、死んだらな。そして仏のいる極楽浄土って世界に行って、仏の仲間になるんだ。」

善行を積んでいないと行けないとか、そうでなければ地獄行きだとか、そもそもそんな世界があるのかって事は、面倒なので割愛する。

「・・・じゃぁいい。俺まだ当分生きるつもりだから。」

眉を(しか)めるジェインの様子に、俺とフユカは吹きだし、ミレイは不思議そうな顔を向けた。

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