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旅の始まり

夏の休みは日常に押しつぶされ、瞬く間に過ぎ去った。

レポートの資料に目を通す事・・・はあまり(はかど)っていなくて、肉体労働と、呼んでいない訪問者との酒盛りで俺の体はかなりボロボロである。

バイトの予定は昨日までで、無事その予定を終え報酬を得た。しかしそれでも、今日は疲れたと言って寝ている事は出来ない。ここで寝てしまっては、これまで何のために苦労していたのかが解らなくなってしまう。


・・・何故ならば今日は、念願の旅行に行く日なのだから。



朝9時45分に寮のロビーで待ち合わせ、傍にあるクリアチューブのステーションに歩いて向かう。

大きな荷物は宅配業の老舗も老舗、地球時代から存続するグリーン・エクスプレスに頼んで先に送ってしまったので、皆軽装である。俺もジェインは普段と変わらない格好で、これから旅立つ俺たちとその辺を歩く人たちの差など判らない。

・・・しかし、女2人は少し違い、結構気合が入っている。

大きな花が咲き少し目にまぶしい色合いの、いかにもリゾート仕様のワンピースのフユカと、モノトーンのロックテイストのミレイ。

余計なお世話だと言われそうだが、一見してこの組み合わせ、傍目には同じ場所に向かおうとしているとは、とてもじゃないが思えない。


それはさておき、航程はこうだ。

寮のロビーに集合 → クリアチューブでエアポート → 飛行機でスターフィッシュ → クリアチューブでトルネードゲート → トルネードカプセルでスペースターミナル → 送迎のシップでホテル到着

こう羅列してみると、結構な航程かもしれない・・・。


クリアチューブとは、地上を行く際に利用する一般的な交通機関だ。

透明で宙に浮かぶ・・・いやしっかり支えられてはいるんだが。真空に近い状態のパイプが張り巡らされていて、その中を列車が走り抜ける。


ここドルフィンから、この星の首都や、宇宙へ出るためのゲート乗り場があるスターフィッシュに向かうために、エアポートに向かうクリアチューブに乗り込んだ。


ちなみにドルフィンもスターフィッシュも、大陸の名前である。それにもう1つ、シェルを加えたのがこのコーラルの主な陸地だ。

珊瑚に、イルカに、ヒトデに、貝。これも見た目かららしいが、第一世代は一体どれだけ海が好きなんだ? ・・・って感じだよな。


「そこ座ろう。」

張り切り過ぎてテンションの高いフユカが、迷惑無視でいきなり車内を走り出すと、BOXの席を陣取った。自由席なので早い者勝ちといえばそうなのだが・・・ここですかさずお約束の突込みが入る。

「車内は走らない。」

ミレイがさっきキオスクで買っていた、フローズンライムソーダのカップをフユカの胸元に当て、フユカは声にならない悲鳴を上げた。もちろん服の上からでは無く直接だ。

・・・さすがミレイ、容赦が無い。

こいつの突っ込みは厳しく激しい。

そんな事より俺は、フユカが胸元の広く開いた服を着ているという事に気付いて、何となく気恥ずかしい気がしてきた。

「小学生でも知ってるような事を、大人がするんじゃないの。」

正論を吐くミレイは、それでも平然とフユカの隣に座る。

恨みがましい目で抗議するフユカと、それでも結局仲の良い2人に苦笑しながら、ジェインと俺はその正面に座ると、どちらの味方にもなる気はないとばかりに・・・その実は胸元を見ないように車窓に目をやった。向こう側はまだステーションだが、窓には案内の文字が流れている。

本日の天気は晴れ。エアポートへの到着予定時刻は10:37。

他にも、主要な街への到着予定時刻が延々と流れ続けていたが、やがてリズミカルなベルの音が響き、車両は滑るように動き出した。


景色はあっという間に市街になり、閑散とした野となり、森林帯になった。

走行中の窓には到着予定時刻の他に、ニュースも流れている。

俺はキオスクで買ったコーヒーを飲みながら、ただ流れる文字を何となく見ていた。

『太陽の表層にフレアが起こる兆候が見られるとの発表がありました。今後の動向にご注意下さい。』

時々あるこの手のニュースに、俺はふーんと思っただけだった。

それから、雑談とじゃれあいで時間は過ぎて、緑色の世界だった窓の向こうは再び人の住む世界の証が見え始めた。そろそろエアポートに到着だ。


・・・実はここのスケジュールがおかしい。

乗り換えの都合上エアポートでは一切余裕が無いのだ。

・・・なので、クリアチューブを降りるなり皆でエアポートの搭乗口に向けて走った。

「ちょっと・・・待って、靴が・・・。」

キラキラするサンダルを履いているフユカが、脱落しそうになる。

「そんな格好してるのが悪い。ここで走る羽目になるのは判ってただろ?」

この部分のスケジュールを主張して、譲らなかったのはフユカだ。なのに当の本人がこのザマってのはどういう事だ?

寮の食堂でスケジュールを組んだ時、皆の反対を突っぱねて「早く行きたいの!」ってごり押しした勢いはどこに行った?

「だって、リゾートホテルだよ? それなりの格好したいじゃないっ!!」

・・・そんな理由は知らん。

「じゃぁそれ脱いで。裸足で走ればいいんじゃない?」

我が儘にしか聞こえないフユカにとっての正当な言い分は、黒いエンジニアブーツのミレイにバッサリと切り捨てられた。

「絶対嫌っ!!」

「フユカ、やっぱりこの時間は無理があるって言ったろ? 1便ずらしても後影響出ないんだから、大人しく次に乗ろう。」

あっさり走る事を止めて笑い出したジェインが、意地になったミレイにそう提案すると、皆つられて歩を緩めた。

「だって、それじゃキャンセル料取られちゃうじゃない。」

フユカがサンダルの紐を気にしながら口を尖らせると、ジェインは皆が驚く事を言い出した。

「大丈夫。もう事前に変更してあるから。」

「・・・は?」

ジェインに注目したまま、皆が動きを止めた。

「・・・それは、もし間に合ったら逆に乗れなかったってオチか?」

「そういう事。」

にこやかで、楽しげな様子に俺はうんざりした・・・またこいつに()められた。

気の回るジェインは、事前に色々と一人で準備をしておいて、それをわざと寸前まで告げない。そして、こうして反応を見て楽しむ悪い癖がある。

やる事は決して悪い事ではない。むしろ皆の事を思っての行動だ。

でもな、先に行ってくれ・・・本当に疲れるから。

「次の便は何時?」

フユカと俺が頭を抱えている間に、切り替えの早いミレイが質問をした。

「1時間後の11時50分。」

・・・なら余裕じゃないか。

俺達は顔を見合わせて笑い、とりあえず近くのソファに腰を下ろして一息ついた。

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