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惑星コーラル

長きに渡る年月と莫大な費用、大量の人材をかけて尚遅々として進まぬ人類の悲願。見上げた空の更に先、そう、遥かな宇宙へと踏み出す事は叶わなかった。

大気圏から僅かに離れた軌道の上で、青く美しい星を見られるのは、ごく限られた研究者の特権だった。

しかもそれには多額の費用をかけて、大層大げさな施設と装備を作り、少しばかりの実験道具と一緒に送られて、しかも彼ら自身が人体実験の人柱だ。

やがて、大きな成果を上げない国家を上げての大々的なプロジェクトは、当たり前のように徐々に先細り、夢と希望に溢れた科学者の頭を悩ませた。

人々の関心も、現実的なものから一昔前の、夢を語るようなそれに再び変化していった。


しかし衰退する宇宙への夢は、ある一人の天才の登場によって激変する。

『J・G・カーティ』

彼は地球の重力から脱する際の、これまでのような重厚な装備とは一線を画す、シンプルで軽微な仕組みで宇宙へ飛び出す理論を発表した。

当然、既存の概念を無視する論理に学会からは疎んじられたが、彼は未だ年若く、学者に似合わぬ美麗な風貌で、一般大衆の・・・特に女性からは多大な支持を得た。

それを利用しようとマスコミも飛び付き、彼の姿をTVや雑誌で見かけるのは当たり前になった。

そして彼は、そこで得た対価と、金と暇を持て余した幾人かのパトロンからの資金を受けて、自身の理論をあっさりと証明してみせた。

それが宇宙時代の元年となる、『パーフェクトJ』だ。

ちなみにこの名は、この時期を指す事もあれば、カーティ博士を指す事もある。


けれど、カーティ博士はその技術をいくつかの企業に譲り渡すと、歴史の表舞台からあっさりと消えてしまう。

歴史上での活動期間というのは、実は5年程度のものだ。

しかし、その謎と魅力の多い人物は、後の世でも色々な説が噂され、未来人、宇宙人、違う次元の人間だと、正答の得られない眉唾物の議論が一部で白熱した。

そうして近年。

この一人の天才がもたらした急激な変化は、科学技術の発達具合から見て極めて不自然であるとされ、間に無ければならない技術の抜けた、繋がらない鎖・・・ミッシングリンクと呼ばれている。



夕方にバイトが終わり、事務所のシャワーで汗を洗い流した後は大学の図書館に向かった。学生の本分は勉強である。

夏の長い休みにも、それなりにやらねばならない事があるのだ。

昔ながらの紙の資料を探すのに疲れ、端末でレポート用に資料を漁り、今更ながらの一般常識しか出てこなかった事に幻滅して机に突っ伏した。

人類が地球にへばりついていた最後から、宇宙に出るまでの『ミッシングリンク』と呼ばれる部分の謎をテーマにしようと意気込んで、その中心にいるカーティ教授についての資料を探していたが、新しく面白そうな物はさっぱり見つからなかった。

いや正確には、ヒット数が膨大過ぎて、それに一々目を通していく気にはなれない。いくつかの適当に開いた資料が、目新しくなかっただけだ。この中から有益なものを選り分けるなんて、容易な事では無い。

さて、どうしたものかな・・・溜息を吐いて顔を起こし、モニターに無気力な目をやった。

今更新しいテーマを考えるのも、何となく嫌だしな。

意地というほどでもないが、以前から知りたいと思っていた事だったからだろう。

『カーティ』という親友と同じ名なのが、気にかかるっていうのもある。おまけに昔読んだ偉人伝の表紙の絵は何となく彼に似てて、何というか・・・そう、親近感みたいなものを感じる。

それに、突如現れた謎の天才ってのは、やっぱりミステリアスでいい。

彼の公での最後の言葉も謎だった。


「これでたぶん私の役目は終わりです。もうこの時代は十分堪能しました。」


そう言ったらしい。

だから色々と怪しい説が賑わったんだろうし、『役目』とか『この時代』とか、当時の俺も、まるでどこかからの使者みたいだなと思ったのを記憶している。



『パーフェクトJ』から340年。

意地や見栄で進める国家とは違い、利益を求める企業のバイタリティーは凄まじかった。

あっという間にカーティ博士の理論を実用レベルに押し上げ、採算が取れるまでに発展させた。

まずは観光に特化し、その利益で今度は宇宙空間での滞在を目的とした技術を確立し、施設を建設した・・・つまりホテルである。

その技術は下請けから洩れ次第に汎用化し、多くの企業が参加した結果、セレブ向けの高級リゾートから一介のパンピーまで利用可能なお手軽旅行までと、多彩なものとなった。

また違う企業は、もっと遠くへ行く術を編み出し、テラフォーミング・・・つまり惑星を地球みたいに人類に適した環境に改造させる研究をしていた企業とタッグを組んで、地球から遠く離れたいくつかの惑星を人の住める場所に変えた。

それがだいたい210年前。

その頃の地球は、哀れなほど人に破壊されていた。

大気は汚れ、資源は枯渇し、地球自身も氷河期への移行を始めており、母なる惑星(ほし)を見限り、未知の惑星(ほし)へと希望を抱く者が多かった。

かくいう俺の曾爺さんもその一人で、俺はMT-0012と呼ばれるこの惑星で生まれ育った。

MTは『Mars Type』火星に組成が似ているという意味で、『0012』は12番目にテラフォーミングされたというただの通し番号だ。先を見越して4桁も取ってあるので、まだまだ当分使用可能だろう。

しかしその名は味気なく、愛着など湧きようもないので、この星に住む者は皆『コーラル』と呼び親しんでいる。

この惑星の空の色、珊瑚のようなピンク色がその由来だ。


コーラル=珊瑚=刺胞動物門花虫綱=地球の青い海に住むという植物のような動物


知識ならば、調べれば得られる。

だがしかし・・・今現在ここに暮らす誰もが、海中に広がる不思議な生物である所の珊瑚を実際に見た者はいない。

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