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ある夏休みの朝

けたたましく鳴り響いた目覚ましに起こされて布団から起き上がり、眠い目を擦りながらカーテンを開けた。

現在の時刻は午前7時。

早朝の空はまだ暗く赤が濃い。空の西にはまだピンクパールがあり、入れ違いに出てくるブルーパールとの僅かの逢瀬を果たしているんだろう。

・・・ここからではどちらも見えないのだが。

思いっきり窓を開けて、ひんやりと湿気を含む空気を室内に流し込み、ついでに大きな欠伸を1つして、体の中の空気も入れ替えた。


『俺』ことリョータ・ミナミザワは、公立の大学に通う3回生である。

実家を離れて学校に程近い学生寮で、半一人暮らし・半集団生活を送っている。

・・・つまり、各部屋は個室だが、部屋から出れば共有スペースであり、一般の集合住宅よりコミュニティ性は高い。

言い換えれば、学生の悪いノリで押しかけてくる連中のおかげで、プライバシーの程度は低い。

昨夜も、毎度毎度の悪友たちが迷惑承知で押しかけてきて、思い思いに酒やつまみで騒いでくれた。この夏の休みは朝からバイトをしっかり入れてるって、みんな知っててやってくれるんだからタチが悪い。

振り返れば、ほら祭りの後・・・テーブル周りには見事にゴミだけが残されている。

・・・いや違う。まだ一人残ってるな。


「おい起きろ、俺は下でメシ食ってくるけど。お前も行くか?」

コイツの頭・・・を蹴るのは少し遠慮して、床に転がる長年の親友ジェイン・カーティの背中を踏みつけて揺り起こした。

「・・・まだ寝る。」

だらりとした体は俺より10cmは長く・・・いくら時が経とうとも、相変わらず人種の壁は厚い。

「じゃぁ自分の部屋で寝てくれ。」

「連れない事を言うな・・・俺とお前の仲だろう?」

ジェインは転がって向きを変えると、シナモンの色をした長い髪がまともに顔に張り付き、ヤツはそれを右手でどかした。

「どんな仲だ、気持ち悪い。」

邪魔なら切ればいいのに・・・もう何年もそう思い、言葉にもしてみたが「いいや切らない。」と言って突っぱねられる。じゃぁ、その髪型には何か大層な理由があるのかと思えばそうでもなく、「何となく。」なんだそうだ。

「幼馴染。」

それはそうだが・・・。

「顔洗ったら下に行くから、戻るまでには居なくなっててくれよ?」

「んー。」

その幼馴染は、目も開けずに腕だけ上げて、肯定とも否定とも取れない声を上げた。

・・・本当に分かってんのか?



食堂の入り口で腕に()めた認証ブレスをスキャンして、学生コードが表示されたメニュー表の朝定食のボタンを押すと、メニュー表の下に表示された棒グラフの朝定食が、また更に1つ分延びた。

自分が何を食べたかの一月分の統計結果で、自己管理のためらしいのだが、俺としてはこんな統計は別にいらないと思っている。

何故なら他のメニューはすべて、『0』という数字が表示されているからだ。


『ジャポネの朝は米』これがうちの家訓だ。

惑星そのものが国みたいな集合体で、昔の地球にあった国だとかそんなのは、現在ではもうまったく意味もないのだが、どうもうちは民族意識が強いらしい。とりあえずこれが当たり前で・・・俺もそれが習慣になってしまっている。

毎朝毎朝同じメニューで飽きないのか? と思われるかもしれないが、そんな事はない。実に親切な事にここのメニューは日替わりで、味噌汁の具や、魚の種類は毎日同じという訳ではないのだ。


奥でもう一度ブレスをスキャンすると、朝定食のごはんと味噌汁、焼き魚と味のり、それから玉子焼きと漬物を載せたトレイが、カウンターに押し出される。そのトレイにお茶を追加して持ち、席を探して歩き出した途端に、

「リョータおはよー。」

サンドイッチを手にしたフユカ・マーニュと、シリアルをスプーンで(すく)うミレイ・タンタンに手を振られた。


学生寮は当然のように男女で部屋が分かれているが、食堂やエントランス部分は共有だ。下手に引き離すより、適度に親交があるほうが問題が起きないとの判断か、それともただ単に、建設費用の問題か・・・まぁ、どっちでもいい。俺は女の子と親しく出来れば問題無い。

・・・ただ、この二人はジェイン同様の腐れ縁で、お互い幼い頃からよぉーく知っており・・・そう、人品人柄、言動に至るまで理解しているつもりだ。もちろんプラス面もあればマイナス面もある。弱味になりそうな思い出も、握っているし握られてもいる。おかげで、彼女たちに恋愛感情など絶対に発生しない。


「リョータはいつもそれだね?」

カフェオレのカップを揺らすフユカが、毎度の質問をしてくる。

トレイを見つめるヘーゼルの瞳に、多少の嫌悪の色が浮かんでいるのは魚嫌いが原因であり、彼女にも半分くらいジャポネの血が流れているのだが、朝定食を食べている姿など見たことが無い。

「習慣、これじゃないと朝ごはんを食べた気がしない。」

左肩辺りで纏めた黒い髪を無意識に触りながら、「ふーん。」と、気の無い返事を寄こした。

「二人とも、言う事がいつも一緒。」

ミレイが笑いもせずに、お約束のネタに突っ込む。

こちらはグリーンの瞳に、短めのプラチナブロンドの髪をワックスで無造作に散らしている。この彼女、パッと見はモデルか何かのようにも見えるが、中身はカオスだ。

成績優秀で色々な事に詳しいが、妙な事を言い出したり、発想が不思議だったりする。

昔は人見知りの引っ込み思案だったが、いつからか我が道を行くようなタイプになった。


「ねぇ、ジェインは?」

「あー、たぶん寝てる。きっと起きても二日酔いだろうな。」

「まーた、昨日も飲んでたの? いい加減にしないと体壊すよ?」

うん、心配してくれてるのは分かるんだが・・・呆れて小ばかにするようなフユカの物言いには少しムッとする。

「・・・失礼だな。勝手に来て、勝手に始まったんだ。」

まったく迷惑以外の何物でもない。肉体を酷使する労働に励んでいる者にとって、睡眠がどれだけ大事かあいつらは分かってない。

「一緒に飲んでたら同じ。」

ミレイの言葉には、残念ながら何も返せない。

「・・・俺は先に寝たから、いつ終わったのか知らないけど、起きたらジェインだけ転がってた。」

「で、置いてきたんだ?」

「あぁ、一応起こしたんだけど寝るってさ。」



食い終わって、自室に戻るとジェインは居なくなっていた。

・・・なんだ、ちゃんと起きて戻ったのか。

しかし、部屋に転がるゴミは相変わらずそのままの状態で、がっくりと力が抜ける思いがした。

駄目元で片付けて帰れって言ってみれば良かったな? でもどうせ結果は変わらない・・・か。

思わず苦笑して、その際に視界の端に入った壁の時計にドキリとしてもう一度見た。

いやいやいや、こんなにのんびりしてる場合じゃない。急がないとバイトに遅れてしまう。食堂での雑談が過ぎたらしい。



科学が発達し、ロボットやアンドロイドはそれなりにいる。

しかし、きつい・汚い・危険。3Kの代表である土木作業は、依然として人の仕事として存在する。

詰まる所、完璧なAIが完成していないのだ。簡単かつ単純な作業以外は、恐ろしくて任せる事が出来ない。

ロボットはある程度自分で判断しながら作業を進める事が出来る。しかし不測の事態には弱い。演算性能を超えてショートし、もし万が一暴走した場合の損害は計り知れない。

過去に、高額なロボットを導入したが壊れて暴走。やっとの事で取り押さえても、現場には直せる者がおらず、電源も落ちず、仕方なく暴れるロボットを強引に壊した・・・という事が多発し、今はどこの工事現場もそんなリスクを犯そうとはしない。

そりゃ工夫をすれば使い用が無い訳じゃない。事前に掘る座標位置と深さをいちいち入力してしまえば、ロボットだって優秀な働きを見せてくれるはずだ。

だけど、『人がやった方が早い』・・・おそらくみんなそう思うだろう。

リモートコントロールという方法もあるが、設備に結構な費用がかかり、操作には資格を持った技術者が必要となり人件費が結構かかる。

・・・よって今、雇われ人夫の俺は、照りつける夏の太陽の下で舗装を剥がしたその下の赤い土と格闘している。

何十年も前に埋められた水道管の交換工事に勤しみ、勤労の汗を流している。


長い夏の休みを実家にも帰らず、何故こんな事をしているのか? もちろんこれにはちゃんと訳がある。

逆に、実家に帰りたいのかと訊かれたら、そこは『はい』とは言い難い・・・いや、話が逸れた。

あー、すべては夏の終わりに企画した、きっと楽しい旅行のためだ。

(そら)に浮かぶ、ちょっとリッチなリゾートで豪遊・・・とまではいかないまでも、就職活動なんかで忙しくなる前に、存分に今を楽しもう! というのが趣旨だ。

メンバーも気心の知れたいつもの幼馴染4人。

これまではずっと一緒だったが、この先はどうなるか分からない。

そんな不安もきっとある・・・。

だから。

仕事の内容は肉体と精神を酷使するが、倦厭されているだけに日当はいい。

旅行までの日数も大して無いし、時給の安いヌルイ仕事を長時間するよりは、こっちの方がいいかなって、安直な選び方をして・・・最初の3日くらいは後悔したけど、今はさすがに慣れた。


ベテランのオッチャンたちも、似たような年頃のアルバイターも、皆裏表の無さそうな豪快な人種で、普段、無遠慮に珍しがられる事の多い、純潔のジャポネである俺も、ここでは気兼ねが無いのが良い。

人類が徐々に地球を捨てて新たな惑星へと旅立ち、雑多な人種が入植して国の概念が消えた。惑星が国に近い意味合いを持ち、時間の経過と共に人種は混じった。

・・・のだが、うちの先祖はそうでは無かった。

つまり俺みたいな方が稀なのだ。

別に悪い事をしている訳では無いので、気にしなければ良いだけなんだが・・・俺はそんなに悟った人間でもない。

気兼ねなく付き合ってくれるいい友達に恵まれて、本当に良かったと思っている。

だから俺は、目標額に達するまでは、この暑さに負けるわけにはいかない!

両の頬を叩いて気合を入れ直し、入道雲の立ち上がるコーラルピンクの空を見上げると、太陽はひたすら眩しく、この星の衛星の1つであるブルーパールが薄っすらと存在していた。

はじまり、はじまり~

あー、やっとUP出来る。


全13話でございます。

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