はじまりの日
人を好きになること。
幼稚園の時は、野球が好きなお調子者。
好きの意味もわからずに、ちょっと意識してた。
小学生の時はクラスの人気者。
中学の時は、恋に恋してる部分もあったのかな。
それなりに人を好きになったし、友達の好きな人の話で盛り上がったりもした。
でも、私が人を初めて愛しいと思ったのは、高校1年の時。
こんなに誰かを大切に思ったこと、今までなかった。
これが全ての始まり。
私と幸太の今までとこれから。
高校の入学式。
通学路には桜の木が植えてあって、薄ピンクの花びらがひらひら落ちてくる。見上げると舞い落ちてくる花びらの向こうに、真っ青な空が見えて、すごく楽しいことが待っている気がした。
「なーつきっ!!!!おはよっ!!」
後ろから沙希が走ってきた。
「おはよっ。全然来ないから、先に家出たよ。あーあ。また沙希と一緒かぁ。」
「何それ!!!!ひどーい。ほんとはうれしいくせにっ!!!!!!」
沙希とは小学校の頃からずっと一緒だ。
家も近いし、クラスが離れた時も一緒に通学していた
「ってかさ!!!!!ヤバくない!!!???時間!!!!!!」
沙希が焦り出した。
「大丈夫だって!!」
「何で!!!???だって、ほらもうこんな時間!!!!」
沙希が時計を指差す。
「大丈夫!!!!沙希は、ぜーったい遅れるから、30分前の待ち合わせにしたの。だから、大丈夫っ!!」
「えー!!!!マジ!!!???さすが、あたしの相棒だねっ!!!!よくわかってる!!!!じゃあさっ!!コンビニ寄ってこーよ!!」
「ほんっと、調子いいんだから!!!!」
沙希とはこんな感じだ。
性格はあんまり似てないけど、一緒にいるとすごく楽しい。
私はあんまり社交的な方じゃないけど、沙希はみんなと仲が良くて、人気者。
沙希がいなかったら、1人でいることも多かっただろうなと思う。
「なつきー!!!!前においしいって言ってたジュースの新しい味出てるー!!!!」
コンビニのウインドウから、前から気になっていたジュースを見つけたらしく、沙希がこどもみたいに駆け寄って行く。
ちょうどその時、沙希の前を猛スピードの自転車が横切った。
「沙希!!!!!!危ないっ!!!!!」
「えっ?」
沙希が振り返ろうとしたちょうどその時、自転車が間一髪のところで沙希をよけた。
誰もが振り返るようなすごい音で自転車は横転した。
「沙希!!!!!大丈夫!!!!?????」
「うん。あたしは大丈夫だけど、この人!!!!ねぇ!!!!大丈夫!!!???」
沙希は驚きで、声を失っていたが、すぐに自転車に乗っていた人の元にかけ寄った。
「いってー。。あ!!!!あんた、大丈夫かっ!!??」
「うん!!あたしは大丈夫だけど、腕、すりむいてるね!でも、思ったよりケガしてなくてよかったー。」
「ほんま悪かったなー。ちょっと急いでたんや。」
この辺りじゃ、あまり聞き慣れない関西弁の彼。
よく見ると、私たちと同じ学校の制服の男の子だった。
背が高くて、少し大人っぽい。
髪も茶髪と言うか、少しオレンジっぽくて、ヤンキーみたい。
2年生か3年生か、同じ歳ではない気がした。
そんなことよりも何よりも私は彼に腹がたった。
「全然っ大丈夫じゃないわよ!!!!!!もうちょっとで、この子、大怪我するとこだったじゃない!!!!!!」
「なつきっ!!!!もう、いいよっ!!!!!ちゃんと周り見てなかったあたしも悪かったんだし!!!!」
沙希がそう言うので、私はそれ以上は何も言わなかった。
「ほんまごめんやで。じゃあ、俺、急ぐからっ。」
そう言うと彼はその場を去った。
「何、あいつ。
おんなじ学校っぽいよね?」
私は少し嫌そうに沙希に尋ねた。
「かっこいー。。。」
「はぁ!?」
なつきの思わぬ返答に私は驚いた。
「ねぇ、なつきっ!!!!!!
今の人さぁ、めちゃくちゃカッコよくなかった!!!???
何年かなー。
おんなじ歳ではなさそうだよねっ!!!???
これってさー、運命かなぁ!!!???」
私はもう開いた口が塞がらなかった。
「どこがっ!!!???ってか、ただのヤンキーじゃん。あーあ。心配して損したっ!!ほらっ!!早く行くよっ!!」
「あ、待ってよー!!!!」
今思えば、これが私と幸太の運命の出会いってやつだった。入学式は校長の長い話の後、即解散で、意外とすぐに終わった。
今日は始業式。
クラスが発表される。
こんな日の沙希は朝からすごくうるさい。
「ねぇ!!!!!なつき!!!!!つけま取れてないっ!!!???
チーク、オレンジの方がよかったかな!!!???
でもさぁ!!!かわいくいくなら、やぱピンクだよね!!!???」
「うん。大丈夫だよ。
かわいー、かわいー。」
「うわっ!!!!!全然っ感情こもってないしっ!!!!!」
「ってか、何でそんな気合いいれんの??」
「何でって、始業式だよ!!!???初めて会うおんなじクラスの子だよ!!!???すっごいイケメンいるかもしんないじゃん!!!!昨日のオレンジの人みたいな!!!!」
沙希が楽しそうで何よりだ。
「なつきって、別にモテない訳じゃないのに、彼氏作らないよね。
欲しいとか思わないの??」
「うん。別にいらない。」
「そっかー。
まぁ、なつきにはあたしがいるもんねっ!!!!」
「はいはい。」
この後、私と沙希は掲示板でクラスを確認して、新しい教室へ向かった。
教室にはもうほとんど全員が集まっていたけど、知っている顔の子はほとんどいなかった。
「ねぇねぇ、なつき!!!!!!!!あの子、ちょーかわいくないっ!!!!????」
沙希が見つめる方に目をやると、モデルのようにスタイルがよく、端正な顔立ちの綺麗な女の子がいた。
沙希はその子に興味津々のようだ。
でも、私の視界に入ったのは、窓際に座る彼女のその先に見えたオレンジ頭だった。
校門でいきなり注意されている様子だった。
あんなヤンキーみたいなのとおんなじ学校かと思うとあまりいい気はしなかったので、見なかったことにしようと思った。
でも、その数分後、教室に現れたのは紛れも無くあのオレンジ頭。
それもなぜか、私の隣の席らしい。
先が思いやられた。
「あれ。。あっ!!!!!!昨日のっ!!!!」
「どーも。」
すぐに気付かれた。
私はわざと素っ気ない態度で彼に接した。
「あー!!!!!昨日のっ!!!!おんなじクラスなんだぁ!!よろしくねっ。」
沙希は彼に気付き、すぐに寄ってきた。
「おー。昨日悪かったなぁ。ほんまどこもケガしてない??」
「うん、もう全然っ大丈夫!!!!
それより、昨日のケガ大丈夫!!??」
「あーもう、あんなん全然平気やで。まさかおんなじクラスと思わんかったわぁ!!!!」
「あたしもー!!!!!なんかうれしいなぁ。仲良くしてねっ!!」
「おうっ!!」
もう仲良くなってるし。。。
人見知りの私には理解できない。
そうこうしている間にチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「はいっ!!!!!おはようございますっ!!!!こら、そこ!!!!あたしが入ってきてそうそう、あくびしてんじゃないよっ!!!!今日から高校生なんだし、しゃきっとしなっ。」
はきはきした口調の先生だなと思った。
歳は40歳くらいかな。
なんか、肝っ玉かあさん的な感じのおもしろそうな女の先生だ。
「はーい。じゃあ、最初だしね。自己紹介やっとこーか。今日から、あんた達の担任やります!!!!高坂たまきです!!よろしく!!」
出た。自己紹介。
私が一番嫌いな自己アピール法だ。
「はい、じゃあ、こっちから!!!!名前と、特技でもあいさつでも何でもどうぞっ。」
自己紹介が始まり、早くも沙希注目のモデル風美少女の番になった。
「上原友梨です。スポーツは割と得意だと思います。よろしく。」
クラスのみんな。
特に男の子の目線のほとんどが彼女に集中していた。
あれだけスタイル良くて美人じゃ無理もないけど。
そして、沙希の番になった。
「倉橋沙希です!!!!特技は....うーん。。あ!!!!コンビニの新商品のチェック!!!!これだけは誰にも負けないんで、みんなの気になるおかしとかジュースも教えてください!!!!よろしくー!!!!」
教室でどっと笑いが起きた。
私の隣でくすくす笑っているオレンジ頭が声をかけてきた。
「あの子、ほんまおもろいなー。」
笑いが止まらない様子だ。
沙希はほんとこうゆうのに強いと言うか....なんと言うか....。まぁ多分、沙希自身はあんまり自覚はないと思うけど、私からしたら、うらやましい才能だ。
そして、ついに、私の番がやってきた。
もう憂鬱でしかない。
「真宮なつきです。。........これから、よろしくお願いします。」
まばらな拍手に心が痛む。
とりあえず、終わればもうそれでいい。
私が席に着くと、すかさずオレンジ頭が声をかけてきた。
「こちらこそ、よろしくー、真宮さん。」
オレンジ頭はにこにこしながら、私の方を見ていた。
別に悪いやつじゃないってことはわかる。
むしろ、いいやつかもとも思う。
でも、基本、人見知りな私は、このヤンキーっぽい見た目になんかなじめなかった。
そして、ついにオレンジ頭の番がやってきた。
「どーもー!!!!えーっと。矢崎幸太です!!!!!!幸太って名前は、じーちゃんが、ぶっとい幸せが続きますよーにゆう意味でつけてくれました。あ、そんで、この頭はもともとこんなんで、染めたことないでーす。なんか、今日もいきなり校門でちょっと頭まぶしい感じの先生に止められたんで、また引っ掛かってたら誰か助けてくださーい。
んじゃ、まぁよろしくー。」
この日から、このオレンジ頭がクラスの人気者になったのは言う間でもない。
それからしばらくして、高校生活、最初のイベント。。
「なんで、登山なのー!!!!!?????」
沙希が嫌そうな声で叫ぶ。
「最近の高校生は足腰弱いんだから、たまにはいいんだよっ!!うちの学校は最初の遠足はみんな登山て決まってんの!!はい!!!!!!文句言わないっ!!!!今から授業だから、この話は終わりっ!!!!!!」
先生が早々に話を切り上げた。
休み時間も沙希はテンションが低い。
「なんで、あたしの高校生活最初のイベントが山な訳????あたし休もっかなー。。めんどくさいし、登山とかー。。」
「いいじゃん。山。
私、好きだよ。」
「えー!!!!!そう言えば、なつき、小学校の時も中学の時も、登山、嫌そうじゃなかったよねー。」
「私、ちっちゃい時からおじいちゃんとかおばあちゃんの家行った時は必ず近くの山登ってたんだ。2人とも、もう亡くなっちゃったし、山登ることなんてないけど、すごく楽しかった。あと、これ。。。」
私は沙希に大切にしてるお守りを見せた。
「お守り....?どうしたの?これ。」
「おじいちゃんが亡くなった後、おばあちゃんと二人で山登った時、はぐれちゃったことがあったんだけど、下向いて、泣きながら歩いてたら、おばあちゃんが大切にしてたおまもりが落ちてて、ぱっって顔あげたら、おばあちゃんが私のこと呼んでる声がしたんだ。」
「へぇー。なんかすごいね!!」
「でしょ!?しかも、おばあちゃんのお守り見つけなかったら、別の道に行こうとしてたんだけど、後で聞いたら、その道、実はすごい危ない道らしくて、大人ならまだしも、子ども1人じゃ絶対無理だったらしいんだよね。おじいちゃんが助けてくれたんだなって思った。
そのお守り、初めて2人で山に登る時、おじいちゃんがおばあちゃんにプレゼントしたんだって。」
「へぇー。なんか、いいなー、そーゆうの!!!!あたしも山で素敵な先輩に出会いたーい!!!!!」
「なんかさ。。主旨違うんだけど。。」
まぁ、とりあえず沙希が行く気になったらしい。
これもおばあちゃんとおじいちゃんのおかげ(?)なのかな。
行きも帰りも学校からみんなで。
距離は近くないけど、電車だから乗り物酔いの心配もないし、最寄り駅から快速と普通を乗り継げば、1時間ぐらい
着いてしまえば、山のふもとまで、距離はほとんどない。
そして、ついに、遠足当日。
「もーやだー!!!!!!絶対無理!!!!!もう歩けないー。。。」
沙希が早くもギブアップ。。
「あんたねー。。ほら、あのおばあちゃんだって元気に歩いてるじゃん!!!!だいたい、さっき休憩してから、まだ30分も歩いてないよ。。」
「あたしじゃなくて、なつきが元気過ぎるんだよー!!!!」
沙希はもう全く動こうとしない。
「そっかー。じゃあ仕方ないね。もう降りるしかないね。
沙希が前にカッコいいって言ってた先輩、頂上で点呼とる係りになってたんだけどなー。」
「うそっ!!!!何で早く言ってくんないのー!!!!
先輩にあたしの名前覚えてもらうチャンスだよね!!??早く行かなきゃ!!!!
最初の点呼と最後の点呼ってどっちの方が記憶に残る!!??」
もう目の色が変わっている。
「さぁー。でも、私はちゃんと登ることに意義があると思うなー。
こんな小学生でも登れるような山でギブアップなんてありえないでしょ。」
「ちょっと待ってよ!!!!あたし、登らないなんて言ってない!!!!
さっきはちょっと疲れちゃったけど、もう大丈夫!!!!
ゆっくりした分今からペースあげるから、ついてきてねっ!!!!」
沙希をその気にさせるのは、私の得意分野だ。
それにしても、イケメンとか、恋とか、愛とか、これほどまでに人を変えられるのかと、沙希を見てると思う。
見ていて、呆れることもあるけど、これほど人に全力で向かっていける沙希はやっぱり輝いてると思うし、うらやましくなることもある。
心のどこかで、いつか私にもそんな人が現れるのかなと思っていた。
そして、その『いつか』は、もうすぐそこまで迫っていたけど、私は何も気づかずにいた。
「ってか、もう、マジ疲れたんだけどー。。でも、まぁ先輩ともお話できちゃったし、山も悪くないね!!!!でも、もう当分行きたくないけど。。」
沙希はくたくたのようだ。
結局、私と沙希は、山を登りきった。
「まぁ、あんたにしてはよくやったと思うよ。」
「でしょっ!!!???やっぱどうせ登るなら頂上まで行かないとねっ!!!!!!」
ほんっと調子いいなーと思いながら、私と沙希は山を降りた。
「わーい。やっと帰れるー!!!!もう解散していいらしいし、早く帰ろっ!!!!なんか眠いしー。」
「うん。。あ、ちょっと待って。。。」
無事に下山して、学校に戻って来られた
後は、家に帰るだけだけど、さっきから、あるものが見当たらない。
「なつきー。どした?なんか落としたのー?」
「お守り。。ないんだよね。。絶対落とした。」
「マジ!!!???あの、おばあちゃんにもらったって言ってた大切なやつだよね?ヤバくない!!??それ。ってか、ほんとにないの!!??」
「うん。。山降りる前にはちゃんとあったんだけど。。」
「あっ!!!!!」
沙希が何か思い出した。
「あのさっ!!!!
帰り、山降りてたら、後ろからバカな男子2人走ってきて、ちょっとぶつかったじゃん!!??あの時じゃない!!??」
「私もね、ちょっと思ってたんだ。落としたとしたらあの時だよね。。私、ちょっと探しに行ってくる。。」
沙希が目を丸くする。
「本気で言ってる!!!???ふつーに無理でしょ!!!!ってか、ふつーに危ないし!!!!今から行ったら、暗くなっちゃうよ!!??なつきがすっごい大切にしてたのはわかるけどさ。。山って、暗くなるの早いんじゃなかった?天気だって変りやすいっていうし、今日は帰ろ?ねっ?
明日学校休みだし、私一緒に行くからっ。今日は絶対やめた方がいいよっ!!」
「沙希、ありがと。でもやっぱ、今から行く!!!!大丈夫!!!!私、山は慣れてるし。ほんと大丈夫だから先帰ってね!!!
帰ったら、連絡するから、このこと、誰にも言わないでっ!じゃあねっ!」
私は山に戻ることにした。
心当たりがある地点まで左程距離はないと思う。
でも、やっぱり不安だった。
たった一人で登山なんてしたことないし、今日の疲れだって、当然ある。
おばあちゃんたちが生きてたら、絶対止められてたと思う。
でも、確実にあの場所で落としたかどうかも不確かだし、とにかく今行かなければ、もう一生見つからない気がした。
「はぁ、四時か。ギリギリ大丈夫かな。とにかく早く行かなきゃ。」
私は心当たりの場所へ急いだ。
その頃沙希は、最寄り駅のホームで、なかなか来ない快速の電車にイライラを募らせていた
「もー、ほんと早くしてよー!!!」
「どーしたん?今からまた山でも登るんかー?」
落ち着かない様子の沙希に気づいて、冗談半分に声をかけてきたのは幸太だった。
「沙希って、帰りこっちやったっけ?ってか、真宮さん一緒じゃないん?」
「いいじゃん、別にっ!!色々あるの!とにかく、私、今、幸太と話してる暇ないのっ!!」
「あっそっ。じゃあ、まぁ何かわからんけど、気つけて帰れよ!
また月曜日なー。」
幸太はあっさり背を向けた。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよっ!!!何で、そんなあっさりどっか行くの!?ちょっとは気になんない訳っ!?」
「はぁ!?お前言うてること、おかしない!?話してる暇ないー言うたん沙希やんっ!!」
「それはっ!!まぁ、そうだけど。。」
沙希は口を噤み、そんな沙希を見た幸太が口を開いた。
「あーもーしゃあないなぁ。。じゃあ、沙希、今から言うのは独り言なっ。んで、俺がたまったま偶然聞いてもうたと。。まぁ、空気みたいなもんと思っとき。それやったら、言えるやろっ?」
沙希は無言で、首を縦に振った。
「はい、どーぞ。」
幸太のゆるい掛け声の後、沙希は話し始めた。
「えっとー、、なつきには、誰にも言わないでって言われたんだけどー、、。で、今から取りに行くって、走ってっちゃってー。。」
「はぁっっ!!??おまえ、止めへんかったん??女の子一人で今からって、完全危ないやんっ!!!」
幸太の声が、沙希の話を遮った。
「びっくりしたー。。空気のくせに、いきなり大声出さないでよっ!!止めたに決まってんじゃん!!!でも、なつき、走っていっちゃって、帰ってって言われたけど、一人にしとけないから、今から迎えに行こうと思って。。」
なつきの事が心配でたまらない沙希は、沙希は半分泣きそうになりながらも、事の全てを幸太に話した。
「うーん、じゃあ、俺行くから、おまえ、もう帰りっ!!!」
「やだー!!!なつきのこと迎えに行くって決めたんだもんっ!!!それに、なつきに誰にも言わないでって言われてるし!言っちゃったけど。。」
「おまえなー、登り始めて30分もせーへんうちに、もー足痛いー、もー帰るーって叫んでた奴がもう一回なんか登れる訳ないやろっ。」
「失礼なこと言わないでよねっ!!30分は経ってましたー!!」
得意げな顔で反論する沙希にくすっと笑った後、幸太は真剣な表情になった。
「なぁ、沙希、ほんまに帰り?俺、真宮さんのこと絶対見つけて、ちゃんと連れて帰るって約束するわ。無事に会えたら、ちゃんと連絡するし!
だから、おまえはなーんも心配せんと帰りっ!!なっ!?」
「でも。」
「俺がぱーっと行ったらすぐやって!!」
「うん。わかった。」
幸太に説得された沙希はしぶしぶ帰ることにした。
少し歩いて振り返ると、幸太が沙希に気づいて、笑顔で大きく手を振った。
幸太の笑顔に、沙希の不安はかき消された。
それに、沙希は自分がしなければいけないことにも気づいた。
心配性の自分の親が、同じ学年の生徒が続々と帰宅するのを見て、沙希の帰りが遅いことをなつきの親に電話をするのを阻止しなければいけない。
親同士仲良くて、専業主婦だとこうゆう時面倒くさいと思いながら、沙希は早足で帰宅した。
「あっ、おばさん?沙希だけどー、なんか、なつき、明日の朝のテスト勉強するみたいで、図書室でめちゃくちゃ集中するから遅くなるって言ってたよぉ!え?あ、明日、学校休みだったね!えっと月曜日、月曜日!!!昨日充電するの忘れてたみたいで、ケータイの電池切れちゃったから言っといてって言われたんだ!まぁ、そこまで遅くならないと思うし、心配しないでねっ!じゃあっ!!」
なつきの親にも連絡したし、これでアリバイは完璧!!!
学校に連絡される心配もなくなったし、我ながらよくやったっと沙希は思った。
沙希が私の為に頑張ってくれていた頃、私は、かなりのハイペースで歩き続け、なんとか心当たりのある場所に到着した
「この辺だと思うんだけどなー。。」
着いた頃にはもう五時を回っていて、正直結構焦っていた
まだ日が暮れるまでに少し時間はあるけど、今いる場所に生えている木がとにかく全部高いこの場所は少し夕日の位置が変わるだけでも、かなり暗くなる。
それに、見つけてから下山するまでの間に日が暮れるのも避けなければならなかった。
私は、基本、登山に行く時は、小さめの懐中電灯とか折りたたみ傘とか山で必要になるかもしれない物は常に持って行く様にしていた。
沙希にもお母さんにも、絶対いらないって笑われるけど、小さい頃から、おばあちゃんに嫌になる程うるさく言われた持ち物は、ずっと守ってきた。
それが、今日に限って。
全部、悪魔のポーチのせいだと思った。
悪魔のポーチは、沙希のポーチのことで、もうとにかくっ重い。
芸能人がプロデュースしたつけまつげだの、アイシャドウだの、リップだのグロスなどありとあらゆる化粧品が揃っていて、あれはもう四次元ポケットだと思う。
メイクなんて、朝の五分で終わる私にとってはただの荷物でしかないけど、沙希のとっては相棒。
教科書忘れても、宿題忘れても、あのポーチだけは忘れたところを見たことがない。=登山だろうが持ってくる=荷物が重くなるので、いつもより疲れるのが早い=ぐずる=なかなか目的地に到着しないので、私が仕方なく荷物を持つ回数が増える!!!!
実際のところ、この読みは大当たりだった。
あの重い荷物を持たされた時には、置いて来て正解だったと思った登山グッズが、こんな形で必要になるなんて、夢にも思わなかった。
私はおばあちゃんの教えを守らなかったことを後悔した。
そうこうしている間に、かなり薄暗くなってしまった。
もう六時だ。
すぐに帰らないといけないことはわかっていても、後少しで見つかる気がしてならなかった。
「お願いだから出てきてよー。」
私は心の中で何度も思った。
けど、そんなに都合良く見つかるはずもなく、今日のところは帰ることにした。
置いていた荷物を手に取り、歩き始めようとした時、足元に違和感があった。
靴紐がほどけていて、ひもがかなり汚れていた。
「あー。いつからほどけてたんだろ。汚いなぁ、もう。」
いざ帰ろうとすると、どっと疲れが出てきた。
多少登山に慣れてはいても、そんなに頻繁に山に来ていた訳でもないし、ましてや、こんな時間に山に一人で来たことなんて、一度もない。
探しに来たお守りも結局のところ見つからないし、色々考えているうちに、少し心細くなった。
「大丈夫!来た道帰るだけじゃん。早く帰ろ!!」
地面はもうほぼ真っ暗で、あまり良く見えなかったけど、登山者用の手すりがあったので、それを手に歩けば大丈夫だった。
とにかく早く帰ることしか頭にない私は、ひたすら前だけ見て歩いた。
傾斜や、少しの段差。かなり急いでいた登りでは気にならなかったことが、今は私の行く手を阻んでいた。
「わっ!!」
なだらかな坂道の手前にあった少しの段差に気づかずに、私は足を滑らせた。
「あーびっくりした。」
少し擦りむいただけで、大したことはなかったし、少し下の方に、沙希と休憩した場所が見えた。
あの場所まで行けばもうほとんど距離はなかった。
もう大丈夫だと思い、立ち上がろうとしたその時、足に激痛が走った。
「痛っ!!!」
さっき足を滑らせた時に足を捻挫してしまったみたいだ。
「いったー。。」
何とか一歩一歩歩いてはみたものの、ある瞬間からはもう立つことさえ出来なくなってしまった。
誰かに連絡しようにもケータイは圏外。気づけば、見渡す限りの暗闇で、私はもう限界だった。
何度か、声はだしてみたものの、人がいる気配は全くない。
声を出すのにも疲れ果てた頃、声の変わりにあふれ出た涙だけが私の頬をひたすら流れた。
どんなにすぐに下山できる山でもなめてかかると痛い目に遭うというおばあちゃんの言葉は本当だった。
山の静けさが不安を更に駆り立てる。
泣くのにも疲れた私はしばらくぼーっとしていた。これから暖かくなる一方のこの季節でも、夜の山となるとかなり肌寒い。
ふと、以前にも同じような経験をしたことがある様な気がした。
それがいつの経験なのか、本当に体験したのかも、私にはよくわからなかった。
思いを巡らせていくうちに、さっきより足の痛みが少しひいていることに気づいた。
とりあえず立ち上がってみると、誰かが近づいてくるのがわかった。
私は怖くてたまらなくなった。普通の登山者がこんな時間に山奥にいるはずもないし、逃げようにも動かない足とは正反対に、足音はぐんぐん私に迫ってきて、ある時ピタっと止まった。
「真宮さん?」
名前を呼ばれ、恐る恐る振り返るとフードを被った背の高い男が立っていた。
「真宮さんやー!!ほんっまよかっ・・・・・ったってかいってー!!!!」
「え?矢崎くん??ごめんっ、大丈夫っ!!??」
私は恐怖のあまり反射的に矢崎くんを殴ってしまった。
「ちょ。。めっちゃ痛いねんけどっ!!!」
「ごめんっ!!だって、なんかフードとか被ってるし、、絶対変な人だと思ったんだもんっ!!とにかく、ほんっとごめんっ!!」
「変な人て。。もーいややわー、俺。」
笑っている矢崎くんを見て、私はすごく安心して、さっきまで泣いてたのが嘘みたいに笑った。
「じゃあ、帰りましょっ!!沙希にもはよ連絡しなあかんし。あっ!!真宮さん、図書館で勉強してることになってるから!!沙希が、真宮さんのおばちゃんにそう言うといたから、はよ連れて帰ってきてて、俺にメールくれてたわ!」
「そうしたいんだけどさ、私、足くじいちゃって。。」
「そーなん?あー、だからここで座ってたんや!じゃあ、俺の後ろ乗りー。はいっ。」
矢崎くんはそう言って、私に背中を向けて屈んだ。
「無理っ!!絶対っ無理!!私、重いし、荷物もあるし、ほんと無理だから、大丈夫!!頑張って歩けば、2時間ぐらいでいけると思うし!!」
「もー。普段愛想ないのに、よーしゃべんなぁ。えーから、はよ乗りっ!!乗りなさいっ!ねっ!!俺やったら、30分でいけるっ!!自信あんねんっ!!さぁどうぞっ!姫っ!」
私を笑わせようとする矢崎くんを見ていると、頑なに拒む自分の方がが子どもに思えた。
結局、私は矢崎くんの背中に乗せてもらうことにした。
「ん?なんか手冷たいなぁ。そっか。ずっとあんなとこ座ってたから寒かってんな。。ちょっと待ってやー・・、はいっ!」
矢崎くんは羽織っていたパーカーを私に貸してくれた。
おなじ歳とは思えないくらい背中が大きくて、最初は本当にドキドキして、できるだけくっつかない様にしていたけど、本当に暖かくて、居心地が良かった。
昔、どこかで同じことがあった様な気がした。どこで、誰と、何も思い出せなかったけれど、確かに感じたことのある温もりだった。
「まーみーやーさーん!!起きてー!!真宮―!起きろー!!あっ!起きた!おはようっ!ここ地元の駅で、今タクシーの中ねっ。家わかってたら、おぶって帰れてんけど、知らんし、足、歩くん厳しいかなて思ったから、タクシー呼んでん!家までのタクシー代あるっ?」
「あっ!うんっ!持ってる。」
「あっそう、よかった!んじゃあ俺、駅にチャリ置いてるから帰るわ!沙希には、今日は俺からちゃんと連絡しとくから、今日はゆっくり休んで、明日にでも連絡したって!あいつ、かなり心配してたから。んじゃあ、また月曜日!おっちゃん、この子のことよろしく!じゃあっ!」
そう言って、矢崎くんは走っていった。
「おねーちゃん、おうち、どの辺りかな?」
「すいませんっ、えっと、とりあえず真っ直ぐ行ってもらって、交差点のところ左曲がって、ちょっと行ったところです。」
交差点の信号待ちで、タクシーの運転手のおじさんが、少し照れくさそうに切り出した。
「今日、おねーちゃんとあの兄ちゃん見てて、学生時代思い出したよ。あの兄ちゃん、見た目悪そうなのに優しいんだね。きっと好きなんだね、おねーちゃんのこと。」
「そんなことないですよっ!でも、すごく優しいです。」
そのまましばらく話していると、すぐに家に着いた。
沙希のおかげで、お母さんに叱られることもなくて、部屋に戻った私は、すぐに眠ってしまった。
その夜、私は夢を見た。
シャンパンゴールドの世界。指先に触れると消えゆく光の粒に、身体を暖かく包み込み心地よく揺れる。
きっと、目が覚めるころには忘れてしまっているのだろう。
きっと、思い出したくても思い出せないのだろう。
きっとまた、目覚めるといつもの世界が広がっているのだろう。
それでも私は夢を見る。
暖かくて、幸せな、触れるものみな、私を包んでくれるような優しい夢を。
次の日、ケータイの着信音で私は目を覚ました。
沙希からだった。
「・・・もしもし。。」
「もしもしっ!もしかして寝てたっ!?」
「うん。。寝てた。ごめんね、昨日。沙希のおかげで助かった。。」
「なつきがこんな時間まで寝てるなんて珍しいね。いつもなら図書館か塾じゃんっ!」
「え。今何時っ!?」
「もう12時だよー。私は珍しく早起きなのー!」
沙希が得意気に言う。
「いや、全く早くないから。あー。こんな時間まで寝たの生まれて初めてかも。今日は家で自習する。」
「なつきは自習って言ったら信じてもらえるからいいよねー。私なんて信じてもらえたことないよー。ってかもう、それ以上勉強できなくていいよ!」
「まぁ、実際自習してるし。沙希の自習はマンガ読むか、メイクの研究か、部屋の模様替えでしょ。」
「マンガで読解力を養って、メイクで集中力を高めて、模様替えで勉強のリフレッシュしてるんだから、立派な自習だと思うんだけどなー。」
ここまで開き直られると、言うことがない。けれど、物は良い様だ。これだけ色々言い訳できるなら、万年、補修の常連でも、どうにかやっていけるのではと思ってしまう。
口下手で、詰め込み型・暗記式の日本の教育方針がぴったりはまる受け身な私には、本当にうらやましい才能だと改めて思った。
「ってか、お守り、結局どうなったの!?」
私の朝一番のテンションはどん底に陥った。
「それがさぁ。結局。。」
私はお守りがついていたはずのリュックに目をやった。
「・・・あった。」
「えっ!あったの!?マジで!!良かったね!!どこに落ちてたの!?」
「わかんない。」
「え、わかんないって・・あったんだよね?」
「うん。。」
一瞬、事態が呑み込めなかった。でも、矢崎くんが見つけて、つけておいてくれたんだとすぐにわかった。
その時、心がとても温かくなって、今朝の夢と昨日の彼の背中の温もりが重なった。
昔からずっとそうだった。
ケンカした後、引っ越した後、本当の気持ちは全部臆病な自分が隠してしまう。私は大切なことに気付くのが、いつも遅い。
今思えば、彼の背中で眠ったあの日から、私はもう彼に恋をしていたのだ。
あの日が、私と幸太のはじまりの日だった。