幼馴染に捨てられた俺の《融合》は、どうやら太陽と同じ力を生み出せるらしい
十四歳の春。
俺は、幼馴染に捨てられた。
「《融合》? 何それ。聞いたことないんだけど」
神殿の中央で、幼馴染のリディアが呆れたように呟いた。
俺の目の前には、淡い光を放つ鑑定石が置かれている。
そこに浮かんでいた文字は、たった二つ。
《融合》。
それが、俺に与えられたスキルだった。
「神官様、《融合》って、どんなスキルなんですか?」
「ふむ……。私も初めて見るスキルだな」
白髪の神官は、分厚い書物をめくりながら首を傾げた。
「名前から考えるに、物と物を結びつける能力だろう。おそらく鍛冶や細工に向いたスキルではないかな」
「……鍛冶、ですか」
「ああ。戦闘向きではなさそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、リディアが小さくため息をついた。
「はあ……。せっかく一緒に騎士になろうって約束してたのに」
「リディア……」
「まあ、仕方ないか。スキルは選べないもんね」
彼女はそう言って、腰に手を当てた。
リディアが授かったスキルは《聖騎士》。
身体能力を高め、剣に聖なる力を宿すことができるという、極めて珍しい戦闘系スキルだった。
神官によれば、将来は王国騎士団でも活躍できるほどの才能らしい。
俺たちは幼い頃から、村の外れにある広場で一緒に剣を振ってきた。
いつか二人で騎士になって、同じ部隊で戦う。
危険な任務でも、互いの背中を守り合う。
そんな約束を、何度も交わしていた。
「でも、俺はまだ……」
「無理しなくていいよ」
リディアが俺の言葉を遮った。
「剣術だけで騎士になれるほど、甘くないんだから」
「……」
「私は領主様の騎士団に入るつもり。あなたは鍛冶屋で頑張ってね」
あまりにもあっさりした言葉だった。
「じゃあね、アルト」
リディアは振り返ることなく、神殿を出ていった。
俺はしばらく、その背中を見つめていた。
――一緒に騎士になろう。
何度も交わした約束は、たった一度の鑑定で終わってしまった。
◇
一年後。
「アルト! そこの剣、仕上がったか!」
「はい、親方!」
俺は炉の前から顔を上げた。
ここは、領都から少し離れた街道沿いにある鍛冶屋だ。
あの日、神殿を出た俺は、村を離れて鍛冶屋に弟子入りした。
親方のガルドは、腕は確かだが口の悪い職人だった。
「ほう。綺麗に直ってるじゃねえか」
親方が、俺の差し出した剣を手に取る。
その剣は、昨日まで刃の半ばから折れていた。
だが、今は継ぎ目一つない。
俺のスキル《融合》で、折れた刃を一体化させたのだ。
「まったく、お前のスキルは便利だな。普通なら打ち直すしかねえ剣を、あっという間に直しちまう」
「でも、親方が教えてくれた通り、刃の形は整えましたよ」
「当たり前だ。くっつけただけじゃ剣にはならねえ」
親方は満足そうに頷いた。
《融合》。
この一年で、俺は少しずつ能力の性質を理解してきた。
基本的には、二つ以上の物質を一つにする能力だ。
同じ金属同士なら、継ぎ目なく結びつけられる。
さらに、異なる素材同士でも融合できることが分かった。
鉄と銅。
石と金属。
木と金属。
ただし、どんな組み合わせでも成功するわけではない。
素材によっては強度が増すこともあれば、逆にもろくなることもある。
そして、一度融合したものは元に戻せない。
失敗すれば、素材を無駄にしてしまう。
「そういや、昨日の実験はどうだった?」
「……失敗しました」
「またか?」
「鉄と魔石を融合させたら、突然火花が散って……」
「おいおい。工房を燃やすなよ?」
「気をつけます」
親方は呆れたように笑った。
魔石。
魔物の体内や鉱山などから採れる、魔素を蓄えた特殊な鉱石だ。
火、雷、氷など、さまざまな属性を持つものが存在する。
魔道具や魔剣の素材として使われるが、加工には専門の技術が必要だった。
ところが、俺の《融合》なら、魔石を金属と直接一体化させられる。
普通の鍛冶では不可能な加工だ。
ただし、魔石の力がどう変化するのか、まだよく分かっていない。
「ほら、これを持っていけ」
親方が、小さな革袋を投げてよこした。
中には、青白い光を帯びた小さな魔石が入っている。
「雷属性の魔石ですか?」
「ああ。昨日の残りだ。どうせ欠けてて売り物にならねえ。好きに実験しろ」
「ありがとうございます!」
「その代わり、今日は領都まで品物を届けてこい。注文の剣が仕上がってる」
「分かりました!」
俺は革袋を腰に結びつけ、荷物をまとめた。
そして、壁に立てかけてあった一本の剣を手に取る。
俺が初めて、自分で打った剣だ。
高価な素材を使ったわけではない。
だが、何度も鍛え直し、手に馴染むよう調整してきた。
「……また剣を持っていくのか」
親方が言った。
「はい。道中、魔物が出るかもしれませんから」
「そうか」
親方は少しだけ表情を和らげた。
「お前、まだ騎士になる夢を諦めてねえんだな」
「……どうでしょう」
俺は苦笑した。
「騎士にはなれないかもしれません。でも、剣を振るのは好きですから」
実際、鍛冶屋に弟子入りしてからも、毎朝の素振りは欠かしていなかった。
仕事が終われば、工房の裏で剣を振る。
リディアと稽古していた頃から、ずっと続けてきた習慣だった。
「なら、それでいい」
親方は俺の肩を軽く叩いた。
「スキルが何だろうと、お前が積み重ねてきたものまで消えるわけじゃねえ」
「……はい!」
俺は剣を腰に差し、工房を出た。
◇
領都へ続く街道は、穏やかな春の日差しに包まれていた。
道の両側には草原が広がり、遠くには低い丘が連なっている。
俺は荷物を背負いながら、のんびりと歩いていた。
その時だった。
「きゃあああっ!」
前方から悲鳴が聞こえた。
「……何だ?」
俺は足を止めた。
続いて、金属が激しくぶつかる音。
馬のいななき。
そして、獣の唸り声。
「魔物か!」
俺は荷物を道端に置き、剣を抜いて駆け出した。
街道の先。
そこには、豪華な装飾が施された馬車が停まっていた。
周囲では、鎧を身につけた護衛騎士たちが三体の魔物と戦っている。
灰色の毛並み。
鋭い牙。
大人の背丈ほどもある巨大な狼。
グレイウルフだ。
しかも、普通の個体より明らかに大きい。
「くそっ! こいつら、何て硬い皮膚だ!」
「馬車を守れ!」
護衛騎士の一人が剣を振るう。
だが、グレイウルフは素早く身をかわし、騎士の腕に噛みついた。
「ぐあっ!」
騎士が倒れる。
魔物はそのまま、倒れた騎士の喉元へ牙を向けた。
考えるより先に、身体が動いていた。
「危ない!」
俺は地面を蹴り、騎士と魔物の間に飛び込んだ。
ガキンッ!
剣で牙を受け止める。
「ぐっ……!」
重い。
腕が痺れるほどの衝撃だった。
だが、ここで退くわけにはいかない。
「に、逃げろ! 君まで殺されるぞ!」
倒れた騎士が叫ぶ。
「大丈夫です! まだ動けます!」
俺は剣を押し返し、魔物との距離を取った。
しかし、次の瞬間。
グレイウルフが再び飛びかかってきた。
「くっ!」
俺は横へ跳んでかわし、すれ違いざまに剣を振るった。
刃が魔物の肩を捉える。
だが――。
キンッ!
「……硬い!」
剣が弾かれた。
普通の剣では、深い傷を与えられない。
魔物は怒りの咆哮を上げた。
その向こうでは、残りの二体が護衛騎士たちを押し込んでいる。
このままでは、馬車まで突破される。
「……どうする」
俺は剣を握り直した。
剣術だけでは勝てない。
ならば――。
「……そうだ」
腰の革袋に手を伸ばす。
中に入っていたのは、親方からもらった雷属性の魔石。
昨日、工房で実験した素材だ。
あの時は、魔石と鉄を融合させた瞬間、青白い火花が散った。
もし、あれを剣で起こせたら。
「……やってみるしかない!」
俺は魔石を取り出し、剣の根元へ押し当てた。
「《融合》!」
瞬間。
青白い光が走った。
「うわっ!」
剣が激しく震える。
魔石が刃へ溶け込むように消え、刀身に青い筋が広がっていく。
パチッ。
パチパチッ。
小さな雷光が、刃の周囲を跳ねた。
「……成功した?」
俺は目を見開いた。
剣が、雷を纏っている。
魔石を使った魔剣は存在する。
だが、それらは熟練の魔道具職人が、複雑な術式を刻んで作るものだ。
俺はただ、剣と魔石を融合させただけ。
それなのに――。
「グルルルッ!」
グレイウルフが地面を蹴った。
「来い!」
俺は剣を構える。
魔物が飛びかかる。
その瞬間、俺は一歩踏み込み、雷を纏った剣を振り抜いた。
バチィッ!
「ギャウッ!」
刃が魔物の肩に食い込んだ。
同時に、青白い雷撃が全身を駆け巡る。
魔物の身体が大きく痙攣した。
「今だ!」
俺は剣を引き、再び踏み込んだ。
狙うのは首。
幼い頃から、何千回と繰り返してきた動き。
踏み込み。
重心移動。
そして、斬撃。
「はああっ!」
雷を帯びた刃が、魔物の首を深く切り裂いた。
グレイウルフは短い悲鳴を上げ、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「……倒した」
俺は荒い息を吐いた。
だが、休んでいる暇はない。
「まだ二体いる!」
俺は振り返った。
残りのグレイウルフが、護衛騎士たちへ襲いかかっている。
「加勢します!」
「君は……!」
騎士の一人が驚いたように目を見開いた。
俺の剣を見たのだろう。
「その剣……魔剣なのか!?」
「今、作りました!」
「……は?」
「説明は後で!」
俺は騎士の横へ並んだ。
「一体ずつ倒しましょう!」
「わ、分かった!」
騎士たちが頷く。
俺たちは連携して魔物を追い詰めた。
雷撃で動きを止め、騎士が剣を突き立てる。
もう一体も、俺が注意を引いている間に背後から斬り伏せた。
「……君、剣術はどこで習ったんだ?」
騎士の一人が、驚いたように尋ねた。
「幼い頃から、ずっと練習していました」
「そうか……。見事な剣さばきだった」
「ありがとうございます!」
俺は少し照れくさくなった。
やがて、三体のグレイウルフはすべて動かなくなった。
「……終わった、のか」
騎士の一人が呟く。
俺は剣を下ろした。
刀身を走っていた雷光は、すでに消えかけている。
魔石に蓄えられていた魔力を使い切ったのだろう。
「助かった……。本当に助かったよ」
最初に倒れていた騎士が、俺の手を握った。
「君が来なければ、私は確実に死んでいた」
「間に合ってよかったです」
「それに、あの魔剣……。一体、どうやって?」
「ええと……」
俺が説明しようとした時だった。
「皆さん、ご無事ですか!」
馬車の扉が開いた。
中から、一人の少女が降りてくる。
淡い金色の髪。
澄んだ青い瞳。
上品な白いドレスを身につけた、美しい少女だった。
年齢は、俺と同じくらいだろうか。
「お嬢様! 危険です! まだ馬車の中に!」
「もう魔物はいないのでしょう?」
少女はそう言って、俺の方へ歩いてきた。
「あなたが、助けてくださったのですね」
「あ、はい。偶然通りかかっただけですけど」
「偶然でも、あなたが来てくださらなければ、どうなっていたか分かりません」
少女は深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
「そ、そんな。頭を上げてください!」
俺は慌てた。
明らかに貴族の令嬢だ。
そんな人に頭を下げられるなんて、どう対応すればいいのか分からない。
少女は顔を上げると、柔らかく微笑んだ。
「申し遅れました。私はセレスティア・フォン・アルヴェルトと申します」
「アルヴェルト……?」
聞き覚えのある名前だった。
いや、聞き覚えどころではない。
この地方を治める領主の家名だ。
「も、もしかして……」
「はい。アルヴェルト伯爵の娘です」
「えええっ!?」
思わず大声を上げてしまった。
少女――セレスティア様は、くすくすと笑った。
「そんなに驚かなくても大丈夫ですよ」
「い、いえ! 失礼しました!」
「ふふ。面白い方ですね」
そして、彼女は俺の剣へ視線を向けた。
「ところで、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「はい?」
「先ほどの剣です。雷を纏っていましたよね?」
「ああ、これですか」
俺は剣を少し持ち上げた。
「魔石と融合させたんです」
「……融合?」
「はい。俺のスキルが《融合》なので」
その瞬間。
セレスティア様の表情が変わった。
「《融合》……?」
「ええ。珍しいスキルらしいですけど、鍛冶向けだって言われてます」
「鍛冶向け……」
彼女はしばらく考え込んだ。
そして、顔を上げた。
「アルト様」
「は、はい!」
「ぜひ、父の屋敷へいらしてください」
「……え?」
「あなたに、もっとお話を伺いたいのです」
セレスティア様は、どこか楽しそうに微笑んだ。
「その《融合》というスキル……。私には、ただの鍛冶スキルとは思えません」
◇
数日後。
俺は、領主アルヴェルト伯爵の屋敷を訪れていた。
「……大きいな」
目の前には、立派な石造りの屋敷がそびえている。
広い庭園。
噴水。
整然と並ぶ木々。
鍛冶屋の小さな工房とは、何もかもが違った。
「アルト様。お待ちしておりました」
玄関で迎えてくれたのは、セレスティア様だった。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「そんなに緊張なさらないでください」
「い、いえ……。こういう場所は初めてなので」
セレスティア様は楽しそうに笑った。
「では、少しずつ慣れてくださいね」
案内されたのは、広い応接室だった。
そこには、立派な髭を蓄えた中年の男性が座っていた。
アルヴェルト伯爵。
この地方の領主だ。
「君がアルト君か」
「は、はい!」
「娘から話は聞いている。よくぞセレスティアを守ってくれた」
伯爵は立ち上がり、俺の手を握った。
「護衛騎士たちからも報告を受けている。君がいなければ、娘だけでなく、騎士たちにも犠牲が出ていただろう」
「いえ……。俺は、できることをしただけです」
「それができる者は、そう多くない」
伯爵は満足そうに頷いた。
「何か褒賞を与えたい。望みはあるか?」
「褒賞、ですか?」
「ああ。金貨でも、装備でも構わない」
俺は少し考えた。
そして、思い切って口を開いた。
「あの……。もし可能でしたら、魔石を少し分けていただけませんか?」
「……魔石?」
伯爵が目を瞬かせた。
「金貨ではなく?」
「はい。いろいろ実験してみたくて」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、伯爵が豪快に笑い始めた。
「はっはっは! なるほど! 娘が興味を持つわけだ!」
「お父様!」
セレスティア様が少し頬を赤らめた。
「私は純粋に、アルト様のスキルに興味があるだけです!」
「分かっている、分かっている」
伯爵は笑いながら頷いた。
「よかろう。魔石なら、屋敷の倉庫にいくらでもある。好きなものを選ぶといい」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、危険な実験は控えるようにな」
「ありがとうございます!」
俺が頭を下げた、その時だった。
応接室の扉が開いた。
「伯爵様。騎士団の巡回報告をお持ちしました」
聞き覚えのある声。
俺は顔を上げた。
扉の向こうに立っていたのは、銀色の鎧を身につけた少女だった。
長い赤髪を後ろで束ね、腰には立派な剣を差している。
「……リディア?」
思わず名前を呼んだ。
少女がこちらを見る。
その表情が、驚きに変わった。
「……アルト?」
一年ぶりに会う幼馴染だった。
「どうして、あなたがここにいるの?」
「ええと……。伯爵様に呼んでいただいて」
「伯爵様に?」
リディアは怪訝そうに眉をひそめた。
「鍛冶屋のあなたが?」
その言葉に、セレスティア様が口を開いた。
「リディア。アルト様をご存じなのですか?」
「はい。幼馴染です」
「まあ、そうだったのですね!」
セレスティア様は嬉しそうに微笑んだ。
「アルト様には、先日の魔物の襲撃で命を救っていただいたのです」
「……え?」
リディアが固まった。
「命を、救った?」
「はい。護衛騎士の方々と協力して、グレイウルフを討伐してくださいました」
「……アルトが?」
リディアは信じられないという顔で俺を見た。
「だって、あなたのスキルは《融合》でしょう?」
「うん」
「鍛冶用のスキルじゃなかったの?」
「鍛冶にも使えるよ」
「……にも?」
俺は腰の剣に手を添えた。
「魔石と融合させたら、魔剣になったんだ」
「……は?」
リディアの口が開いたままになる。
「ま、魔剣って……。そんな簡単に作れるものじゃないでしょう!?」
「俺も驚いたよ」
「驚いたって……!」
「実際に、アルト様は雷を纏った剣でグレイウルフを討伐されたのです」
セレスティア様が説明する。
「護衛騎士たちも、その技術に驚いていました」
「…………」
リディアは何も言わなかった。
やがて、視線を落とす。
「……そう」
その声は、どこか複雑そうだった。
俺は少しだけ胸が痛んだ。
でも、不思議と昔ほど苦しくはなかった。
俺には、今の仕事がある。
親方がいる。
そして、自分のスキルで誰かを助けることもできた。
あの日、リディアに置いていかれたことは、もう変えられない。
けれど、それだけで俺の未来が決まったわけではなかった。
◇
その日の午後。
俺はセレスティア様に案内され、屋敷の研究室を訪れていた。
「……すごい」
壁一面に並ぶ書物。
さまざまな魔石。
複雑な魔法陣が刻まれた器具。
まるで魔法研究所のようだった。
「私、魔法や魔石の研究が好きなのです」
セレスティア様が少し恥ずかしそうに言った。
「父には、令嬢らしくない趣味だと言われることもありますが」
「そんなことないと思います」
「……本当ですか?」
「はい。俺も、こういうのを見るとわくわくします」
セレスティア様の顔が明るくなった。
「では、ぜひ一緒に実験しましょう!」
俺たちは机の上に魔石を並べた。
火属性。
雷属性。
氷属性。
それぞれの魔石を、鉄片や水晶などと融合させていく。
火属性の魔石と鉄を融合させると、鉄片が赤く熱を帯びた。
氷属性の魔石と水晶を融合させると、表面に薄い霜が生まれた。
「すごい……!」
セレスティア様が目を輝かせる。
「通常の魔道具では、術式を通して魔石の力を引き出します。でも、アルト様の《融合》は違いますね」
「そうなんですか?」
「はい。素材そのものが、魔石の性質を持つようになっています」
彼女は熱を帯びた鉄片を慎重に観察した。
「まるで、二つの素材が新しい物質に生まれ変わったようです」
「……新しい物質」
俺はその言葉を繰り返した。
確かに、融合後の素材は元のものとは違う。
単にくっつけているわけではない。
内部まで一体化しているのだ。
その時、熱を帯びた鉄片から薄い煙が立ち上った。
「あっ!」
俺が慌てて鉄片を持ち上げようとすると、セレスティア様が手をかざした。
「《微風》」
柔らかな風が生まれ、煙を窓の外へ流していく。
「……魔法も使えるんですね」
「はい。風魔法は少し得意なんです」
セレスティア様は微笑んだ。
「研究室で煙が出た時にも便利なんですよ」
「……なるほど」
俺は思わず笑ってしまった。
その後、俺は腰の剣を取り出した。
「そういえば、この剣も見ていただけますか?」
「もちろんです!」
「先日の戦闘で雷の力を使い切ってしまったみたいで……」
セレスティア様は剣を受け取り、刀身を観察した。
「なるほど。魔石そのものは融合したままですが、蓄えられていた魔素がなくなっているようですね」
「やっぱり、そうですか」
「でしたら、新しい魔石を追加してみましょう」
セレスティア様は机の上から、雷属性の魔石を一つ取り上げた。
「これを使ってください」
「いいんですか?」
「はい。父からも、魔石は自由に使ってよいと言われていますから」
「ありがとうございます!」
俺は魔石を剣の根元へ押し当てた。
「《融合》!」
青白い光が走る。
魔石が刀身へ溶け込み、消えかけていた雷の筋が再び輝き始めた。
パチッ。
小さな雷光が弾ける。
「……成功した!」
「素晴らしいです!」
セレスティア様が嬉しそうに手を叩いた。
「一度融合した素材に、さらに別の素材を追加できるのですね!」
「はい。これなら、魔力を使い切っても補充できそうです」
「ただし、どこまで追加できるのかは分かりませんね」
「そうですね。剣そのものが壊れたら困りますし」
俺たちは顔を見合わせ、笑った。
「アルト様」
「はい?」
「《融合》は、物質以外にも使えるのでしょうか?」
「物質以外……?」
「例えば、魔法そのものとか」
俺は首を傾げた。
「考えたこともありませんでした」
「魔法は、魔素によって生み出されます。魔素は目に見えませんが、確かに存在しています」
「……はい」
「もし、魔素そのものを融合できたら、どうなるのでしょう?」
「魔素を……融合?」
俺は考え込んだ。
魔素。
この世界のあらゆる場所に存在する、魔法の源となる力。
魔石は、その魔素を蓄えた鉱石だ。
ならば、魔石を融合できる俺のスキルは――。
「……試してみますか?」
俺が言うと、セレスティア様は少し困ったように笑った。
「興味はありますが、今日はやめておきましょう」
「どうしてですか?」
「魔素は、魔法の力そのものです。何が起こるか分かりませんから」
「……確かに」
「それに、アルト様の《融合》は、一度発動すると元に戻せないのでしょう?」
「はい」
「でしたら、慎重に調べる必要がありますね」
俺は頷いた。
魔素そのものを融合させる。
面白そうではある。
だが、今はまだ、どうなるのか想像もつかなかった。
◇
異変が起きたのは、その日の夕方だった。
廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
続いて、研究室の扉が叩かれる。
「セレスティアお嬢様! 失礼いたします!」
「どうしたのですか?」
扉を開けた騎士が、険しい表情で告げた。
「領都の北に、巨大な魔物が出現しました! 伯爵様から、お嬢様は屋敷の中で待機するようにとのご命令です!」
「巨大な魔物……?」
「はい! 全長十メートルを超える、黒い甲殻を持つ魔物です! 街道沿いの砦が襲撃され、現在、領都へ向かっています!」
セレスティア様の顔色が変わった。
「そんな……!」
「騎士団は?」
俺が尋ねる。
「すでに出動しています! ですが、通常の剣も魔法も、ほとんど通じません!」
俺は窓の外へ目を向けた。
遠くの空に、黒い煙が上がっている。
領都の北側だ。
「……俺も行きます」
思わず口にしていた。
「アルト様!?」
セレスティア様が驚く。
「危険です! 相手は、騎士団でも手に負えない魔物なのですよ!」
「分かっています」
「でしたら……!」
「でも、何かできるかもしれません」
俺は腰の剣を握った。
騎士になる夢は、もう諦めた。
けれど。
誰かを守りたいと思う気持ちまで、捨てたわけじゃない。
「……アルト様」
セレスティア様は、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく息を吐いた。
「分かりました」
「セレスティア様?」
「私も参ります」
「えっ!?」
「魔石の知識なら、少しはお役に立てるかもしれません」
「ですが、伯爵様から待機するようにと……」
「父には私から説明します。もちろん、勝手に飛び出したりはしません」
セレスティア様は真剣な表情で続けた。
「それに、風魔法なら、負傷者の救助にも使えるかもしれません」
俺は少し考え、頷いた。
「……分かりました。でも、絶対に無理はしないでください」
「はい!」
セレスティア様は嬉しそうに微笑んだ。
その後、俺たちは伯爵のもとへ向かった。
伯爵は最初、セレスティア様の同行に強く反対した。
だが、彼女が負傷者の救助に協力したいと訴えると、しばらく考え込んだ。
「……分かった。ただし、城門付近での救護活動に限る。決して前線へ出てはならん」
「ありがとうございます、お父様!」
「アルト君。娘を頼む」
「はい!」
俺たちは騎士たちとともに、北門へ向かった。
◇
領都の北門。
そこでは、騎士団が巨大な魔物と戦っていた。
「……何だよ、あれ」
俺は目の前の光景に息を呑んだ。
黒い甲殻に覆われた巨体。
六本の脚。
頭部からは、二本の鋭い角が伸びている。
全長は十メートルを超えているだろう。
まるで、巨大な甲虫だった。
「グオオオオオッ!」
魔物が咆哮する。
その巨体が動くたびに地面が揺れ、六本の脚が土を深く抉った。
「怯むな! 城門へ近づけるな!」
騎士団長らしき男が叫ぶ。
騎士たちは魔物の周囲を取り囲み、必死に攻撃を続けていた。
だが、剣は分厚い甲殻に弾かれ、魔法もほとんど効果がない。
それどころか、魔物が脚を振り払うたびに、騎士たちが次々と吹き飛ばされていた。
「……このままじゃ」
俺は城門へ目を向けた。
門の内側では、住民たちの避難が続いている。
もし、あの巨体が城門へ突進すれば、ひとたまりもない。
その時だった。
「《聖剣撃》!」
聞き覚えのある声が響いた。
リディアだ。
彼女の剣が白い光を纏い、魔物の前脚へ振り下ろされる。
ガギィンッ!
甲殻に浅い傷が走った。
だが、それだけだった。
「……嘘」
リディアが目を見開く。
次の瞬間、魔物が巨大な脚を振り上げた。
「危ない!」
俺は叫んだ。
リディアが身をかわす。
しかし、脚が地面を叩きつけた衝撃で、彼女の身体が吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
「リディア!」
俺は駆け出した。
地面に倒れたリディアへ、魔物が再び脚を振り上げる。
「くっ!」
俺は彼女の腕を掴み、思い切り横へ跳んだ。
ドゴォンッ!
直後、巨大な脚が地面を叩きつけた。
土砂が舞い上がる。
「……アルト?」
リディアが驚いたように俺を見た。
「立てる?」
「う、うん……」
「なら、下がって」
「でも……!」
「ここは危険だ!」
俺は剣を抜いた。
刀身には、研究室で追加した雷属性の魔石が融合している。
青白い雷光が、刃の周囲を走った。
「……また、その剣」
リディアが呟く。
「これなら、少しは効くかもしれない!」
俺は地面を蹴った。
「はああっ!」
雷剣を魔物の脚へ叩き込む。
バチィッ!
激しい雷撃が走った。
だが――。
「……効いてない!?」
甲殻には、わずかな傷しかついていなかった。
魔物は、まるで何事もなかったかのように脚を動かす。
「くっ!」
俺は慌てて後ろへ跳んだ。
直後、巨大な脚が地面を抉った。
土砂が舞い上がる。
「アルト様!」
セレスティア様の声が聞こえた。
振り返ると、彼女は城門近くで、騎士たちとともに住民の避難を手伝っていた。
「まだ、逃げ遅れた方々がいます!」
「……分かりました!」
俺は剣を握り直した。
雷剣でも、あの甲殻は貫けない。
ならば、もっと強い力が必要だ。
だが、どうすればいい。
その時、騎士団長の声が響いた。
「全員、魔物を北の平原へ誘導しろ! 城門から引き離すんだ!」
騎士たちが一斉に動き始めた。
魔物の正面から攻撃を仕掛け、注意を引く。
そして、少しずつ後退していく。
魔物は怒りの咆哮を上げ、騎士たちを追い始めた。
「グオオオオオッ!」
巨大な脚が地面を踏み鳴らす。
騎士団は距離を保ちながら、魔物を城門から遠ざけていった。
俺もその後を追う。
やがて、周囲に建物のない広い平原へ出た。
城門は、すでに遠くに見えている。
騎士団はさらに魔物を誘導し、街道からも引き離した。
「ここなら……!」
俺は周囲を見渡した。
近くに住民はいない。
建物もない。
だが、魔物の巨体は相変わらず健在だった。
騎士たちは疲弊し、負傷者も増えている。
このまま戦い続ければ、いずれ誰かが死ぬ。
「……もっと強い力」
俺は呟いた。
その時。
昼間、研究室で交わした会話が蘇った。
――もし、魔素そのものを融合できたら、どうなるのでしょう?
「……魔素を融合」
俺は自分の手を見つめた。
魔石と剣を融合させた時、雷を纏う魔剣が生まれた。
ならば、魔素と魔素を融合させたら。
何が起こるのだろう。
「……試すしかない」
俺は魔物へ目を向けた。
騎士団は、まだ必死に応戦している。
だが、長くは持たない。
「セレスティア様!」
俺は彼女を呼んだ。
セレスティア様が駆け寄ってくる。
「アルト様! ご無事でしたか!」
「はい。でも、普通の攻撃じゃ、あの魔物は倒せません」
「……そうですね」
「一つ、試してみたいことがあります」
「試したいこと?」
「魔素そのものを融合させるんです」
セレスティア様の表情が変わった。
「……あの、研究室でお話しした?」
「はい」
「ですが、何が起こるか分からないのですよ!」
「分かっています」
俺は頷いた。
「でも、このままじゃ騎士団が持ちません」
「……」
「それに、もし何か強い力が生まれたとしても、俺にはそれを飛ばす方法がありません」
俺はセレスティア様を見た。
「風魔法で、遠くへ運ぶことはできますか?」
セレスティア様は少し考えた。
「……魔素の塊なら、可能かもしれません」
「本当ですか?」
「はい。ただし、どのような性質になるか分かりませんから、確実とは言えません」
「それでも、お願いします」
セレスティア様は、しばらく俺を見つめていた。
そして、頷いた。
「……分かりました。私も協力します」
「ありがとうございます!」
「ただし、危険だと思ったら、すぐに中止してください」
「……一度始めた《融合》は、元に戻せません」
「……そうでしたね」
セレスティア様は唇を噛んだ。
「では、融合する魔素の量をできるだけ少なくしてください」
「はい」
「それでも、何が起こるか分かりません。十分に距離を取りましょう」
俺は頷いた。
未知の力だ。
危険なのは分かっている。
だが、今の俺たちには、ほかに魔物を倒せる方法が思いつかなかった。
「まず、騎士団の方々にも退避していただきましょう」
「分かりました!」
俺たちは騎士団長のもとへ向かった。
「何!? 魔物を一撃で倒せるかもしれないだと!?」
「はい。ただ、危険な力なので、周囲に誰もいない状態にしたいんです」
騎士団長は一瞬考え込んだ。
そして、魔物へ目を向けた。
すでに、騎士団の攻撃はほとんど通じていない。
「……分かった。やってみろ」
「ありがとうございます!」
「全員、魔物から離れろ! 負傷者を連れて退避するんだ!」
騎士たちが一斉に動き始めた。
魔物の注意を引きながら、少しずつ距離を取る。
やがて、巨大な甲虫は平原の中央に取り残された。
俺とセレスティア様も、魔物からさらに距離を取った。
周囲には、遮るもののない草地が広がっている。
「……ここなら」
俺は魔物へ目を向けた。
遠くでは、騎士たちが散開しながら退避を続けている。
巨大な甲虫が咆哮した。
そして、こちらへ向かって動き始めた。
「……まずい。もう時間がない!」
「アルト様!」
「はい!」
俺は深く息を吸った。
そして、両手を前へ伸ばす。
体内の魔素を、手のひらへ集めた。
淡い光が生まれる。
それを二つに分け、互いに結びつけるように意識する。
「……いきます」
「はい!」
セレスティア様が隣で頷いた。
俺は集中した。
魔素と魔素。
二つの力を、一つにする。
「《融合》!」
瞬間。
光が弾けた。
「……っ!?」
両手の間に、小さな白い球体が生まれた。
直径は、ほんの数センチ。
だが、その光は異様だった。
眩しすぎて、直視できない。
周囲の空気が震え、肌が焼けるように熱くなる。
「……何だ、これ」
俺は歯を食いしばった。
球体が、少しずつ大きくなっていく。
止まらない。
一度始まった融合は、元に戻せない。
「アルト様!」
セレスティア様が叫んだ。
「それ以上は危険です!」
「……分かってます!」
俺は必死に力を抑えようとした。
だが、球体はさらに輝きを増していく。
直径は、すでに拳ほどになっていた。
その中心は、真っ白に輝いている。
まるで、小さな太陽だった。
「……セレスティア様!」
「はい!」
「お願いします!」
セレスティア様が両手を前へ突き出した。
「《烈風》!」
激しい風が巻き起こる。
白い球体が、風に押されて動き始めた。
「……動いた!」
「このまま、押し出します!」
セレスティア様がさらに魔力を込める。
風が球体の周囲を包み込み、前方へ押し流していく。
白い球体が、一気に加速した。
巨大な甲虫がこちらへ向き直る。
黒い甲殻に覆われた巨体。
騎士団の剣も、魔法も通じなかった怪物。
その正面へ、小さな太陽が飛んでいく。
そして――。
直撃した。
ドォォォォォォォォンッ!
凄まじい轟音。
視界が、一瞬で真っ白に染まった。
「セレスティア様!」
俺は咄嗟に彼女を抱き寄せ、背中を爆発の方へ向けた。
次の瞬間。
ゴォォォッ!
凄まじい爆風が押し寄せた。
「ぐっ……!」
俺はセレスティア様を抱えたまま、その場に膝をついた。
熱風が背中を撫でる。
それでも、腕の力は緩めなかった。
やがて、轟音が収まった。
「……アルト様?」
腕の中から、小さな声が聞こえた。
「……お怪我は、ありませんか?」
「私は大丈夫です! それより、アルト様は……!」
「……何とか」
俺はゆっくりと身体を起こした。
背中がひりひりと痛む。
だが、セレスティア様に怪我はないようだった。
俺は安堵して、息を吐いた。
そして、爆発のあった方へ目を向ける。
「……え?」
巨大な甲虫がいた場所。
そこには、何もなかった。
残っていたのは、大きく抉れた地面と、立ち上る土煙だけ。
「……消えた?」
俺は呆然と呟いた。
遠くへ退避していた騎士たちも、言葉を失っていた。
リディアは剣を握ったまま、ただ目の前の光景を見つめている。
「……何、今の」
誰かが呟いた。
俺は自分の手を見つめた。
魔素と魔素を融合させた。
ただ、それだけだった。
なのに――。
「……とんでもない力だな」
思わず呟く。
すると、隣にいたセレスティア様が、俺の背中へ目を向けた。
「アルト様! 背中が……!」
「ああ……。少し、熱かったですね」
「少しではありません!」
セレスティア様は泣きそうな顔になった。
「どうして、私を庇ったのですか……!」
俺は少し考えた。
でも、答えは簡単だった。
「……危ないと思ったので」
「……それだけですか?」
「はい」
俺は苦笑した。
「身体が、勝手に動いていました」
セレスティア様は、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく俯いた。
「……もう」
その声は、少し震えていた。
「本当に……無茶ばかりするんですから」
俺は返す言葉がなく、困ったように笑った。
「でも、セレスティア様がいなかったら、あの魔物は倒せませんでした」
「……え?」
「俺には、あの球体を飛ばす方法がありませんでしたから」
セレスティア様は驚いたように俺を見た。
「二人で倒したんです」
「……はい」
彼女は小さく頷いた。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね。私たち二人で」
俺たちは、もう一度爆発の跡へ目を向けた。
「それにしても……」
セレスティア様が呟く。
「あの光は、一体何だったのでしょう」
「……分かりません」
「おそらく、魔素同士が融合したことで、膨大な力が生まれたのでしょう。それが衝撃を受けて、一度に解放されたのかもしれません」
「……なるほど」
「ですが、まだ推測にすぎません。詳しく調べなければ……」
セレスティア様は、研究者らしい真剣な表情になった。
俺は思わず笑った。
「……本当に、研究がお好きなんですね」
「えっ?」
「いえ、何でもありません」
「もう! アルト様!」
セレスティア様が少し頬を膨らませた。
その姿を見て、俺はまた笑ってしまった。
◇
数日後。
俺は再び、アルヴェルト伯爵の屋敷を訪れていた。
両腕には包帯が巻かれている。
幸い、火傷はそれほど深くなかった。
ただし、しばらく鍛冶仕事は控えるよう、医師から言われてしまった。
「アルト君」
伯爵が真剣な表情で口を開いた。
「君のおかげで、領都は救われた」
「……いえ」
「謙遜する必要はない。あの魔物は、騎士団でも討伐できなかった。君がいなければ、多くの犠牲が出ていただろう」
伯爵は深々と頭を下げた。
「領主として、心から感謝する」
「は、はい!」
俺は慌てて頭を下げ返した。
その後、伯爵から多額の褒賞金が与えられた。
さらに、騎士団への入団も提案された。
「君ほどの剣術と特殊なスキルがあれば、騎士団でも十分に活躍できるだろう」
その言葉を聞いた時、胸が少しだけ熱くなった。
かつて、あれほど憧れた場所。
リディアと一緒に目指していた未来。
ようやく、その道が開かれたのだ。
けれど――。
「……少し、考えさせてください」
俺はそう答えた。
伯爵は意外そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「もちろんだ。急いで決める必要はない」
◇
屋敷の庭園を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「アルト」
振り返る。
そこには、リディアが立っていた。
「……リディア」
「少し、話せる?」
「うん」
俺たちは庭園のベンチに腰を下ろした。
しばらく、沈黙が続く。
やがて、リディアが口を開いた。
「……すごかったね」
「何が?」
「あの魔物を倒したこと」
「……うん」
「私たち騎士団でも、全然歯が立たなかったのに」
リディアは膝の上で手を握りしめた。
「正直、悔しかった」
「……」
「私は《聖騎士》を授かって、ずっと自分が特別なんだって思ってた」
彼女は小さく笑った。
「でも、あなたは……。あんなスキルで、あんなことができるようになってたんだね」
「……あんなスキル?」
思わず聞き返した。
リディアがはっとした。
「あ……。ごめん。そういう意味じゃ……」
「分かってるよ」
俺は首を振った。
「でも、俺はこのスキルを気に入ってる」
「……そう」
「鍛冶屋の仕事も楽しいし、親方にもいろいろ教えてもらった。今回だって、《融合》があったから助けられたんだ」
リディアは黙って聞いていた。
「だから、もう外れスキルだとは思ってない」
「……うん」
彼女は小さく頷いた。
そして、しばらく迷った後、口を開いた。
「ねえ、アルト」
「何?」
「……また、一緒に騎士を目指さない?」
俺は目を瞬かせた。
「え?」
「伯爵様から聞いたの。あなた、騎士団に誘われたんでしょう?」
「……うん」
「だったら、今度こそ一緒に……」
リディアの声が、少しだけ震えた。
「昔みたいに、二人で頑張れたらって……」
俺はしばらく考えた。
幼い頃の記憶が蘇る。
木剣を握って、何度も打ち合った日々。
夕暮れまで稽古を続けたこと。
二人で騎士になると約束したこと。
大切な思い出だ。
でも――。
「……ごめん」
俺は静かに言った。
「今は、別のことをやってみたいんだ」
「……別のこと?」
「うん。《融合》の可能性を、もっと調べてみたい」
リディアは驚いたように俺を見た。
「騎士には、ならないの?」
「まだ分からない。でも、今はそれよりも、自分のスキルで何ができるのか知りたい」
「……そっか」
リディアは俯いた。
そして、少し寂しそうに笑った。
「……私、勝手だったね」
「……」
「あなたが騎士になれないって決めつけて、勝手に置いていって……。それなのに、今さら一緒にって」
彼女は小さく息を吐いた。
「ごめんね、アルト」
「……うん」
「でも、応援してる」
リディアは顔を上げた。
「あなたが、何を目指すとしても」
「……ありがとう」
俺は微笑んだ。
きっと、昔のようには戻れない。
でも、それでいい。
俺たちは、それぞれ別の道を歩き始めたのだから。
◇
「アルト様!」
庭園の向こうから、明るい声が聞こえた。
セレスティア様だ。
「探しましたよ!」
「セレスティア様?」
「父から聞きました。騎士団への入団、まだ決めていないそうですね」
「はい」
「でしたら、ぜひお願いしたいことがあるのです!」
彼女は俺の前に立ち、両手を胸の前で組んだ。
「私と一緒に、《融合》の研究をしませんか?」
「……研究、ですか?」
「はい!」
セレスティア様は目を輝かせた。
「アルト様のスキルには、まだ誰も知らない可能性があると思うのです」
「……」
「魔石と金属を融合させれば、魔剣が生まれる。魔素同士を融合させれば、あれほどのエネルギーが生まれる」
彼女は真剣な表情になった。
「でも、あの力は危険です。使い方を間違えれば、アルト様自身も、周囲の人々も傷つけてしまうかもしれません」
「……はい」
「だからこそ、きちんと研究したいのです」
セレスティア様は微笑んだ。
「安全に使えるようになれば、きっと多くの人の役に立ちます」
俺は彼女を見つめた。
魔素融合。
あの時、生まれた白い光。
確かに、あれは恐ろしい力だった。
でも。
もし、安全に扱えるようになったら。
魔物を倒すだけではない。
街を照らすことも。
冬の寒さから人々を守ることも。
今までできなかった、さまざまなことが可能になるかもしれない。
「……面白そうですね」
俺は笑った。
セレスティア様の顔がぱっと明るくなる。
「では!」
「はい。ぜひ、一緒に研究させてください」
「ありがとうございます!」
セレスティア様は嬉しそうに俺の手を取った。
「……痛っ!」
「あっ! す、すみません! まだ腕が治っていませんでしたね!」
「だ、大丈夫です!」
「もう! 無理をなさらないでください!」
「いや、今のはセレスティア様が……」
「……あ」
セレスティア様は自分が握っていた手を見つめた。
そして、頬を赤らめる。
「……ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ」
俺たちは顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
少し離れた場所で、リディアがその様子を見つめていた。
彼女は何かを言いかけ、口を閉じた。
そして、小さく微笑むと、静かに庭園を後にした。
「それにしても……」
セレスティア様が、ふと空を見上げた。
「アルト様の《融合》は、本当に不思議ですね」
「そうですね」
「あの光……。やっぱり、太陽に似ていました」
俺も空を見上げた。
春の青空に、眩しい太陽が輝いている。
あの日、神殿で授かった《融合》。
誰も知らないスキル。
鍛冶向けだと言われ、騎士になる夢を諦めるきっかけになった能力。
けれど、その力は、俺が想像していたよりもずっと大きな可能性を秘めていた。
「……そういえば」
俺は呟いた。
「太陽って、どうしてあんなに光ってるんでしょうね?」
「さあ……。それは、まだ誰にも分かっていません」
セレスティア様が首を傾げた。
「でも、アルト様の力を研究すれば、いつか分かるかもしれませんね」
「……なるほど」
俺は自分の手を見つめた。
魔素と魔素を融合させることで生まれた、あの膨大なエネルギー。
もしかしたら、太陽も同じような仕組みで輝いているのかもしれない。
もちろん、確証なんてない。
ただの想像だ。
でも――。
「……どうやら、俺の《融合》って」
「はい?」
俺は笑った。
「太陽と同じような力を生み出せるのかもしれませんね」
セレスティア様は一瞬きょとんとした。
そして、楽しそうに笑った。
「ふふっ。そうかもしれませんね!」
俺たちは、並んで空を見上げた。
かつて、幼馴染と一緒に騎士になることを夢見ていた。
その夢は叶わなかった。
けれど、今は新しい夢がある。
誰も知らない《融合》の可能性を探すこと。
そして、この力で、誰かの役に立つこと。
俺の未来は、まだ始まったばかりだ。
――もっとも。
太陽と同じような力を生み出せるなら、次はせめて、自分の腕を焼かずに済む方法から考えたい。
そんなことを思いながら、俺はセレスティア様とともに研究室へ向かった。
新しい実験が、俺たちを待っている。
今度こそ、爆発しないといいんだけど。
……いや、本当に。
〈完〉
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