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ほころびは静かに

あれから数日間、ウルが海岸へ行くと、

すでにアーリックがそこにいる。


魚を焼いていたり、船の縄をいじっていたり、

ただ海を見ていたり。


「……あなたは、毎朝いるのか」


「おう。お前がここ通るからな」


「誰が来いと言った」


「言ってねぇけど、来てる」


ウルはため息をつくが、

その“朝の景色の一部”になりつつあるアーリックを、追い払おうとは思わなくなっていた。


その日はウルは市場へ買い物へ向かった。

いつものように、人の流れがさりげなく避けていく。


視線を逸らす者。

ひそひそと囁く声。

売り手さえ、商品を並べる手を止めて距離を取る。


(……まただ)


ウルは表情を変えず、

必要な魚を選んで代金を置く。


だが、背後から聞こえる足音は、

避けるどころかむしろ近づいてくる。


「なぁ、その魚うまいのか?」


アーリックが覗き込むように歩く。


「……ついてくるな」


「ついてねぇって。

 お前がこっち来るから、俺も来ただけだ」


市場全体がその様子を見て、ざわつく。


「なんで異国の男がウルと一緒なんだ…?」

「知らない。巻き込まれたら厄介だぞ」

「目、合わせるなって」


アーリックはそんな視線をすべて無視して、

平然と干物を手に取る。


「これ、焼いたらうまそうだな。食ったことあるか?」


ウルは視線をそらす。


「……ない」


「じゃあ買えよ。試せ」


「指図するな」


「指図じゃねぇよ。おすすめだ」


いつの間にか、

アーリックの声だけが、

この市場で“普通に話しかけてくる唯一の人”になっていた。


ウルは不意に、

市場のざわめきが遠のいたような気がして、

少しだけ胸がざらつく。


(なぜ……

 この人は、私を“避けない”)


アーリックは無自覚のまま、

またウルの半歩後ろを歩き出す。


「で、次はどこ行くんだ?」


「……帰る」


「じゃあついてく」


「……勝手にしろ」


周囲が道を開ける中、

ウルだけがアーリックの気配を煩わしく感じない。


むしろ、

あれだけ避けられている自分の後ろを

何のためらいもなく歩く男の存在は——


少しだけ、息をしやすくさせた。


気づけば、

二人は並ぶ間合いに戻っていた。

___________


市場を抜け、風がひとつ吹き抜けたところで、

ウルはふと足を緩めた。


横を歩くアーリックの足音が、落ち着いたリズムで響いている。


(……変だ)


いつもなら、

自分の隣を歩く誰かの気配なんて、ただ鬱陶しくて、

心がざわざわと落ち着かなくなるだけだった。


けれど今は——


アーリックの足音がある方が、

市場の冷たい視線よりもずっと静かで、

気づけば呼吸が楽になっている。


(なんで……だ)


その“慣れてしまいそうな感覚”に、

胸の奥がきゅっと締めつけられる。


人と関わりを持たなかった自分が、

こんなふうに誰かと並んで歩くことを

心のどこかで受け入れつつある——


あり得ない。


あり得ないはずなのに。


(……怖い)


じんわりと湧き上がったその感情に、

自分で驚く。

不安とも、期待ともつかぬ、小さな揺らぎ。


アーリックが気づかず先へ歩いていく背中を見ながら、

ウルはほんの一瞬だけ胸に触れる。


この男の存在に、

自分が少しでも「安心」を覚えてしまっているのなら——

それはきっと、よくないことだ。


(この人は指輪を狙っているだけ…)


そう思うのに、足は離れない。


むしろ、

あの市場で感じたあたたかい隙間がまだ残っていて、

その余韻が、ウルの胸をひどく悩ませた。


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