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神も知らぬ発想

影が消えたあとも、

空気の張りつめた感触は、しばらく解けなかった。


黒刃を振り抜いたまま、アーリックは動かない。


刃先から落ちた血が、

ぽたり、と地面を打つ。


「……くそっ」


短い悪態。


やがてゆっくりと刃を引き、

アーリックは消えた影を睨み据えたまま吐き捨てた。


「逃げやがった」


声は低く、まだ怒気を孕んでいる。


刃を収める気配はない。


その背からは、

今もわずかに殺気が漏れていた。


――あれが戻ってきたら、次は斬る。


そう言わんばかりの気配だった。


 


その時。


ウルの胸の奥が、ひどくざわめいた。


「……っ」


思わず胸元を押さえる。


痛みではない。


けれど、何かが引かれるような、

嫌な感覚。


目を閉じると、わかる。


細く、遠くへ伸びるもの。


糸のような――縁。


さっき消えたはずの気配が、

どこか遠くでかすかに揺れている。


まるで、


こちらを覚えたかのように。


「……ウル?」


アーリックの声が低く落ちた。


いつの間にか、すぐ目の前に立っている。


鋭い視線がウルを捉える。


「どうした」


ウルは小さく息を整えた。


「……縁が、少し」


言いかけたところで――


「繋がったか」


静かな声が落ちた。


振り向くと、

縁切り様が煙の残る地面を見下ろしている。


その佇まいはいつもと変わらない。


だが、


漂う気配は、どこか張りつめていた。


縁切り様はゆっくりと顔を上げる。


その目は、冷たく澄んでいる。


「先ほどの者……」


短く息を吐く。


「魂を喰らうだけの輩ではない」


淡々と告げる声。


「執着する者の目をしていた」


ウルの胸がわずかに強く脈打つ。


「……執着」


縁切り様はわずかに頷いた。


「お前の魂を見て、欲したのだ」


その言葉に、


アーリックの気配がわずかに沈む。


怒りが、静かに深くなる。


縁切り様は続けた。


「一度目を付けた者は、そう簡単には退かぬ」


静かな断定。


「今は退いたが……必ず、再び来る」


夜風が社をかすめた。


木々がかすかに鳴る。


縁切り様はゆっくりとウルを見た。


「そのままにしておくのは危うい」


「社は結界に守られている。

お前の気配は、しばし隠しておこう。」


静かな声だった。


「ウル」


名を呼ぶ。


「力を蓄えよ」


その言葉に、

社の空気がわずかに揺れる。


 


その沈黙を破ったのは、

アーリックだった。


「……神さんよ」


短く息を吐く。


肩の力を抜き、

いつもの調子に戻った声。


船長の顔だ。


「そうやって巫女さんを隠したり、人から遠ざけたりするから――

町の連中は余計に怖がるんじゃねぇのか?」


迷いなく、縁切り様に問いかける。


「ウルは何も悪いことしてねぇ。

なのに、針のむしろみたいな扱いだった。」


さらりと続け、不敵な笑みを浮かべる。


「こんな狭い町に閉じ込めておくには、もったいねぇ」


「……」


縁切り様はなにも答えない。


「ウルの舞を見て、美しいって町の連中は言ってた。

あんなに恐れて嫌ってたくせにな」


肩をすくめる。


「人間なんてそんなもんだ。

適当で、気まぐれだ」


そして、ふと視線を遠くへ向ける。


「海の向こう側なら――ウルは」


黒刃を肩に担ぐ。

「好きに生きられる――」


「それに、うちの連中は

化け物相手にも慣れてる」


その言葉を聞いた瞬間――


縁切り様の眉が、わずかに動いた。


ほんの一瞬。


それから、くつりと小さく笑う。


「……ほう」


静かな声。


だがそこには、

わずかな面白みが混じっていた。


「土地を守る巫女を、

土地から離すか」


ゆっくりとアーリックを見る。


その視線は、どこか試すようでもある。


「この地の者は、まず考えぬ」


淡々とした言葉。


だが、


ほんのわずかに口元が緩んだ。


「縛られぬ発想だ」


夜風が二人の間を通り過ぎる。


縁切り様はしばし黙り、


それから静かに頷いた。


「……よかろう」


承認の声。


「確かに、理には適っている」


視線をウルへ向ける。


「土地の外ならば、

あれも縁を追いにくい」


アーリックは軽く肩をすくめた。


「だろ」


口元に少し笑みが浮かぶ。


「海は広い」


黒刃を軽く回し、鞘に収める。


「俺の船に乗った奴は、

簡単には沈ませねぇ」


それから、ウルを見る。


声は、もう完全に船長のものだった。


「ウル、出航だ。

準備しろ」


その瞬間――


ウルの胸の奥で、

何かが静かにほどけた。


社の外を指で示す。


「夜明け前に出る」


短く、確かな言葉。


「乗せた以上は――」


その目がわずかに細くなる。


「必ず守る」


夜の社に、

新しい流れが静かに生まれていた。



この章で一度お休みします。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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