壊すほどに美しい
静寂。
空間が止まっている。
シェルゼの手が差し出されている。
「あぁ、君が欲しい」
優しい声。
拒絶する理由を奪うような声音。
胸が締めつけられる。
怖い。
逃げたい。
けれど——
ウルは気づいていた。
この存在は、自分を理解しようとしているのではない。
取り込もうとしている。
名前も。
弱さも。
孤独も。
全部。
「……違う」
小さく、声が漏れた。
自分でも驚くほど震えていた。
シェルゼが目を細める。
「ん?」
ウルはゆっくり息を吸う。
視線を逸らさない。
怖いまま。
震えたまま。
それでも。
「あなたは……私を見てない」
闇が揺れた。
「私の“寂しさ”しか見てない」
一歩、足を動かす。
前へ。
——アーリックの方へ。
掴んでいた服を、
今度は意識して握り直す。
ぎゅっと。
逃げるためじゃない。
選ぶために。
アーリックの呼吸がわずかに止まる。
「私は——」
喉が震える。
それでも言う。
「守られてるからここにいるんじゃない」
顔を上げる。
初めて、自分の意思で。
「ここに居たいから、ここにいる」
シェルゼの笑みが止まった。
ほんの一瞬。
本当に僅か。
楽しげな仮面に、
亀裂が入る。
「……へぇ」
低い声。
「彼を選ぶんだ?」
ウルは頷かない。
宣言もしない。
ただ。
アーリックの隣へ並ぶ。
背中ではなく。
同じ位置に。
その瞬間。
アーリックの瞳が揺れた。
驚き。
そして。
静かな確信。
彼は何も言わない。
ただ、剣をわずかに下げる。
——守る対象ではなく、
共に立つ者として。
シェルゼが息を吐く。
長く。
惜しむように。
「あぁ……」
指先で自分の唇をなぞる。
「それ、最高にいい」
目が熱を帯びる。
執着が深くなる。
「選んだ顔。
それが一番好きだよ、ウル」
闇が爆ぜた。
今までとは違う。
遊びではない。
本気。
「じゃあ奪うしかないね。奪われて歪むウルの顔もきっと素敵だ」
空間が崩壊を始める。
世界が軋む。
シェルゼの力が解放される。
だが。
アーリックは動かなかった。
隣に立つウルを横目で見る。
ほんの一瞬。
小さく息を吐く。
「……下がるなよ」
命令じゃない。
確認でもない。
信頼だった。
ウルは頷く。
もう、後ろには下がらない。
二人の影が並ぶ。
その姿を見て。
シェルゼは、
心底嬉しそうに笑った。
「いいねぇ。
本当に——壊しがいがある」
闇が吠える。
感情と感情がぶつかる。




