表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

灯籠揺れる祖霊の夜に

盆の祭りがはじまり、ざわめきの中、

境内の澄んだ空気だけが、どこか別世界のように静かだった。


楼門に飾られた灯籠がゆらりと揺れ、

人々を迎える香の煙が細くのぼり、夜空に溶けていく。


お盆——

祖霊が帰る夜。


境が薄まり、

“目に見えないもの”の気配が強くなる。


ウルは白装束の袖をそっと整えた。

胸の奥には、まだ昼間の痛みが残っている。

救えなかった命。

手の中で冷たく途切れていった黒い糸。


けれど今夜の舞は、

過ぎた魂のためだけではない。

生きている者の縁を守る舞だ。


「ウル姉様、そろそろです」


巫女仲間のアワネが、緊張で少し硬い声を出す。

ウルは小さく微笑んで頷き、舞殿へと向かった。


太鼓が三度、静かに大地を震わせる。

同時に、風がぴたりと止んだ。


そして——

笛が鳴った。


澄んだ一音が夜の境内を切り裂き、

やがて柔らかに広がっていく。


吹いているのはシキ。

幼い頃から共に奉納の芸を学んだ、

ウルが最も信頼する笛の使い手だ。


彼の奏でる音は、

まるで水面に落ちる一滴の光のように透き通っていて、

聞く者の心を静かに整えていく。


人々のざわめきが自然と消え、

視線が一斉にウルへと吸い寄せられた。


そして、舞殿の端でひときわ目立たぬように、

アーリックが立っていた。

腕を組み、表情を固く引き締め、

ただ静かに、しかし深くその目でウルの舞を見守っている。


ウルが歩み出る。

鈴を持った手をそっと上げ、袖がふわりと揺れた瞬間——


夜の空気が澄み、

彼女の周りに淡い光が立ちのぼった。


(見えているのは……私だけ)


人々から立ちのぼる“縁の靄”。

それは生者と死者をつなぎ、

不浄を遠ざけるために生まれる光の膜。


舞を続ければ続けるほど、靄は輝きを増していく。

袖が翻るたび、そこに触れた黒い影が霧散していく。


シキの笛が緩急をつけ、

太鼓が静かに心臓のように響き、

ウルの動きと完璧に重なった。


その一瞬一瞬が、息を呑むほど美しかった。


見守る人々は、誰ひとりとして目をそらさない。

ただ、魅入られたようにウルの舞を追う。


揺れる灯籠の炎さえ、

彼女の動きに呼吸を合わせるかのようだった。


(……これが、私の役目)


舞が終わると、夜風がそっと戻ってきた。

灯籠の炎が優しく揺れ、人々の表情がゆっくりと緩む。


「…きれい…だな」


そんな声があちこちから漏れた。


ウルは微笑んで頭を下げる。

けれど、胸の奥の緊張は解けていない。


(……誰かが、見ている)


舞殿の奥、灯籠の光の届かぬ闇。

そこに、確かに“気配”があった。


冷たく嗤うような、

あの——おぞましい気配が。


そしてその傍らで、

アーリックの視線がウルを守るように光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ