3.推しとオフィスで再会なんて!?(2)
呆然とする私をよそに、ルイは床に散らばった書類を拾い始めた。
その動作にはっとして、私も慌てて書類をかき集める。
「すすすすみません、ルイ……さん! 私が拾うので! お気になさらず!」
「大丈夫ですって、このくらい」
書類を集め終えると、ルイが拾った分を手渡してくれた。
「はい」
「(ま、眩しい……っ!)ありがとう、ございます」
ちかちかする視界に目を細めながら受け取ると、ルイの手が触れた。
(わーっ! わーっ!)
内心は大絶叫である。顔には出さないが。
「ルイさん、うちの社員と知り合いなんですか?」
広報部の看板女子、高宮さんが、訝しげにルイに問う。
「はい。彼女の弟さんと仲良くさせてもらってまして。お姉さんとも、会ったことあるんですよ。ね、みのりさん」
「ひゃい」
うわーッ! 推しが、私の、名前を!
真守も風間だから下の名前で呼んだんだろうけど、心臓に悪い。
それにしても、あの1回で覚えていたとは。さすが、芸能人は記憶力がいい。
「そうだ! 企画の中に、社員とゲームするっていうのありましたよね? あれ、みのりさんとやるのはどうでしょう?」
「えっ!?」
ぎょっとして声を上げた私を、高宮さんが睨む。
「……風間は開発部の社員です。表に出るのに慣れていないでしょう。広報は会社の顔ですから、それなりの姿勢が求められます。広報に任せていただけませんか」
ひい。
慣れていない、と言ったものの、高宮さんの本音は「相応しくない」だろう。
広報は外部とやり取りすることが多いし、メディアに顔を出したりもするから、見目のいい社員が選ばれやすい。
特にうちはお堅い業種と違ってゲーム会社で、基本的に服装自由。
だから広報の女性社員は、皆華やかだ。会社帰りにそのまま合コンに行けるんじゃないかってくらい。
高宮さんも、会社に来るのにきっちり髪を巻いて、鉄壁メイクを欠かさないタイプだ。
要はプライドが高い。
せっかく人気アイドルと仕事ができるはずだったのに、開発の芋女なんかに取られたらたまらない、というところだろうか。
それにしても、私たちが作ったゲームを宣伝しているのに、広報の見下した態度はカチンとくるが。
不穏な空気を察したのか、あるいはあえて無視したのか。ルイが柔らかい声で言う。
「開発ってことは、このゲームのことよく知ってるってことでしょう。だったら、相手として不足はないでしょう。プレイしながら開発の話も聞けるし、俺も知り合い相手だとやりやすいし」
ね? と小首を傾げられれば、逆らえる者などいない。
私はこくこくと赤ベコのごとく頷いて、高宮さんも、ルイ本人の言うことに強くは出られないのだろう。しぶしぶ受け入れた。
そして、私も打ち合わせに同席することになった。
高宮さんが、机の上に資料を広げる。
「基本的なプロモーションは広報でやります。取材や撮影の現場には入れませんので、ご了承ください」
「……はい」
いや、わかってるけど。棘あるな。
ミーハー心で首つっこむなよ、と釘を刺しているのだろう。感じ悪。
「先ほどルイさんがおっしゃったのは、こちらのイベントです」
「【シャドウ ビハインド スターライト 1周年記念イベント】……」
【シャドウ ビハインド スターライト】とは、私も関わっているゲームのタイトルだ。
来月リリースから1周年を迎えるので、開発の方も記念イベントの実装にわたわたしている。
リアルイベントもやると聞いていたが、それにルイが関わることになったのか。
「こちらのイベントは生配信します。その中で、ルイさんに実際にプレイしてもらい、1周年記念の新ボスを倒してもらいます。初見では敗北する可能性があるので、サポートに社員が協力プレイとして入り、軽くギミックの説明などをしてもらうつもりです」
「記念ボスなのに、ギミックの説明なんてしていいんですか?」
「イベント日は実装から1週間以上経っていますので、ヘビーユーザーはもうクリア済みでしょう。攻略サイトにも情報が出回る頃です。期間限定ボスですから、遅すぎてもクリアできないユーザーが出ますし、初心者ユーザーへの解説を兼ねていると思ってください」
「なるほど……」
イベントとしての趣旨はわかった。これなら、開発の私がやっても問題ないだろう。
「わかりました。お引き受けします」
「……よろしくお願いします」
生配信なんてちょっと不安だけど、なんてったって推しからの頼みだし!
私だって、自分が携わったゲームをアピールできるのなら、やぶさかではない。
高宮さんは最後まで不承不承といった態度を崩さなかったが、表面上は社会人らしく頭を下げた。
「本日の打ち合わせは以上となります。お時間いただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ルイさん、下までお送りします」
「ああいや、それはみのりさんにお願いしようかな」
「へっ!?」
突然のご指名に、思わず奇妙な声が出る。
「開発さんに聞いてみたいお話もあるので。よろしくお願いします、みのりさん」
「は、はい」
隠しもせずに睨んでくる高宮さんに怯えながら、私はルイを案内し、エレベーターホールでボタンを押した。
エレベーターが到着するまでの間、無言も気まずいので、当たり障りのない話題を振る。
「ルイさん、うちのゲームの広告やってくださるんですね。びっくりしました」
「はい、結構前から決まってたんですけどね。俺のスケジュールがなかなか空かなくて、バタバタさせちゃってすみません」
「いえ、とんでもない! ルイさんが宣伝してくれたら、うちのゲームも安泰です!」
「だといいんですけど」
朗らかに笑うルイに、きゅんとしてしまう。
でも実際、宣伝は大事だ。ソシャゲなんて、新作が現れては消えていく。
1周年なんて、ひと区切りに過ぎない。2周年が迎えられるかどうか、スタッフは常にハラハラしている。
「案件の依頼が来た時、ああ真守のお姉さんの会社だなーって気づいたんですよ」
「……へっ?」
「真守、結構お姉さんの話するんですよね。だから、実は俺、会う前からみのりさんのこと知ってたんです」
(あ、あ、あいつ~~っ!)
変なこと言ってやしないかと、だらだら汗が流れる。
「あの……弟が、何か、妙なことを吹き込んでいたりは」
「まさか。ただ、面白そうな人だなとは思ってましたけど」
(それ絶対何か言ってるじゃん!!)
締め上げて吐かせてやる、と決意していると、エレベーターが到着したので、中に乗り込む。
ふたりきりの空間で、ルイが小さく息を吐いた。
「でも、みのりさんが来てくれて助かりました」
「え? 何か困りごとがありましたか?」
「俺、あの人苦手なんですよ。まさかふたりきりで打ち合わせになるとは思わなくて」
私はぱちくりと目を瞬かせた。あの人、とは、高宮さんのことだろうか。
苦手そうな素振りなんて、全然見せなかったのに。
「マネージャーさんは、一緒に来られなかったんですか?」
「マネージャーは、スタスタの専属が1人なんですよ。だからグループで動く時はいますけど、ソロで動く時は、いたりいなかったりです。代わりのマネージャーがつくこともありますが、今回みたいな簡単な打ち合わせくらいだと、ひとりで動きますね。もちろん、契約とか大事な話の時はいますよ」
「そうなんだ……」
売れっ子アイドルなんて、常に付き人がいて、なんでもかんでもやってもらえるんだと思ってた。
大変なんだなあ。
でも、それはルイが、ひとりで動いても大丈夫だって、信頼されてるってことだ。
やっぱり、しっかりした人なんだな。
エントランスまで降りると、外には既に回しておいたタクシーがいた。
出入口まで見送って、頭を下げる。
「本日はありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしく、みのりさん」
笑顔で手を振るルイを、私は表面上はきりっと、内心はぽやーっとして見送った。




